“熱烈な引き合い”がある睡眠検査のイノベーション|MacFan

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“熱烈な引き合い”がある睡眠検査のイノベーション

文●朽木誠一郎

Apple的目線で読み解く。医療の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

Appleが注力する「ヘルスケア」機能のうち、多くのユーザが気にしているであろう「睡眠」。その精度は十分なのだろうか。睡眠の評価には本来、脳波の測定が必要。しかし、医療機関における睡眠検査では双方に膨大な負担がかかる。そんな睡眠検査を自宅で可能にし、“臨床レベル”の精度を謳う筑波大学発のスタートアップに話を聞いた。

 

 

「睡眠」計測の精度は?

「最新ガジェット」として家電量販店に陳列されていても、違和感はない—。これは筆者がはじめて「インソムノグラフ(InSomnograf K2)」を見た際の感想だ。楕円形のフォルムに落ち着いた紫のカラーリングは、その機能である「睡眠脳波計」という言葉の野暮ったいイメージとは遠く、全体として洗練されている。しかし、これはあくまで先に述べた機能を持つヘルスケアデバイス。1年後を目処に医療機器認証の取得を目指すという。

睡眠スタートアップ・株式会社スイミン(S'UIMIN)が開発したインソムノグラフでは、ユーザの睡眠脳波を計測することが可能。睡眠を計測できるデバイスとして、アップルユーザであればまずアップルウォッチ(Apple Watch)を、あるいはほかのウェアラブルデバイスを想像するだろう。しかし、手首での計測は必ずしも精度が高いとは言い難い。精度を求めるのであれば、やはり脳波の測定が必須である。インソムノグラフは脳波を測定するだけでなく、AI(人工知能)システムおよび臨床検査技師による脳波の測定結果の解析までがセットになっているサービスだ。

実は筑波大学発のスタートアップでもあり、「世界中の睡眠に悩む人々にとっての希望の光となる」​​ことを掲げる同社の取り組みについて、取締役事業戦略室長の樋江井哲郎氏を取材した。

 

 

筑波大学発のスタートアップとして設立された株式会社S'UIMIN。「世界中の睡眠に悩む人々にとっての希望の光となる」をビジョンに掲げ、現在、商品・研究開発へのサービス提供のほか、睡眠障害のスクリーニングや診断をサポートするサービスの構築に取り組む。予防から治療、改善までを網羅した睡眠医療の確立による「一人ひとりが睡眠に悩むことなく幸せに暮らせる社会の実現」が目標。

 

 

株式会社S’UIMIN取締役事業戦略室長の樋江井哲郎氏。日本科学未来館を経て筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構で科学コミュニケーター、広報を務める。2018年に株式会社S'UIMIN​​に入社。

 

 

睡眠検査を気軽に

同社は筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構を母体として2017年に設立された。同機構は文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラムに基づいて2012年に設置。同機構長である筑波大学の柳沢正史​​教授は、同社の取締役会長CSO(最高科学責任者)​​でもある。同社と同機構は現在も協力関係にあり、樋江井氏も元々は同機構に勤めていた。

そんな同社が提供するのは、睡眠データの測定・解析サービスだ。「レム睡眠」や「ノンレム睡眠」という言葉は一般的だが、これは脳波の状態による区別。アップルウォッチなどのウェアラブルデバイスは加速度センサによる体の動きや、光学式心拍センサ​​による心拍数などから睡眠の状態を判定している。しかし、脳が司る睡眠を調べるのであれば、脳波を調べるのが本来的であり、その精度は高くなる。

問題は、脳波の測定のハードルもまた高かったこと。睡眠の医学的検査の主流は「ポリソムノグラフ(PSG)検査」と呼ばれる手法だが、これは検査のために医療機関に入院し、脳波計以外も含む多数のセンサを体に取りつけて、心電図や血中酸素飽和度などと合わせて睡眠時のデータを取得する。こうしたセンサは専門の検査技師が装着させ、検査中も技師が待機。検査を実施できる施設も限られており、「コストの面でも、機会の面でも気軽に受けられるものではなかった」と樋江井氏は指摘する。

同社はこの点に注目し、睡眠時の脳波測定に特化したデバイスの開発、脳波検査の普及のために事業を開始した。こうしてスタートしたのが、脳波測定ウェアラブルデバイスとAIを利用した自動解析による睡眠測定サービス​・​インソムノグラフ​​だ。サービスによっては臨床検査技師も読影に参加する。

 

解析AIによるDX

インソムノグラフでは睡眠脳波計に使い捨ての電極を接続して使用する。電極は額の3カ所と両耳の裏の2カ所の計5カ所に貼りつける形状で、軽く柔らかい素材を採用。また脳波計にはSIMカードが内蔵されており、脳波データはクラウドに直接アップロードされる。

2021年5月にデバイスが「K2」へとアップデートされ、SIMカードを内蔵したことで測定データをクラウドに直接転送する機能を実装。転送された脳波データは、筑波大学計算科学研究センターと共同開発し、臨床検査技師による読影データを機械学習したAIシステムがすぐに解析する。

これまで、脳波データはデバイスに蓄積され、デバイスごと同社に提出してから解析するフローだったため、「速報性にやや難があった」と樋江井氏。現行バージョンでは、サービス利用者はパソコンやスマートフォンを通じ、その日の睡眠の経過図や簡易評価を即時に確認。複数回の計測後に作成するウィークリーレポートもオンラインで確認可能となった。

このAIによる解析は、実は画期的なことだ。通常、脳波の解析は一晩分のデータを30秒ごとなど一定の時間で区切り、技師が各帯について細かく見ていく。仮に睡眠時間を7時間だとして、それを30秒ごとにチェックするわけで、作業に専門家の膨大なリソースを要していた。これを「熟練の臨床検査技師との一致率80%以上」(樋江井氏)というAIにより解析するのは、まさにDX(デジタルトランスフォーメーション)と言える。

また、これまでの検査機器然とした見た目も冒頭で紹介した姿に一変した。併せて音声案内機能の搭載や、操作性の向上も行い、インソムノグラフは睡眠検査という分野に確かなイノベーションをもたらしている。

 

睡眠市場の健全化に

一方で、インソムノグラフというサービスの一般認知度は低いが、これには事情がある。一般のユーザがこれを利用できるのは全国で数カ所の睡眠ドック(人間ドックのオプションとして)に限られ、また費用も現時点では人間ドックに追加で約3万円程度​​かかるためだ。ただし、このサービスは意外なところから熱烈な引き合いを得ている。寝具やマッサージ器具、健康食品などの企業の利用だ。

「たとえば企業の商品が『睡眠の質を改善します』と謳うことができるかどうか、その客観的な指標をインソムノグラフにより提供できます。実際に効果の出るもの出ないものがあり、睡眠に悩みを持つ方々の適切な判断にも寄与できれば」

ほかにも睡眠関連の研究への利用などがあり、研究所を母体とすることで「測定だけであれば競合するメーカーもあるが、研究の支援まで担えるのはオンリーワン」と樋江井氏は話す。

睡眠検査だけでは社会への広がりが乏しいとみて、実際のマーケットからのニーズを踏まえてまずはBtoBの領域に乗り出し、着実に存在感を増す同社。樋江井氏は「一般ユーザの睡眠を検査するだけでなく、睡眠を改善する寝具やグッズの品質が高まってこそ、睡眠の問題は解決に近づく。点で勝負するサービスではなく、家電や寝具などさまざまなグッズの開発に取り組む企業と連係し、面で生活に浸透していくサービスになれば」とし、今後一般ユーザへの提供ルートを拡大していく考えを明かす。

4人に1人が睡眠に悩んでいるという報告や、睡眠不足による国の経済損失が年間14・7兆円になるという試算がある日本。根拠不明の商品が人気を博すこともある中、アカデミアの持つ知識が望ましい形でビジネスと結びつき、市場の健全化にもつながる稀有なサービスだと言えるだろう。

 

「InSomnograf K2」は、病院の検査と同等の精度で脳波データを取得できるデバイスと、臨床検査技師と同等の精度で解析できるAIシステムを組み合わせた独自の睡眠計測サービス。研究開発用途を中心に40社以上の利用実績があり、2021年4月からは筑波大学附属病院つくば予防医学研究センターの健康診断の「睡眠ドック」としても導入されている。

 

 

覚醒・ノンレム睡眠(3段階)・レム睡眠を判定して睡眠経過図を作成するほか、実際の睡眠時間、ベッドに入って寝つくまでの時間、中途覚醒の時間、睡眠の効率、睡眠リズム、眠りの深さなどを評価。​​サービス利用者はパソコンやスマートフォンを通じ、簡易解析結果を即時に確認可能​​。

 

 

つくば予防医学研究センター​​や重工記念病院で提供される​​睡眠ドックでは、専用の問診アンケートを併せて実施し、睡眠時無呼吸や不眠症などの睡眠障害を詳しくスクリーニング。​​睡眠結果の判定はS'UIMINの睡眠専門医がインソムノグラフによる睡眠計測結果とアンケート結果をもとに判定、レポートする。​

 

S’UIMINのココがすごい!

□ 既存のウェアラブルデバイスを超える「睡眠」測定の精度を実現
□ 専門家の膨大な負担をAIによりDX、睡眠検査のハードルを下げた
□ 筑波大学発のスタートアップがアカデミア連係し、ビジネスで成果