接客を大切にするセレクトショップ「SHIPS」とiPadの相性がよい理由|MacFan

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接客を大切にするセレクトショップ「SHIPS」とiPadの相性がよい理由

文●牧野武文

Apple的目線で読み解く。ビジネスの現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

衣料品や小物のセレクトショップ「SHIPS」では、在庫検索を目的として約350台のiPadを店舗に導入している。iPadをフレキシブルに活用することで、PCメインで在庫管理を行っていた際の「お客様に背を向けてしまう時間」から解放されたという。さらに、SHIPSはiPadの大規模な導入に留まらず、QRコードを印刷した商品タグの導入など、OMOも積極的に進めている。

 

 

当初の目的を超えて活用

前身まで辿ると1952年創業の三浦商店まで遡ることができる、歴史あるセレクトショップ「シップス(SHIPS)」。オリジナル商品の販売と、原点である米国を始めとした世界中の良質なアイテムをセレクトして輸入販売する事業を手掛けている。そのシップスが、店舗での在庫検索を目的としてiPadを約350台導入。2013年以降、出勤中のスタッフ1人にほぼ1台の在庫検索端末が渡る環境を実現している。

iPad導入以前、接客時に在庫の問い合わせがあった場合は、POSレジかPCで在庫を検索していた。しかし、ほかのスタッフがPOSレジやPCを使った業務を行っている場合、来店客を待たせてしまう場合もあったそうだ。そこで、株式会社シップスの情報システム部・阿部一成部長を中心に在庫検索端末を増やす施策を行った。その際に、置き場所が固定されるPOSレジやPCではなく、店内のどこにいてもフレキシブルに使えるiPadを選択。ほかのタブレットでなかった理由は、店舗で使うためのデザイン性や画面の大きさ、アプリの豊富さ、直感的な使いやすさなどが挙げられる。

実際にiPadを導入したあとは、在庫状況のスムースな把握だけでなく、今後展開される商品や他店舗に在庫が残っている商品を即座に来店客に案内できるようになった。今ではさらに活用の幅を広げており、連絡用グループウェアやVMDツール(ビジュアルマーチャンダイジングツール=売り場のレイアウトなどを写真で共有できるツール)、スーツのセミオーダーシステム、コード決済、外国人観光客への翻訳、免税処理などのインバウンド対応用のアプリやツール類もiPadで利用している。

 

コロナ禍での企業意識の変化

シップスがiPadを選んだ理由のひとつに、接客品質向上への期待も挙げられる。PCはレジカウンター内の壁際に置いており、利用時は来店客に背を向けることになる。しかし、これが社内で問題視された。来店客に対して失礼という理由はもちろん、それ以上に大きいのが「来店客から目を離してしまうこと」だ。

シップスはハイエンド商品も多数取り扱うセレクトショップであり、来店客自身で商品を選ぶファストファッションブランドなどとは接客方法が異なってくる。シップスには、きちんと試着をしたい、サイズ感やコーディネートをスタッフに相談したいなどの要望をもつ来店客が多い。そして、シップスの社員もまた、着こなしや手入れを理解をしてもらうことを望んでいる。この両者の想いに対して、声かけのタイミングは特に重要だという。多くの来店客は一定時間は自由に商品を見たいが、商品について深く知りたくなるとスタッフに声をかけてほしい。そのジャストタイミングで声をかけることが、来店客の要望を自然に引き出す第一歩となる。阿部部長によると「私たちは全社で模擬接客大会を開催しています。基本的な動作や礼儀作法はもちろん、声かけのタイミングやお客様のご要望を自然に引き出せたかが評価のポイントです」ということ。つまり、来店客の様子を常に気にして、ベストタイミングで声を掛けることが接客の基本として根づいているのだ。そこでPCを使うとシップスならではの接客が行いづらいが、フレキシブルに移動しながら使えるiPadならば問題を一手に解消できる。阿部部長によれば、iPadの導入は投資した金額以上の成果が得られているという。

 

アップルの法人向けツールを活用

しかし、2013年のiPad導入時は苦労したという。なぜなら、当時アップルはキッティング(端末のセットアップ作業)の自動化システムを提供してなかったため、すべて手動で対応せざるを得なかったからだ。また、日本語に対応すると思われていたMDM(Mobile Device Management)を導入したが、実際は日本語化がなかなか進まなかった。基本的なセキュリティは担保できたものの、MDMを活用するところまでは思うように実現できなかったのだ。

そのあと、2017年にiPadの入れ替え作業を行った際には取り巻く状況が大きく変わっており、非常にスムースになったそう。アップルがADE(Automated Device Enrollment)を提供していたためキッティングをほぼ自動化できたほか、VPP(Volume Purchase Program=アップルの法人向けアプリ購入/配付ツール)とMDMツール「クロモ(CLOMO)」を使ったアプリの自動配付が可能になった。クロモは、日本語完全対応かつアプリ配付や紛失時のスワイプ消去などの基本機能を備える製品の中から選択。製品を探している最中にアップルの担当者に相談したところ同ツールを薦められ、試用した感触がよかったため導入したという。

 

アパレル知識を活かした設計

このようなデバイス管理や戦略立案は、同社の情報システム部に所属するメンバーが担当している。ユニークなのは、同部署はエンジニア出身でなくアパレル業界出身のスタッフが多いことだ。

近年はクラウドサービスなどの充実により、本来はユーザ起点のデバイスだったMac、iPad、iPhoneが業務ツールとしても活用できるポテンシャルを持つようになった。これは単に業務機器を民生機器に置き換えてコストを下げられるだけではなく、シップスのように自分たちが使うツールを自分たちで導入して管理・活用する動きが出てくることも期待できる。特に、特定分野の深い業務知識を持つ人がアップルデバイスを活用することで、門外漢のエンジニアが思いつかないようなイノベーションが生まれる可能性もある。

阿部部長も、情報システム部がアパレルの業務知識を持つ人材で構成されている点は大きいという。たとえば、アパレルの専門知識がないエンジニアに対して、ECページにネクタイ生地の見本写真を配置するよう依頼したとする。その場合、よく知らない人はストライプが縦になるように配置してしまうそうだ。しかし、アパレルの知識を持つ同部署の人材であれば、ネクタイの製造時は生地を斜めに裁断することを知っている。そのため、実際の仕上がりをよりイメージしやすいように生地を斜めに配置できる。一見、些細なことに思えるかもしれないが、その“些細なこと”の積み重ねがよりよいサービスにつながっていくのだ。

 

店舗を起点にオンラインに展開

シップスはOMO(Online Merge With Offline=オンラインとオフラインの融合)にも積極的で、オンラインの売上が向上している。しかし、それでも起点になるのは店舗だという。

たとえば、シップスの商品タグにはQRコードが印刷されており、来店客が自分のスマホでスキャンすると商品のECページを開くことができる。店舗で商品に触れたあと、そのときは購入しなくてもあとからスマホで購入できるのだ。また、店舗スタッフが商品を組み合わせてコーディネートし、写真を撮ってECページに投稿できるシステムも採用。購入の参考にしてもらうほか、店舗スタッフの店名と名前も表示されるため、気に入ったコーディネートを提案してくれるスタッフがいる店舗に行けば直接相談できる。つまり、シップスでは店舗への誘致や店舗で実際に商品を触ってもらうためにOMOを積極的に進めており、来店時には接客に力を注ぐというサイクルの構築を目指しているのだ。

 

 

iPadであれば、来店客に目配りしながら在庫検索などの業務を行える。デザインもセレクトショップの雰囲気に合うほか、従業員がAppleデバイスの操作に慣れているというのも選定の理由だ。なお、PCは入力作業や閉店後の作業用に若干台を残しているそう。

 

 

商品ラインアップの写真を来店客に見せるなど、iPadは店舗での接客にも存分に活用されている。ほかにも、スーツのセミオーダーシステムやコード決済、翻訳アプリなども利用している。

 

 

SHIPSの商品タグにはQRコードが印刷されており、これをスキャンするとECサイト内の商品詳細ページに遷移する。このシステムがあれば、来店客が店頭で購入を迷ってもあとから簡単に購入できるのだ。この施策は、店舗を起点にしたOMO施策の好例といえるだろう。

 

 

ECサイト内の「STAFF STYLING」ページ。店舗スタッフがSHIPSの商品を中心にコーディネートして写真を投稿。写真をクリックすると、スタイリングに使われた商品をECサイトで購入することができる。

 

 

株式会社シップス・情報システム部に所属する阿部一成部長。学生時代にSHIPSの店舗でアルバイトしたのち社員として入社した。店舗スタッフ、商品部などの経験を経て、デジタルガジェット好きであったことから情報システム部に配属された。

 

SHIPSのココがすごい!

□実店舗にiPadを約350台導入し、在庫管理や接客に活用
□iPad中心の運用にしたことで「お客様への目配り」がスムースに
□店舗への誘導を意識したオンラインコンテンツを多数用意