秀逸すぎる デザインの魔力|MacFan

アラカルト “M世代”とのミライ

秀逸すぎる デザインの魔力

文●松村太郎

アップルがジョナサン・アイブとのデザインコンサルティング契約を終了したと報じられました。アイブは長年、アップルの工業デザインチームを率いて、最終的にはチーフ・デザイン・オフィサー(CDO)の座に就き、2019年にアップルを去りました。

iPhone、iPad、アップルウォッチ(Apple Watch)、エアポッズ(AirPods)、そして各種Mac製品の誕生に深く関与してきたことなど、アップルにおける彼の伝説的な功績は、挙げるとキリがないほどです。

アイブのデザインの基本方針は、「モノに正しい形を与える」こと。私は2018年に登場したiPadプロを見た瞬間、個人的にそう解釈しました。

今日のiPadプロ、iPadエア、iPadミニは、「単なる板」の形状に落ち着いているといえます。誤解しないでほしいのですが、「単なる板」という表現は、私の中で最大級の褒め言葉。なぜなら、これ以上のデザインがないというところまで研ぎ澄まされていることの表れだからです。

そしてアイブは、iPhone、Macへと、この「単なる板」のデザインを展開させ、今日のアップルのプロダクトデザインの「言語」としたのです。

単一のコンピュータとして世間でもっとも売れているMacBookエアも、ついにM2搭載モデルで、「単なる板」にたどり着きました。11・3ミリの均一な薄さを実現し、キーボードやロジックボード、バッテリ、スピーカも収まる本体部分はさらに薄くなっています。

「モノに正しい形を与える」というジョナサン・アイブのミッションは、これでほぼ完遂しており、今回の契約解消のタイミングも頷けます。

ただ、デザインは必ずしも正しい形がすべてではないこともまた、新しいMacBookエアから読み取ることができます。

インテルプロセッサ搭載モデルからM1搭載モデルまで採用された「ウェッジシェイプ(くさび形)デザイン」のMacBookエアと、数字の上ではより薄い「単なる板」と化したM2搭載MacBookエアを実際に重ねてみます。すると不思議なことに、厚いはずの前者のほうが、より薄く見えるのです。

旧来のMacBookエアは、より厚みが必要なロジックボードなどのパーツを蝶番の近くに集めてその部分を厚くし、手前のパームレストに薄くできるバッテリを集めて厚みを削り落とすデザインを採用しています。加えて、側面のエッジの厚みを制限しながら底面を湾曲させることで、本来の厚みを直接見せないようにする処理が施されているのです。

私はこれを「影を操るデザイン」と呼んでいます。厚みを自らの影で隠すことで、実際よりも薄く見せるというテクニックです。

対して、そうした工夫なく、本来の薄さのみで勝負している新デザインのMacBookエアは、この「影を操るデザイン」の前に、薄さの見た目と与える印象の面で敗北しているのです。

「影を操るデザイン」は、技術的に薄くできない製品を薄く見せるために編み出された手法だと解釈します。そのデザインの力は強力で、技術的に薄くできるようになってもなお、より薄さを印象づけているのです。ジョナサン・アイブが放った「デザインの魔力」を感じずにはいられません。

アップルからデザインの魔力を秘めた製品が再び登場することを期待していますが、その一方で、こうした製品には一生出会えないかもしれないと思えるほど、ジョナサン・アイブのデザインには凄みがあったのだと改めて感じます。

 

M2チップ搭載の新デザインのMacBook Air(上)とM1チップ搭載の従来デザインのMacBook Air(下)。前者のほうが数字上は薄いはずが、不思議と後者のほうが薄く見えます。

 

 

Taro Matsumura

ジャーナリスト・著者。1980年生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科卒業後、フリーランス・ジャーナリストとして活動を開始。モバイルを中心に個人のためのメディアとライフ・ワークスタイルの関係性を追究。2020年より情報経営イノベーション専門職大学にて教鞭をとる。