クリニックが「コンビニチェーン」になるために必要なDX|MacFan

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クリニックが「コンビニチェーン」になるために必要なDX

文●朽木誠一郎

Apple的目線で読み解く。医療の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

子どもの病気やケガは、病院が開いているときにやってくるとは限らない。夜間や週末にもし体調が悪化したら―。そんなニーズに応えるため、年中無休で夜20~21時まで小児科・内科の医療を提供するクリニックがある。Appleデバイスを活用しながらDXを推進、チェーン化して拡大していく新しい医療機関の形を取材した。

 

 

クリニックの“チェーン化”

年中無休で小児科・内科の医療を提供する「キャップスクリニック」。医療法人ナイズが運営する同グループは、現在関東に11カ所(12カ所目を年内に開院予定)のクリニック(入院ベッド数19床以下あるいは無床の小規模な医療機関を指す。「病院」は20床以上)を有する、いわば「クリニックチェーン」だ。

系列に複数の病院・クリニックがある医療法人は少なくない。しかし、同グループは「1開業医=1クリニック」が一般的なクリニックのみのチェーンであり、さらにもう一つの特徴がある。それが、CAPS株式会社という別法人を設立し、医療法人ナイズと協力して複数のクリニックを運営しながら、健康経営支援事業なども合わせて展開している点だ。特に、同グループのクリニックでは、電子カルテなど医療現場やバックグラウンド業務で稼働するITシステムを、二法人が一体となったチームによりほぼすべて内製で開発しているという。

全クリニックにアップルデバイスを導入するなどして、医療のDX(デジタルトランスフォーメーション)化に努めている同グループ。なぜ、内製にこだわるのか。キャップスクリニック総院長で医師の白岡亮平氏とシステム部・部長の大庭芳史氏の取材から、医療のDXを真に実現するためのポイントに迫る。

 

 

関東11拠点で展開されているキャップスクリニック。1つ目の拠点の開院は2012年。地域にプライマリケアの拠点を拡大することで、生活者の健康的で豊かな生活を実現し、世界中の幸せの総量を最大化することを目標とする。

 

 

キャップスクリニック総院長の白岡亮平氏。小児科専門医、産業医、日本医師会認定健康スポーツ医。地域に根差した予防医療社会を実現するため、2012年に医療法人社団ナイズを設立、キャップスクリニックを開院。2014年にCAPS株式会社(旧メディカルフィットネスラボラトリー株式会社)設立。

 

 

CAPS株式会社のシステム部・部長の大庭芳史氏。前職でゲーム開発に携わった後、2019年1月に入社。キャップスクリニックで運用されている電子カルテなど、同社におけるシステム開発全般を推進している。

 

 

夜まで・週末にも診療

白岡氏がキャップスクリニックの1拠点目を東京・西葛西に開院したのは、2012年のこと。もともと総合病院で小児科医として勤務していた頃に感じた課題がきっかけだった。

「夜間や週末によくあることでしたが、軽症の方でも最初から大きな病院に来てしまう。これを地域のクリニックが巻き取ることができれば、医療システム全体が効率化できるのにと思っていました。この状況を何とかしたくて病院を辞め、キャップスクリニックを開院しました」

キャップスクリニックは「365日・年中無休の小児科クリニックで夜21時まで診療(一部拠点を除く)」を掲げる。一般的な個人の開業医によるクリニックは夕方以降は閉まっているのが通例で、週末も休診が目立つ。しかし、子どもの病気やケガは時間帯を選んでくれない。また、子どもの予防接種なども夜間や週末に受けることができれば、働き盛りの子育て世代にとっては非常に便利。そんなニーズを汲んだ業態は実際に地域住民に歓迎され、利用者が増えていったという。

そして、白岡氏が当初から想定していたのが、その横展開だ。便利なクリニックが増えて困る利用者はいない。同グループは各地でかかりつけと並行して受診する利用者を増やしていった。

その展開はまさにコンビニチェーンを思わせる。今となってはコンビニがない生活を想像できないように、休診日がなく夜まで開いている便利なクリニックは生活に不可欠な存在となる。文句が出るとしたら既存の“個人商店”ということになるが、共働きなど生活スタイルが変化した時代に適した業態が選ばれるのは自然なことと言える。

 

システム内製のメリット

チェーン化のメリットがあるのは利用者だけではない。前述したように、キャップスクリニックでは電子カルテなどのITシステムをほぼすべて内製している。たとえば電子カルテひとつを取っても、実は既存のシステムは複数拠点での運用に適していないものが多いという。

日本ではこれまで「カルテ情報をセキュアにクラウド管理する」という発想がないまま、独自に多数の電子カルテ規格が生まれてきた。その結果、関連病院であっても導入している電子カルテの規格が違うこともままある。こうした状況下で、さらに小規模なクリニックのみのチェーンという珍しい形の運営をするキャップスクリニックでは「自分たちのオペレーションに合わせて既存の電子カルテをカスタマイズしようとするのはかえって負担」(大庭氏)でもあった。

もともと、キャップスクリニックは起ち上げ当初から「医療×IT」をテーマに掲げてきた。そこで、電子カルテなど専用のITシステムをほぼすべて内製する、という決断に至ったという。

現行のシステムは10年来のもので、並行して新しいシステムを開発中であると大庭氏は明かす。こうしたオーダーメイドのITシステムは、CAPS株式会社としてサポートする新規クリニックのチェーン加盟の際にも強みになるという。

一方で、開発には多大なリソースがかかるのも事実だ。既存のシステムであれば導入費用が数百万円で済むところ、同社の場合はその何倍ものコストがかかっている。しかし「弊社が目指している新しい社会の仕組みの構築には見合っている」と大庭氏は話す。たしかにこの異例のクリニックチェーンは着実にその規模を広げており、説得力もある。

 

ペーパーレスは本質ではない

キャップスクリニックでは院内で問診する場合にiPadやiPadエアを活用。また、そもそも問診は事前にWEBで済ませることが推奨されている。白岡氏は勤務医時代を「とにかく紙が多かった」と振り返り、「紙カルテの記入以外にも各種の書類など、とにかく書き仕事に忙殺されていた」「紙をなくすことだけでも、かなり患者さんのために使える時間は増えると思っていた」とする。

iPadシリーズ以外にも、小児の体重入力やトリアージをiPodタッチで行ったり、全加盟クリニックで医師や受付用のPCをiMacやMacミニに統一したりすることで、紙とさまざまなデバイスが入り乱れることでガラパゴスになるオペレーションを現場から排することに成功したという。また、アップルデバイスの活用により「いつ買ってもどこに置いても同じ運用ができるメリットがある」と大庭氏は語る。

ただし、白岡氏は医療現場におけるDXのポイントを「紙をデジタル化するだけではない」と指摘する。

  「DXするというのであれば、オペレーション全体をDXしなければなりません。そこにITを活用して効率化できるフローがないか、徹底して見直していく必要があります。そのためには、医師として現場を知る私のような人間と、エンジニアの大庭のような人間、どちらも同じ組織にいることが重要です」

今後もチェーンに新規加盟するクリニックを増やしていきたいと話す白岡氏。勤務医という安定した道を離れてまで「新しい社会の仕組み」を構築しようとするのはなぜなのかと問うと、「課題があるならそれを根本的に解決したいという想いがあるから」だと答えた。

  「この9年、驚くようなトラブルにも遭遇してきましたが、自分たちの理想を信じようと励まし合って、目の前のことをとにかく続けてきました。その結果が今の形につながっていると思います」

医療の効率化をDXで実現するという一念を9年間に渡り持ち続けたある種の頑なさこそ、医療現場にDXをもたらすために必要な姿勢ではないだろうか。

 

 

加盟する全クリニックにiPadやiPad Airを配備。問診は基本的に事前にWEBで行うが、忘れた場合やウォークインで来院した場合は、紙ベースではなくiPadにより問診を行う。2012年の開院当初から導入していた。

 

 

子どもの体重入力や重症度に応じたトリアージにiPod Touchを活用。使用するアプリも自社で開発するもの。かつては利用者用にもアプリを提供していたが現在は終了。LINE公式アカウントで予約・問診などの機能を提供している。

 

 

受付や診察室にはiMacやMac miniが導入されている(一部Windows PC)。製品の種類や仕様に幅がなく運用に適しているためだが、保守の観点でディスプレイ一体型のiMacからMac miniに置き換えを進めているという。

 

☞キャップスクリニックのココがすごい!

□ iPadなどのAppleデバイスにより院内の完全ペーパーレスを実現
□ 医療現場やバックグラウンド業務のITシステムをほぼすべて内製
□ 「クリニックのチェーン化」という珍しい試みを関東11拠点で展開