民間のワクチン接種記録アプリが官邸SNSで紹介されるまで|MacFan

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民間のワクチン接種記録アプリが官邸SNSで紹介されるまで

文●朽木誠一郎

Apple的目線で読み解く。医療の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

新型コロナワクチン担当の河野太郎大臣が会見で言及した「アプリ」。その背景には、ある医療ベンチャー企業の決断があった。必ずしもマネタイズにつながらない接種記録管理にリソースを投じる理由と、大規模接種のロジスティクスの問題点とは。コロナ禍という未曾有の事態を社会としていかに乗り越えるのか。株式会社ミナケアに、紆余曲折あった開発の経緯を聞いた。

 

 

官邸が紹介するアプリ

全国民の関心事になった「ワクチン」。新型コロナウイルスワクチンに関連して、担当大臣である河野太郎内閣府特命担当大臣​​が、閣議後の会見で「アプリ」を紹介したことが、医療系ベンチャー界隈を騒がせた。

それは今年5月25日のこと。河野大臣の発言要旨から引用する。

「接種を受けた方が日々の健康を記録したり、ワクチンのさまざまな情報をもらったり、あるいは有害事象を報告したりというアプリが製薬会社とアプリ開発会社の共同で開発されたものが提供されております」「ワクチン接種を受ける方の利便性の向上を目的としたものでございますので、そうしたアプリを含め利用いただきたいと思います」(原文ママ)(【URL】https://www.cao.go.jp/minister/2009_t_kono/kaiken/20210525kaiken.html

同日、首相官邸の新型コロナワクチン情報公式ツイッターアカウントが、再び「健康記録やワクチン接種の記録管理ができるアプリ」を紹介。その後、内閣府大臣補佐官の小林史明衆議院議員が、ツイートでこのアプリが株式会社ミナケアの「ヘルスアミュレット(Health Amulet)」であることを明かした。こうした一連の流れは、そもそもが前例のない事態であるとはいえ、極めて珍しい。一方で、日々更新される新型コロナ関連の情報に埋没してしまった感もある。

ヘルスアミュレットとは、どんなアプリなのか。ミナケアを取材すると、新型感染症の世界的流行という未曾有の危機に医療ベンチャーの下した決断の背景と、官民連係の難しさが浮かび上がった。

 

 

株式会社ミナケアは、2011年に代表取締役社長で医師の山本雄士氏が創業。健康保険組合を対象にしたヘルスケアサービス開発支援事業や、健保に蓄積されたレセプトなどのデータを解析するデータ解析事業/データヘルス支援事業を営む。【URL】https://www.minacare.co.jp

 

 

「Health Amulet」は、日々の健康記録やワクチン接種の予約管理・記録管理ができる健康「お守り」アプリ。2021年にワクチン関連の機能が追加された。以前は健康保険組合の加入者に向けた健康管理・健康情報アプリとして提供されていた。 【URL】https://www.health-amulet.net

 

 

接種後のフォローのため

ミナケアは2011年に創業した医療ベンチャー企業で、主に健康保険組合を対象にしたコンサルティングなどの支援サービスを提供している。ヘルスアミュレットも、もともとは健保の加入者に向けた健康管理アプリとして開発・提供されていたものだ。

代表の山本雄士氏は医師でもある。これまでも医療業界や行政と連係して医療にまつわる社会課題の解決に取り組んできた。そんな山本氏にとって、新型コロナウイルスの感染拡大、そして希望する国民へのワクチンの大規模接種は看過できない局面だった。

「昨年秋頃ですが、ワクチンの大規模接種が日本でも実現しそうだと。一方で、たとえば先日発覚したモデルナワクチンへの異物混入のようなことが起こり得る中で、いかに接種者のフォローアップをするか、といったロジスティクスはほぼ未整備でした。そこに弊社のヘルスアミュレットを活用できるのではないかと考え、健保向けとしていたアプリを一般向けアプリに転換、急ピッチで開発を進めることにしたのです」

アプリのリリースは医療従事者の優先接種が始まる2021年2月に間に合った。新型コロナウイルスワクチンの主要なメーカーであるファイザー社との連係もまとまり、同社の“公認アプリ”として提供できるようになった。それが冒頭で紹介した河野大臣の発言にもつながる。

同アプリの機能は、まずワクチン接種予約日の管理​​だ。間隔を空けて2回接種するこのワクチンにおいて、接種日のリマインドにより接種忘れを防ぐことができる。また、ワクチン接種記録の管理も可能。自治体から配布されるワクチンの接種券、医療機関で受け取る接種済証などの書類をアプリ内に画像で保存し、参照するといった、後述する「ワクチンパスポート」につながる機能もある。

世界保健機関(WHO)や厚生労働省からのワクチン関連の最新情報を確認できるほか、アプリ公開に先行して起ち上げたメディア「正しく知ろうCOVID−19」​​の記事も閲覧可能。また、接種前後の体調を記録しておくことで、医療機関受診時のメモとして、医師に説明する際にも有益に使える。

 

 

代表取締役社長・医師の山本雄士氏。1999年東京大学医学部を卒業後、同附属病院、都立病院などで主に循環器内科や救急医療に従事。2007年にハーバード・ビジネス・スクールを日本人医師としてはじめて修了し、2011年にミナケア創業。

 

 

ムチームの川﨑志邦氏(左)と、アプリの事業面を統括するCEO補佐/事業推進チーム・組織開発チームの有光夏子氏(右)。

 

 

官民連係の難しさ

はアストラゼネカ製ワクチンにも対応。同社によれば、JALや福岡市など40を超える企業や自治体の賛同を得て、その健康保険組合などを通じて約150万人に周知されてきたという。東京都医師会の協力や、福岡市による集団接種会場での紹介など、ステークホルダーを巻き込み、利用機会は着実に増えている。

しかし、ヘルスアミュレットは無料アプリであり、ワクチン接種の普及という趣旨は収益化になじまない面もある。民間企業、しかもベンチャーがそのような事業にリソースを投じるのはなぜなのか。山本氏はこう説明する。

「弊社は『病気にさせない医療を社会に』というミッションを掲げています。人が健康を意識するのは、逆説的ですが、健康が脅かされたとき。まさに今、社会はそうした状況を迎えています。新型コロナウイルスに対する正しい理解を深め、ワクチンの普及を推進するのは、弊社のミッションに適うことです。また、このアプリが進化することは、健保向けのサービスを充実させることにもつながる。弊社としてやるべきと決断しました」

同時に、ヘルスアミュレットの事例は官民連係の難しさも浮き彫りにした。ワクチンメーカーによる情報発信は製薬会社の宣伝活動につながると見なされ規制が多い。情報受信者が接種者だと証明できるヘルスアミュレット上では可能という見方もあり、前述した接種者へのフォローアップにつながる。ファイザーは同アプリ上で接種者への情報提供を実施する一方、モデルナはしていない。モデルナワクチンの異物混入の際には、ミナケアがいち早く、ヘルスアミュレットを経由して該当ロットの接種者に向けた情報を発信した。フォローアップの実現という意味では「アプリ開発を決断したときの狙いどおりにその役割を果たした」と山本氏は意義を語る。

また、企業が社会課題に取り組むとき「国が応援団にも脅威にもなる」と山本氏。実際、政府は今年12月から海外渡航者を対象としたワクチン接種証明書をスマホアプリでQRコード化する予定だ。​国内でもワクチン接種者が一定の行動制限の緩和を受ける、いわゆる「ワクチンパスポート」導入の議論が始まる。また、同じ民間でも凸版印刷がQRコード化された接種記録を表示するアプリの開発を発表するなど、今後はさらに競合が増える可能性がある。そのため、ミナケアでは官民連係と民民連係の双方を進めたいという。

このような状況下で、不可欠なのはアプリ自体の機能の向上だ。山本氏も「接種開始に間に合うように最低限の機能でリリースした」と認めており、今年4月からは開発担当に川﨑志邦氏を置き、アプリの改良を進めている。事業担当の有光夏子氏は「ICTを活用してワクチン接種を管理したり、情報提供したりするのは新しい医療の在り方。引き続き、健康の『お守り』として生活の安全・安心を提供できるようチャレンジしていく」とした。

 

 

Health Amulet

【開発】MinaCare Co., Ltd.
【価格】無料
【場所】App Store>ヘルスケア/フィットネス

日々の健康記録やワクチン接種の予約管理・記録管理ができるアプリ。ワクチン接種予約日の管理​​、ワクチン接種記録の管理​​、ワクチン接種者向けの情報提供​​、日々の健康記録の管理​​が可能。ユーザが加入する健康保険組合等が同アプリと別途契約している場合、健康診断の結果の閲覧や、医療機関の受診履歴・薬の処方履歴の閲覧、ヘルスケアポイント機能​​なども利用できる。

 

 

2020年12月29日にオープンした「正しく知ろうCOVID-19」。ミナケアのオウンドメディアとして、新型コロナウイルスやワクチンに関する基本情報や最新の情報を提供する。【URL】https://www.health-amulet.net/covid19

 

Health Amuletのココがすごい!

□ ワクチンの接種済証などをアプリ内に画像で保存・参照できる
□ ファイザー社の公認を受けて提供、WHOや厚労省の情報を発信する
□ 健康保険組合加入者対象のアプリをコロナ禍で一般用に転用した