花粉症アプリ「アレルサーチ」に見るスマホ医学研究成功の秘訣|MacFan

教育・医療・Biz iOS導入事例

花粉症アプリ「アレルサーチ」に見るスマホ医学研究成功の秘訣

文●朽木誠一郎

Apple的目線で読み解く。医療の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

「花粉症をなんとかしたい」。この時期、日本人の3~4人に1人は、真剣にそう考えているのではないだろうか。そんな強いニーズは多少の面倒を越え、人の行動を促す。たとえば、「アプリをダウンロードする」というような。医学研究用ながら、いちアプリとして人気を得る「アレルサーチ」を取材。スマホ医学研究成功の秘訣に迫る。

 

 

「アレルサーチ」の成功

花粉症患者にとって、今年もまたうんざりする季節がやってきた。

花粉症患者の割合は近年、増加傾向にあり、現在は約3000万人に上るとされる。スギやヒノキなど植物の花粉が原因となり、くしゃみ・鼻水・目のかゆみや充血などのアレルギー症状を引き起こす​​“国民病”だ。花粉という「異物」を体の外へ出すためのアレルギー反応であり、完治は難しい。​​

そんな花粉症をテーマにした医学研究用アプリが、市場において異例のヒットを果たしている。本連載でも過去に取り上げた、順天堂大学医学部眼科学講座准教授の猪俣武範医師らによる「アレルサーチ」だ。iPhoneなどスマートフォンを活用した医学研究はこの数年で盛り上がりを見せるが、その多くがユーザ数の獲得に頭を悩ませている。一方、同アプリは2018年2月のリリース以来、iOS・アンドロイド(Android)を合わせて約4万のダウンロードを獲得。ほかの医学研究用アプリよりも頭ひとつ抜けた実績を誇る。

アレルサーチを使って実施したクラウド型大規模臨床研究​​の結果をフィードバックし、2022年1月にはさらなるアップデートを行った。同アプリ公開直後の本誌インタビューで猪俣医師は「パーソナライズされた花粉症治療・予防」​​を目標として掲げたが、今回の「花粉症タイプの見える化」「おすすめの花粉症対策提案」​​という新機能追加は、着実にその実現に近づくものと言える。

猪俣医師らが同アプリに先行して公開し、約3万のダウンロードを獲得しているドライアイアプリ「ドライアイリズム」や、2021年に公開されたコンタクトレンズアプリ「コンタクトダイアリー」などの事例から、スマートフォンによる医学研究が社会を変える可能性と、それを成功させる秘訣に迫る。

 

 

順天堂大学医学部眼科学講座准教授の猪俣武範医師。2012年から米国ハーバード大学医学部眼科スペケンス眼研究所留学、2015年米国ボストン大学経営学部Questrom School of Business修了(MBA)。現在IoMT学会代表理事を務めるほか、順天堂大医学研究科共同研究講座「デジタル医療講座」、順天堂大学AIインキュベーションファーム副センター長を併任。

 

 

“便利+α”のユーザ体験

実は花粉症の症状にはタイプがある。

そもそも花粉症になったとき、どの診療科にかかった、あるいはかかればよいのだろうか。前述したように、花粉症は目、鼻、場合によっては喉などに症状が起きる。猪俣医師の専門である眼科以外にも、耳鼻咽喉科や、免疫アレルギー科などでも治療ができる。花粉症の症状は実に多様だ。

アレルサーチでは、こうした花粉症の症状をユーザから集積し、たとえば「肌、のど、鼻にくるタイプ」などとタイプ別に分類することが可能。そのうえで、「マスク」「空気清浄機」「(薬の)内服」「保湿・スキンケア」「点眼」「点鼻」など、各ユーザに適した対処法を提案する。

もともとアレルサーチでは、花粉症の自覚症状アンケート、QOL(Quality of Life=生活の質)アンケートやカメラによる目の赤み度測定により、花粉症レベルを計測することが可能。また、どの地域にどのくらいの花粉症レベルの人がいるかがわかる「みんなの花粉症マップ」も随時公開、花粉症の流行状況をリアルタイムに確認できた。ほかにも、花粉症と生産性の関係を数値化したり、花粉症症状を記録したりする機能が好評で、ユーザを獲得していった。

医学研究用アプリであると同時に、ユーザにとって便利なアプリであるという、アプリとしての大前提がしっかりと押さえられている。それゆえに普及し、今回の新機能の追加につながる、理想的な循環が成立しているのだ。通常の臨床研究では100人のデータを集めるのにも苦労すると言われるが、アレルサーチを使った研究では約3年間で3万人以上のデータが集まった。

iPhoneのような身近なデバイスを医学研究に活用することで、これまで診察室でしか得られなかった患者の情報を日常生活からも捕捉できるようになる。当然、診察室外の時間のほうが圧倒的に長いことを考えると、こうした研究は医学を大きく前に進める可能性を持つ。

さらに、猪俣医師は今後のスマートフォンを活用した医学研究について、「市民参画」がキーワードだと指摘する。

「ユーザの方々にアプリを使っていただくだけでなく、2020年頭から患者・市民意見交換会を開始しました。2年間で9回ほど実施し、たとえば『プレスリリースの言葉をもっと患者・市民にも理解しやすくしてほしい』などのご意見を、アプリや研究に反映しています」

 

ユーザとの利益の一致

ユーザは、 ただの「医学研究用アプリ」をダウンロードしたいだろうか。

誤解を恐れずに言えば、否である。いくら「医療の進歩」など長期的な恩恵があっても、前述した「便利であること」のような直接的なメリットがユーザになければ、多くの人はアプリをダウンロードしないし、さらに「面倒であること」がそれらのメリットを上回れば、使うのを止めてしまう。ましてや研究用のアンケートに協力することなどは望むべくもない。

その点、自覚症状のアンケートが花粉症レベルの計測や花粉症の流行状況の確認、さらにはタイプ別分類、個別の対処法の提案につながるというのは、ユーザからしても自然な設計だ。提供側とユーザの利益が一致するよくできたシステムと言える。

同様に設計されているのが、猪俣医師らが2016年11月に公開されたドライアイリズムだ。ドライアイはもっとも多く一般的な眼科疾患で、日本に2200万人、世界に10億人の患者がいると推計される。同アプリでは、まばたきや視力を測定、生活の質についてのアンケートに回答することで、日々の変化をグラフにして表示。集められたデータは、ドライアイ治療の研究に使用される。

2020年のアップデートでは、約3万のダウンロードとそれに伴う研究データの集積を反映し、「みんなのドライアイマップ」機能やドライアイの症状を記録できる「ダイアリー」機能​​を搭載した。海外からのデータ集積を狙い、英語版も提供している。

2021年5月にはコンタクトレンズ装着時の目の不快感をテーマにした「コンタクトダイアリー」を公開。​​推定約1600万人が使用すると推定されるコンタクトレンズについても研究を横展開している。

猪俣医師は「悩んでいる人が多い病気に寄り添いたい」とする。こうした病気はあまりに一般的であるため、研究される機会を失し、解明されていないことも多い。「完治する治療がなく、付き合っていく病気だからこそ、スマホのビッグデータ解析のような新しい方法による研究が向いている」(猪俣医師)。

アレルサーチについては、今後はさらなるデータの集積により、花粉症の重症化因子の解明に努めたいと明かす。2021年3月には、さらなる市民参画を目指し、アレルサーチの研究協力者に、デジタル通貨による謝礼金を支払うシステムを導入した。そもそも便利なアプリを提供するなど、一貫してユーザ視点を保ち、現実的なメリットを訴求する姿勢は、ほかの医学研究用アプリにはまだあまり見られない。スマートフォンによる医学研究の成功の秘訣と言えそうだ。

 

 

コンタクトダイアリー

【開発】順天堂大学
【価格】無料
【場所】App Store>メディカル

スマートフォンを使ってコンタクトレンズの装用管理や、その日の症状・装用時間の記録ができるアプリ。コンタクトレンズは利用者が装用時間や交換までの日数、眼科受診予定日を忘れてしまうことがあるが、記録によりそれを防げるほか、アラート機能もある。ユーザはコンタクトレンズ装用による眼の不快感の症状の見える化ができるほか、アプリ提供側は集積したビッグデータにより不快感の原因分析ができる。

 

 

アレルサーチ

【開発】順天堂大学
【価格】無料
【場所】App Store>メディカル

スマートフォンを使って花粉症予防ができるアプリ。ユーザはカメラによる目の赤み度やアンケートから花粉症レベルを数値化して示す「花粉症レベルチェック」や「花粉症タイプの見える化」、「おすすめの花粉症対策」、どの地域にどのくらいの花粉症レベルの人がいるかをチェックできる「みんなの花粉症マップ」、花粉症と関連する「QOLチェック」や「労働生産性チェック」などが利用できる。

 

 

ドライアイリズム

【開発】順天堂大学
【価格】無料
【場所】App Store>メディカル

スマートフォンを使って5分でドライアイチェックができるアプリ「ドライアイリズム」。ユーザは3つの検査でドライアイスコアを測定できるほか、アプリ利用者の状況を確認できる「みんなのドライアイマップ」機能や症状を記録できる「ダイアリー」機能を利用できる。

 

 

アレルサーチのココがすごい!

□ 「花粉症タイプ」「タイプ別対処法」がわかる新機能を追加
□ 医学研究用アプリとして異例のダウンロード数を記録
□ 「市民参画」を重視し意見交換会を開催