現役画家の美術教員が追究する「アートとテクノロジーの可能性」|MacFan

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現役画家の美術教員が追究する「アートとテクノロジーの可能性」

文●中務彩夏三原菜央

Apple的目線で読み解く。教育の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

京都市立銅駝美術工芸高校で教鞭を執る渡邉野子副校長は、同校のiPad導入に携わり、ICTを活用した美術や探究学習などの学びの方法を研究・発信している。その取り組みや、テクノロジーがアートに及ぼす可能性について迫った。

 

 

美術分野に特化したICT活用

京都市立銅駝美術工芸高等学校は全国でも数少ない美術工芸専門の公立高校だ。同校でICT化の転機が訪れたのは2014年。新たな美術教育の実践を目指して、ICT教育やアクティブラーニングなどを推進し、iPad導入とWi−Fi環境の充実を図った。その旗振り役となった同校の渡邉野子副校長は、教諭であった当時を次のように振り返る。

「当校のデザイン専攻では以前からMacを使用していたため、新たに導入する端末は、親和性が高いiPadを推薦する声が多かったです。また、ICT化を進めるうえで他校へ視察に行った際に、iPadの直感性や品質、教育コンテンツの充実さなどのアドバイスがあったことも後押しとなりました」

2014年度に共有iPadを1クラス分、計40台導入。翌年度には、さらに20台ほど追加し、教員にもiPadが配付されるようになり、Wi−Fi環境も整い始め、着々とICT活用が進められた。ただし、授業のたびにiPadの貸し出し作業が必要なこと、生徒一人ひとりの端末データの管理などが、教員の大きな労力になっていた。

「データはそれぞれの生徒が端末内やクラウド上に保存し、学びの軌跡を自分で管理していくことが重要であるという方向に進み、2016年度からBYOD(Bring Your Own Device)による1人1台体制を導入しました」

現在、美術に関連する授業では積極的にiPadを使用しており、その活用方法は幅広い。美術表現の1つである「キュビズム」を写真の合成で作品化してみたり、エアドロップ(AirDrop)を効果的に活用して色彩理論を学んだり、美術工芸高校ならではの活用を進めている。

「座学で一方的に教員の話を聞くのではなく、ICTを使った相互的な学習によって生徒たちの自主性が育まれることを強く実感しています」

 

渡邉 野子副校長

京都市立芸術大学大学院美術研究科絵画専攻油画修了。自身の出身校である京都市立銅駝美術工芸高等学校にて、今年度より副校長を務める。教鞭をとる一方で、現役の油絵画家として精力的に活動し、定期的に個展も開催している。2019年には、Apple Distinguished Educatorとして選出され、「アートとテクノロジー」をテーマとしながら、美術分野においてICTを活用した多彩な教育活動を展開している。

Apple Distinguished Educator(ADE)…Appleが認定する教育分野のイノベーター。 世界45カ国で2000人以上のADEが、Appleのテクノロジーを活用しながら教育現場の最前線で活躍している。

 

 

失敗を恐れなくなった生徒たち

iPadを導入した当初、教員は「カメラ」アプリでさまざまなものを写して教材として提示したり、生徒はページズ(Pages)を活用して、写真をレイアウトし、美術をテーマとしたエッセイを作成したりすることなどから活用を進めた。

「iPadを導入したことで利便性が向上するだけでなく、それまでなかなか自分の意見を発言できなかった生徒たちの声を引き出せるようになりました」

特に生徒たちの変化が感じられたのは、絵画の下描きにiPadを使い始めたときのことだ。もともと下描きには色鉛筆を使用していたが、実際に使う絵の具の色とは異なるため、いざ絵の具を塗り始めてから下描き時のイメージと違うことに気づいても、なかなか途中で塗り変えることはできなかった。しかし、色鉛筆の代わりにiPadを使うことで実際の絵の具に近しい色で可視化されるため、生徒もイメージをより具体的に持つことができ、教員も生徒が考えていることを正確に理解でき、構想段階でのアドバイスがしやすくなったそうだ。

「iPadを活用するまでは、生徒はアイデアがあっても失敗を恐れて挑戦を躊躇する様子が見られました。でもiPadを使用すれば、失敗してもやり直すことができます。美術ではアイデアを発想したり、制作のプロセスを考えたりする部分も非常に大事なので、そこをテクノロジーの力が手助けしてくれます」

iPadの活用が進むにつれて教育活動の可能性が広がり、コロナ禍でのオンライン授業でも役立ったという。美術工芸作品は学校でしか作れないものも多いが、作品の構想やイメージはデータでやりとりすれば、オンラインでも生徒に指導ができる。また、教具の使い方などは動画を共有して生徒に事前に視聴してもらい、これまで教具の説明に要していた授業時間を生徒の制作時間に充てるといった工夫も重ねている。

「オンラインと対面それぞれの特徴を理解して、オンラインの良いところは活用し、対面でしかできないことはしっかりと授業で対応するというハイブリッドな運用を意識しています」

 

テクノロジーとアートの可能性

もともとICTが得意なわけではなかったと話す渡邉副校長だが、積極的にiPadの活用に力を注いだことで、2019年にADE(Apple Distinguished Educator)に認定された。

応募のきっかけは、大阪で開催されたADEが主催するイベント「ADE Cafe」に参加したこと。世界の国々と交流する教員たちと出会ったことで、自分も海外から実践を学び、それを自校に活かすことができたら、よりICTの取り組みが進むと考えたという。

「ADEの先生方は学ぶことに意欲的で、常に学びをアップデートされているので刺激になります。また、当時校内にはICT導入に対して消極的な先生もいらっしゃいましたが、ADEの仲間ができたことで安心感や勇気をもらい、精神的な支えとなりました」

現在は教員のスキルアップやチームづくりなどを研究・実践している渡邉副校長。実際に、銅駝美術工芸高校でも教員向けの勉強会を開催しているという。

「テクノロジーによって人間の創造性や可能性は広がります。また、テクノロジーによって今まで人間の手では作ることが難しかったものが実現できるようになり、その結果、作品自体が変わります。テクノロジーは作品を構想する思考の部分、そして作品表現そのもの、この両方の可能性を広げていくでしょう」

銅駝美術工芸高校は再来年度に校舎の移転が計画されており、校舎や設備などの環境が大きく変わる。それをきっかけに現在デザイン専攻の教員が中心となって行っているデジタル技術を活用した取り組みをほかの専攻にも広げたり、教科横断型の学びを学校全体に根付かせ、生徒たちの創造性をさらに広げていくことが渡邉副校長の目標だ。

「美術におけるテクノロジー活用のメリットはたくさんありますが、失敗してもやり直せて、自分の目指すものに近づけるという特徴が、生徒の自己肯定感を高めることに役立っています。また、テクノロジーを使えば表現の可視化ができるので、生徒は一人ひとりの考えの違いを知ることができ、他者理解を深められます。自分にしか表現できないものを考えるきっかけにもなっていると思います」

子どもたちに対する温かな眼差しを持ちながら、美術という分野でテクノロジーの可能性を追究し続ける渡邉副校長は、とても美しい。これからも“アートを愛する人を育てたい”という願いを胸に、活躍を広げる姿に注目していきたい。

 

色彩理論の授業では、資料や画像をAirDropで交換し、能動的で協働的な学びを起こし、学習内容の定着を図っている。

 

 

iPadを活用した新奇性の高い実践をチーム学校として数々生み出している。たとえば「iPad×キュビズム」をテーマに、生徒は課題学習に取り組んだ。。

 

 

カッターなどといった授業に使用する教具の使用方法は教員が作成した動画をクラウドから見れるようにした。これまでは授業中に教員が説明していたが、授業前に生徒に確認してもらうことで、ほかの指導に時間が割けるようになった。

 

 

アートとテクノロジーの可能性を伝えるため、教員向けの勉強会にも力を入れている。業務のICT化が進んだことで、会議の短縮化や資料のデータ化が実現したという。

 

 

ADEのコミュニケーションでも定期的に勉強会を実施。身近なところで美術が活きることを体感してもらうため、Apple Watchの壁紙制作などに取り組んだ。

 

渡邉野子副校長のココがすごい!

□ 美術教育にICTを取り入れ、新奇性の高い実践を生み出している
□ アート×テクノロジーを活用し、生徒の創造性を最大限引き出している
□ 勉強会を開催し、教員のスキルアップやチームづくりにも貢献している