目の付け所で「治験」を変える医療系SaaSプラットフォーム|MacFan

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目の付け所で「治験」を変える医療系SaaSプラットフォーム

文●朽木誠一郎

Apple的目線で読み解く。医療の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

世界では医療ビジネスとして注目されユニコーン企業を輩出する一方、日本では遅れが目立つ「治験」の領域。その中で、新型コロナウイルス対策も追い風に、国内で1兆円を見込む市場において着実にシェアを広げるベンチャー企業がある。他業種にとっては一見当たり前の概念を、医療業界に持ち込んだとき、生じる変化は意外なほど大きい。

 

 

海外ではユニコーン輩出

「創薬支援スタートアップ」と呼ばれる領域が、医療ビジネスの中で世界的に注目されている。

日本でも2021年4月23日​​に新型コロナウイルスによる肺炎に対する治療薬として保険適応の追加を承認された「バリシチニブ」​​という薬がある。元々は関節リウマチの治療に使われていたこの薬に、新型コロナへの効果がある可能性を指摘したのは、イギリスのスタートアップ・ベネボレントAI(BenevolentAI)社だった。「ニューヨーク・タイムズ」などの報道によれば、同社はAI(人工知能)技術により2日以内という短期間で、製薬業界のデータベースと医学論文からデータを収集し分析​​、前述の指摘に至ったとされる。同社は2018年にユニコーン企業として注目を集めたあと、企業価値の低下についての報道もあったが、コロナ禍を背景に再度、創薬支援という分野の可能性を示したと言える。

日本国内に目を向けると、やはり創薬支援の領域で、シェアを拡大しているベンチャー企業がある。新薬が承認されるために必ず踏まなければいけないステップ「治験(治療試験)」にフォーカスした株式会社バズリーチ(Buzzreach)だ。同社の取り組みにより密かに進む治験のDX(デジタルトランスフォーメーション)は、私たちにどんな恩恵をもたらすのか。代表の猪川崇輝​​氏に話を聞いた。

 

株式会社Buzzreachの代表取締役CEO・猪川崇輝​​氏。学生時代に建築・デザインを学び、フリーのデザイナーを経て、治験被験者募集を手がける株式会社クリニカル・トライアルに起ち上げから参画。株式会社クロエ(現3Hホールディングス)に創業時から携わり、取締役を務める。2017年に独立し、共同創業者の青柳清志氏(COO)とともにBuzzreachを設立した。

 

 

Buzzreachは、治験の課題を解決する治験支援クラウドサービス「puzz」などを開発・提供。「テクノロジーの力で一人でも多くの患者さんに新しい選択肢を」​​をミッションとして掲げ、2017年に創業。 【URL】https://www.buzzreach.co.jp/

 

 

世界に遅れを取る日本

バズリーチが提供するのは、製薬企業・医療機関などを対象にしたSaaS(Software as a Service)プラットフォーム「パズ(puzz)」。​​治験の課題解決を目標にしている。そもそも治験には、どのような課題があるのか。猪川​​氏は主にスピードとコストの面を指摘する。

まずは時間。日本は諸外国に比べ、治験の申請から新薬承認まで長い時間が掛かることで知られている。

「日本で治験の申請から新薬承認までにかかる時間は約10年ほど。この間、何かトラブルが生じれば10年が12年に、15年に、となることが常態化していました。実際に厚労省が所管する医薬品医療機器総合機構(PMDA)に申請された年間約700の治験のうち、6割程度が計画どおりに進んでいないというデータもあるほどです​​」

かつては「ドラッグ・ラグ」と呼ばれ、米国やヨーロッパで使われている薬が、日本で治験を経て使用できるようになるまでに年単位のタイムラグが生じていた。​​その差をなくすために「グローバルスタディ(世界共同治験)​​」が行われるようになったが、治験のパフォーマンスに劣る日本が徐々に海外の施設に遅れを取り、グローバルスタディに参加できなくなる恐れも取り沙汰されてきた。

そしてコスト。医療機関においては事務作業にかかる人的・金銭的リソースが大半を占める。そして大規模な治験であれば、参加人数に応じて関連するコストは増加していく。また、製薬企業が支払うコストは、医療機関により算定方法が異なり、適正な市場価格が反映されていないとして、見直しを求める声も根強い。

パズはこうした日本の治験の時間とコストの問題を、SaaSプラットフォームによりコントロールすることができるサービスだ。BtoBだけでなくBtoCのサービスも連係し、大きく5つの段階で治験をフォローアップする。

まずは「フィジビリティ(施設選定調査)」「治験参加施設選定」。通常、治験には数十件の医療施設が参加する。そもそも日本において新薬のトライアルができるほどの患者がいるか、それを実施できる医療機関があるか、そして候補となった医療機関の個別の可否など、多岐に渡る事項をIT化で効率的に管理する。

そして「プロジェクト管理」。治験が実施できそうだとわかれば、今度は候補患者の選定や、参加人数、進行状況、予定達成率などの情報を管理する必要がある。これを見える化することは、スムースな計画の進行に不可欠だ。ここまでがパズのメイン機能になる。

「治験患者募集」の段階では、治験情報公開・管理機能のあるマッチングプラットフォーム「smt」を提供。治験情報を公開・公募する。治験が実施されたら、「リテンション」の段階として、治験脱落防止アプリ「スタディ・コンシェルジュ」を提供。患者が薬の適切な服用を続けているかなどを管理する。「アフターフォロー」として、治療後も患者に継続的にコンタクトを取るほか、患者特化型SNSサービス「ミライク」により、引き続き各患者に適した治験情報を提供するだけでなく、同じ病気の悩みを持つ患者同士のつながりを促進する。

 

国内でも1兆円市場へ

日本で実施される治験は、猪川​​氏によれば年に約800件。現在、市場規模は8000億円ほどだが「コロナ禍を背景に1兆円が見えている」とする。

一方で、ここまで登場したITツールによる「フィジビリティ」「プロジェクト管理」「リテンション」といった施策は、読者の業種によっては、初歩的すぎて戸惑うようなものだったかもしれない。逆に言えば、こうした概念なく、数百人・数千人が関わり、数億~数十億円が動く治験が行われてきたと見ることもできる。それを医療業界、特に創薬支援という領域に持ち込んだパズおよび関連ツールが実現した商流は非常に完成度が高い。元々デザイナーで医療業界出身ではない猪川氏だからこその目の付けどころだったのではないか。

同社は塩野義製薬が開発する新型コロナ治療薬の治験のバックアップに関わったほか、​​大阪府豊中市や大阪大学と連係し、今年5月から始まった同市民約3万人を対象にした新型コロナの後遺症調査にも絡む。​「ドラッグ・ラグを解消し、新薬の可能性を広げたい」(猪川氏)という目標は、コロナ禍という未曾有の世界情勢の中で、着実に歩みを進めていると言えるだろう。

冒頭で紹介した、AIによる創薬支援といった海外の事例は、まだ遠く映るかもしれない。しかし、他業界の当たり前がままならない領域において重要なのは、同社のように、たしかな実績を積み重ねていくことではないだろうか。

 

 

製薬企業やアカデミア、医師主導で行われる治験を含む臨床試験、臨床研究の課題を解決する機能が搭載されたSaaS型のクラウドシステム「puzz」。「フィジビリティ・施設選定支援」「プロジェクト(試験)運用/運用管理」「治験情報公開・管理・被験者募集支援」といった機能を持つ。【URL】https://www.buzz reach.co.jp/lp/puzz/

 

 

「smt」は、新しい治療法や治療薬の情報を求める患者やその家族と日本にあるすべての臨床試験情報をWEB上でマッチングするサービス。製薬企業によってsmtに公開された治験情報について、治験実施医療機関の選択、参加の申し込みまでをオンラインで完結できる。【URL】https://www.searc hmytrial.com/

 

 

「スタディ・コンシェルジュ」アプリでは、治験参加患者に寄り添ったリアルタイムのコミュニケーションにより、患者の不安を和らげ、効率的に有効データを得ることで治験中止リスクを軽減し、新薬の早期承認を支援する。薬の飲み忘れや飲み過ぎを防ぎ、治験コーディネータのサポート的な役割を担う。また「ミライク」では、同じ病気、境遇で悩む患者同士のコミュニティにより、本当に知りたい情報を得られる環境の提供や、患者間の情報交換、患者の声を製薬企業や研究者へフィードバックすることが可能だ。 【URL】https://www.buzzreac h.co.jp/lp/msc/

 

 

「COVID-19 Cohort Study Site」は、国内製薬企業による新型コロナウイルスワクチンの開発を応援するための​サービス。国内製薬企業によるワクチン開発の治験実施を請け負う治験実施医療機関と同社が連係することにより、国内製薬企業の開発するワクチン接種を望む人に治験情報を公開し、事前登録が可能になる。これにより、実際に各治験が開始される段階に入った際に、迅速に対象者(治験の被験者)の集積が進められ、結果、ワクチン承認までのプロセスを迅速に行えるという。 【URL 】https://miilike.com/lp/covid-19/

 

 

Buzzreachのココがすごい!

□ 約10年かかるのが慣例の治験から新薬承認の期間を「puzz」で短縮
□ DXが手つかずの分野にITツールでのプロジェクト管理を導入
□ 製薬会社の新型コロナ治療薬、大阪府豊中市・大阪大学の調査にも活用