“謎解き”や“AR”で生徒の知を刺激する数学教師の挑戦|MacFan

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“謎解き”や“AR”で生徒の知を刺激する数学教師の挑戦

文●三原菜央

Apple的目線で読み解く。教育の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

私立札幌龍谷学園高校では、2017年度より生徒に1人1台のiPadを整備し、積極的に活用している。同校のICT担当の吉本拓郎教諭は、学校事務職員から免許を取得し直し、数学科教諭になった異色のキャリアの持ち主だ。数学科の授業だけでなく、情報教育部長としてICTを活用した「図書館教育」に力を入れる吉本教諭のユニークな実践に迫る。

 

 

持続可能な環境整備

札幌市の私立札幌龍谷学園高校は、2017年度から指定したiPadを各家庭に自費購入してもらうBYAD(Bring Your Assigned Device)で端末整備を進めてきた。2020年には3学年すべてでiPadが導入され、活用が進んでいる。そんな同校のICT導入を推進してきたのが吉本拓郎教諭だ。

「端末を自費購入してもらうにあたり生徒たちにアンケートを実施したところ、断トツでiPadを希望する子が多く、本校の今後育んでいきたい生徒像と、iPad1台だけを持って登校する生徒のイメージが合致して、導入が決まりました。生徒たちも自分の物だからこそ大切に使っています。アップルペンシル(Apple Pencil)やキーボードなどを購入する生徒も多くいますね。ただ、自費購入のため保護者の方にとっては金銭的な負担は大きいので、授業でどのように活用しているかがわかる『ICT報告書』を、半期ごとに配布しています」

自費で購入した端末に対する機能制限や、学校側で行いたい規制をどう位置づけるかは、答えの出にくい難題だが、同校ではアプリのダウンロードを禁止し、Wi−Fiでフィルタリングを行うなど、制限をかけている。一方で、自宅では自由に使用することを認めており、アプリではなくWEBブラウザでユーチューブ(YouTube)など好きなコンテンツが視聴できるようにしているそうだ。

また同校では、生徒の端末だけでなく、すべての教室にプロジェクタやスクリーン、アップルTV(Apple TV)、Wi−Fiを整備。ICT担当として吉本教諭がこだわったのが、教員が教室に行って「2クリック/2タップ」で授業を始められる環境の整備だった。

他校を視察する中で、授業のたびにプロジェクタを持ち運びする教員の姿を見て、手間と労力がかかっては持続可能ではないと考えた。そこで、誰でも簡単に手軽に操作できる環境を整えることで、活用の推進を図っていったそうだ。現在同校では、生徒の課題提出といった授業支援には「ロイロノート」、生徒や保護者への連絡といった校務支援には「クラッシー(Classi)」を活用している。

 

吉本 拓郎教諭

札幌龍谷学園高等学校数学科教諭。公立高校の事務職員を経て、大学で数学の教員免許を取得し直し、現職。2017年からICTの環境整備に携わり、探究学習や図書館教育でのICTの活用に取り組んでいる。2019年Apple Distinguished Educator認定。

Apple Distinguished Educator(ADE)…Appleが認定する教育分野のイノベーター。 世界45カ国で2000人以上のADEが、Appleのテクノロジーを活用しながら教育現場の最前線で活躍している。

 

 

謎解きで深める図書館教育

吉本教諭は、ICT担当だけでなく数学科教諭として3学年の授業を受け持ち、さらに情報教育部の部長としてICTを活用した「図書館教育」に力を入れている。学校図書館には、生徒の創造力を培い、学習に対する興味・関心等を呼び起こす「読書センター」の機能と、情報の収集・選択・活用能力を育成する「学習・情報センター」の機能が期待されている。しかし、iPadなどの端末が整備されることで、情報収集などがすべてネットで完結してしまい、学校図書館の利用率の低下が課題になっていた。そこでまず吉本教諭が取り組んだのが、学校の図書館にある本の検索、貸し出し状況がわかる図書館ホームページの制作だった。

「これまでは、たとえば授業中にSDGsに関することを調べるとき手元のiPadで完結していましたが、さらにそこから図書館ホームページにアクセスして、学校にどのようなSDGsに関する本があるのかを調べてもらうことで、図書館に足を運ぶきっかけを作りました。また、札幌市にも協力を仰ぎ、市の電子図書館にもアクセスできるようにして、学校だけでなく札幌市の図書館全体でどのような本があるのかを検索できるようにしました。学校や地域の図書館で本を借りられる状況を作ることで、生涯にわたって自主的に学習できる生徒を育成したいと考えています」

さらに吉本教諭は、図書館とICT、両方の良さを伝えるための授業を「総合的な探究の時間」で実践している。しかも、ただの授業ではなく「ゲーミフィケーション」を取り入れた謎解きワークショップ形式だというから驚きだ。

「図書館の利用方法やデジタルメディアへの理解度は、生徒によってばらつきがあるため、“謎解き”を楽しんでいたら自然とiPadでの図書資料の調べ方が理解できていた、という体験になるように授業設計しています。『学習センターからの挑戦状』と題して、5~6人のグループに分かれて謎解きに挑戦してもらっています」

吉本教諭のゲーミフィケーションを活かしたICT教育は好評で、同校への入学希望者が集うオープンハイスクールのコンテンツにも採用されている。同校のICT教育の一端を体験できるという趣旨で、図書館を舞台にした中学生向けの脱出ゲームを展開。参加した中学生の満足度も非常に高かったという。

 

事務職員から数学科教諭へ

ICTに精通している吉本教諭だが、もともとは公立高校の事務職員を経て、大学で数学の教員免許を取得し直し、現在に至るという異色のキャリアの持ち主でもある。事務職員を経験したことで、裏方仕事ではなく、先生として生徒に関わりたいと思うようになり、もともと興味のあった数学科の道に進み、最終的に大学院まで行った吉本教諭。数学の授業の取り組みについても聞いた。

「現在はAR(拡張現実)に興味があり、教材として活用する準備を進めています。ARを活用することでたくさんの教法や教具を簡単に授業に取り入れられるので、ARによる“数学の見える化”に挑戦したいと考えています。高校数学ではARで表現すると興味深い図形がたくさんあり、生徒たちも楽しく学ぶことができます。実際に、ARコンテンツを制作・配信できる『スタイリー(STYLY)』というアプリを使って、二次関数に興味を持つことができるARを作って、試作を生徒たちに体験してもらいました。VR(仮想現実)も取り入れたいのですが、どうしてもゴーグルなどを整備する予算の捻出が現状では難しく、まずはARの活用から進めたいと考えています」

吉本教諭は、2019年にはADE(Apple Distinguished Educator)に認定されている。iPadを使った教育を知る機会を探していたところ、ADEが主催するイベント「ADE Cafe」の存在を知り参加したそうだ。それがきっかけとなり、すぐにADEに応募。見事、北海道にADEがはじめて誕生した。

「ADEの先生たちやコミュニティから受ける刺激はとても大きいです。ほかのADEの数学科の先生の実践からよくアイデアをいただいています」

今後、「数学の見える化」を1つのキーワードに、ARやVR、そしてメタバースなどを活用し、生徒の知を刺激する実践に取り組みたいと語る吉本教諭。止まらない挑戦に注目したい。

 

すべての教室にプロジェクタやスクリーン、Apple TV、Wi-Fiを整備。これにより、2クリック/2タップで授業を進める環境が整った。吉本教諭がこだわったポイントだ。

 

 

「総合的な探究の時間」を活用し、iPadでの図書資料の調べ方を謎解きゲーム形式で実施。生徒たちは謎解きに夢中だ。

 

 

実際に使用された謎解きゲームの問題。図書館の本を調べると答えがわかるようなクロスワードの問題になっている。調べ物にはiPadを使う。

 

 

同校の入学希望者を対象としたオープンハイスクールでは、図書館を舞台にした中学生向けの脱出ゲームを展開。参加者のアンケートでは、全員が「満足」と答えたという本格的な仕上がりだ。

 

 

「数学の見える化」に取り組む吉本教諭がアプリ「STYLY」で製作したARコンテンツ。二次関数に興味を持ってもらいたいと試作したものだ。

 

吉本拓郎教諭のココがすごい!

□ ICTを活用した授業が即座に始められる環境を整備している
□ iPad×ゲーミフィケーションで学校図書館の利用を促進している
□ ARコンテンツを活用して「数学の見える化」に挑戦している