“三日坊主”を行動経済学の知見で防ぐアプリがヘルスケア領域へ|MacFan

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“三日坊主”を行動経済学の知見で防ぐアプリがヘルスケア領域へ

文●朽木誠一郎

Apple的目線で読み解く。医療の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

変わりたいと願う自分を阻む“三日坊主”。これを行動経済学の知見により打破する、ローンチ7年目のアプリがある。習慣化に効果のあるアプリとして一部に評価の高い「みんチャレ」だ。コロナ禍は追い風となり、利用ユーザ数は倍になった。ヘルスケア、医療の困りごとのソリューションとして、進化を遂げる同アプリについて、開発者に話を聞いた。

 

 

1人で行う場合の2倍

ダイエットや禁煙、あるいは勉強|。こうした何かしらのチャレンジを阻むのが、“三日坊主”だ。しかし考えてみれば、それをいつも途中で止めてしまうのは、ほかならぬ自分。つまり、チャレンジの大敵は自分なのである。

このようにもっとも身近でありながら、コントロールのままならない相手=自分を、うまく行動させるのが「行動経済学」だ。​​この行動経済学のノウハウを活かして、誰かのチャレンジをサポートするアプリがある。

それが、エーテンラボ株式会社が開発・運営する「みんチャレ」だ。2015年11月にサービスを開始し、それから約7年でユーザ数は100万人を突破した(2022年1月時点)。特筆すべきは、その習慣化の成功率で、同社の2020年の日本公衆衛生学会発表によれば、「1人で行う場合の2倍」​​であるとしている。

本アプリを「ダイエットのためのアプリ」と認知している人も多いが、勉強の習慣化でも広がりを見せ、最近ではヘルスケア・医療の分野にも注力している。確実に存在感を増すこのアプリについて、同社代表取締役CEOの長坂剛氏に話を聞いた。

 

エーテンラボ株式会社の代表取締役・長坂剛氏。東京工科大学卒業後、2006年にソニー株式会社に入社。BtoBソリューション営業やデジタルシネマビジネスの起ち上げを経て戦略部門マネージャーを担当。2011年、株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメントにて「PlayStation Network」のサービス起ち上げに従事。2015年、ソニー社新規事業創出部 A10 Project 統括課長として「みんチャレ」を開発。

 

 

習慣化サービス「みんチャレ」を開発・運営するエーテンラボ。同アプリは2016年と2017年、2019年にGoogle Playベストアプリに選出。2020年に経済産業省主催ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテストで企業賞を受賞。2022年2月にファストトラックイニシアティブやみずほキャピタルなどから資金調達を実施、調達額は合計3億7000万円になった。【URL】https://a10lab.com/

 

 

目標は1つよりも2つ

エーテンラボが謳うのが、「デジタルピアサポート」。「ピア(仲間)サポート(支援)」とは、仲間が相互に助け合い課題解決する活動。これをデジタルの力を借りて実践するというのが、みんチャレの思想だ。

具体的には、みんチャレでは同じ目標を持つユーザ同士が最大5人で1チームを組んで習慣化に取り組む。ユーザはメンバーに空きのあるチームを探すか、新たにチームを作成して参加。ユーザは自分の挑戦した内容を、証拠写真とともに「チャレンジ」として1日1回、チームに投稿する。

「この5人という人数がポイントで、たとえば10人など多すぎると『社会的手抜き』と言われる状態が発生し、自分がやらなくても大丈夫だろう、と手抜きが生まれやすくなります。逆に2人では、投稿に対する反応が返ってくるまでに時間が空いてしまい、モチベーションを維持しにくくなります。いろいろと試行錯誤をして、最終的にこの5人1組に落ち着きました」

マイナーなものを含めれば、これまで1000回以上のバージョンアップをしているという「みんチャレ」アプリ。同社におけるKPI(重要業績評価指標)は「ユーザの行動変容」であり、実際にどれだけ習慣化がなされたかを追求してきた。

アプリ開発の中で、見えてきたノウハウもある。たとえば、習慣化はそう複雑な挑戦でなければ、「1つよりも2つの目標を組み合わせたほうが成功率が高い」そうだ。つまり「1日1時間の勉強をする」だけより、「毎朝6時に起きて」「1日1時間の勉強をする」ほうが習慣化の成功率が高い、と長坂氏は言う。なお、「5人全員達成日数」の多かった上位5チームは、すべて朝に関係するチームだったということで、朝とチャレンジの相性の良さも浮き彫りになる。​​

行動経済学では、「そっとあと押しする」ことを意味する「ナッジ」という概念が重要だとされる。健康について言えば、健康に良い行動をさせようとするのではなく、別のことをしているうちにいつの間にか健康になっている状態が望ましい、ということだ。こうして見ると、「みんチャレ」アプリの在り方は非常にナッジ的だ。

現在では新型コロナウイルスの流行の影響で、オンラインへの親和性と健康意識が高まったことで、この2年でユーザ数が2倍になるなど、追い風も吹いていると長坂氏。

「提供開始当初から、ダイエットに活用していただくことも多かったのですが、最近ではさらに運動、食事改善などに取り組むユーザが増え、現在あるチームの7割はヘルスケアに関するものとなっています」

 

鍵はゲーミフィケーション

エーテンラボはさらに、歩みを医療に進めている。神奈川県の支援を得て2019年にスタートした、糖尿病予防のための生活習慣改善効果を検証する事業​​もその一つだ。

この事業では、神奈川県のⅡ型糖尿病患者・予備群の住民にアプリを提供し​​​​、活用したグループとそうでないグループの間でウォーキングの目標歩数の達成率を比較、有意差が認められたという。

ほかにも、企業・健保対象の禁煙プログラム「みんチャレヘルスケア(HEALTHCARE)禁煙」​​など、高い習慣化率を武器に、自治体や企業、健保組合などと医療関係の取り組みを推進。堅実な広がりを見せている。

そんな長坂氏は、ソニー株式会社出身。約10年勤務し、「プレイステーション・ネットワーク(PlayStation Network)」のサービス起ち上げにも従事した。同アプリは元々、ソニーの「新規事業創出部 A10プロジェクト(Project)」の中で開発されたもので、社名もそのプロジェクトに由来している。

おもしろいことに、行動経済学で注目されている手法に「ゲーミフィケーション(ゲーム化)」がある。

前述したナッジとは、具体的に説明すれば、「健康のために歩く」のではなく「歩数によりキャラクターが成長するゲームをプレイするうちにいつの間にか健康になっている」ようなこと。ゲーミフィケーションは、人間の行動を真に変容させるための有効な手法であるということは、キャラクターを捕まえるために公園に多数の人が集い、社会現象になったアプリがあることなどからも明らかである。

ゲームのプロフェッショナルが作るナッジ的アプリ。ゲームを通じ、非合理な人間の性質を知り尽くしているからこそ、目的に対して実効性のあるゲーミフィケーションが可能になり、同アプリがこうして着々とシェアを広げていると見ることもできるだろう。

 

 

5人1組のコミュニティでダイエットや運動、治療の継続などにチャレンジする習慣化アプリ。ニックネーム登録が可能で匿名性が担保されており、アプリ上でチームメンバーを探すことができる。また、チャット機能も充実しており、メンバー同士で励まし合いながら目標達成を図る。これまでに15万5124のチームが作成され、4050万5857回のチャレンジが投稿された。 【開発】A10 Lab Inc. 【価格】無料(App内課金あり)【場所】App Store>ヘルスケア/フィットネス

 

 

ユーザは実施したいチャレンジのチームを作成することも可能。カテゴリには、「体重管理」や「食事記録」「ランニング」をはじめ、「糖尿病改善」「フレイル予防」といった項目もある。また、iOS版には「Apple Watch」というカテゴリも用意されており、アクティビティリングを完成させるためのチームなどが作成されているそうだ。

 

 

「みんチャレ HEALTHCARE 禁煙」は、みんチャレの禁煙支援専用プログラムと、禁煙補助薬「ニコレット」︎による3カ月の禁煙プログラム。これまで禁煙できなかった人を「みんチャレによる仲間同士の励まし合いによる心理的依存の解消」と「禁煙補助薬による身体的依存の解消」の両面からサポート。2022年5月のバージョンアップでコンテンツの拡充や支援体制の強化を行った。
【URL】https://a10lab.com/service/healthcare/quitsmoking/

 

 

病院で患者の生活習慣の改善のためにみんチャレを案内する「みんチャレメディカルアンバサダー制度」。大学などの研究機関と連係し、みんチャレを活用した臨床研究も実施。​​他方、アンバサダーでなくても医療従事者がアプリを草の根的に勧めるケースも多いという。
【URL】https://a10lab.com/service/medical/

 

 

みんチャレのココがすごい!

□ 「1人で行う場合の2倍」という脅威の習慣化成功率を実現
□ 高い成功率により糖尿病対策・禁煙促進などの医学研究にも介在
□ソニーで学んだゲーム化の知見と行動経済学をアプリに活かす