シネマティックは突然に|MacFan

アラカルト “M世代”とのミライ

シネマティックは突然に

文●松村太郎

例年9月に発表されることが多い新iPhone。昨年は異例の10月での発表でしたが、2021年は無事9月に新iPhoneの発表、発売となりました。オンラインで開催された今回のスペシャルイベントにつけられたタイトルは「カリフォルニア・ストリーミング(California streaming.)」。イベントの冒頭では、1969年のマリーナ・ショウによる名曲「カリフォルニア・ソウル(California Soul)」のカバーが、カリフォルニアの美しい名所での演奏風景を交えて流れました。

アップルというブランドの原点である「カリフォルニア」との結びつきを表現しながら、豊かな自然の中で活躍する人々にしなやかに寄り添う、そんなストーリーを感じることができました。

筆者が専任教員を務めるiU(情報経営イノベーション専門職大学)の学生には、良くも悪くも、テック業界は“アップル待ち”が発生している点に注視せよ、とよく指摘しています。

テクノロジーや社会性、デザイン、メッセージング、クリエイティブなどのあらゆるトレンドを、アップルが方向づける役割にあり、グーグルすら、アップルの方向感覚を尊重している場面が数多く見られます。たとえば5Gネットワークも、iPhoneが対応した2020年が本格的な商戦の始まりでしたし、4Gネットワークのときも同様でした。

それだけアップルが古くからトレンドを生み出してきた、また現在も成長を続けている企業であることを象徴しているのですが、裏を返せば、そうした牽引役をアップルに押しつけているようにも見えるのです。

アップルが工業デザイン主導だった時代、そのアイデアをコピーする企業に対しては容赦しませんでした。しかし、現在は環境や気候変動、社会的にあるべき姿を目指すことに注力しており、むしろ「真似は歓迎すべき」と豪語します。

社会的に良い活動を真似されても、その企業はアップルのフォロワー、味方になるに過ぎず、アップルの正しさが強化されることになるからです。そうした構造の変化もあって、余計にほかの企業に対して「もっと頑張れ!」と思うのです。

今回のスペシャルイベントで発表された新しいiPhone 13シリーズは、数多くの注目ポイントがあった中、特にバッテリとカメラの向上が強調されました。ユーザの声を忠実に拾って弱点を補い、ユーザに支持された機能をさらに伸ばした結果が、バッテリとカメラの向上だったというわけです。市場への迅速な対応は、新たにワールドワイドマーケティング担当シニアバイスプレジデントに就任したグレッグ・ジョズウィアック氏の“Joz流”が色濃くなってきたと見るべきでしょう。

2019年、2020年と、カメラは飛躍的に進化を遂げました。2021年も、驚くほど進化したと言わざるを得ません。ビデオ機能に追加された「シネマティックモード」は、映画で用いられる映像表現(カメラワーク)を自動的に行う機能です。たとえば映し出している風景に歩いて入ってくる人物にフォーカスを合わせたり、人物の頭の向きを認識してフォーカスを背景に合わせる、といった映画的表現を自動的に行うことができるのです。簡単に言えば“ポートレートモードのビデオ版”ですが、よりビデオに撮影者の意図が込められることで、日々撮影するビデオがストーリーを紡いでいるかのように表現されていました。

アップルはiPhone 13を通じて、我々に「ストーリーを語れ」と迫っているのです。人間として生きることの意志や強さに自ら気づいてほしい、という思いすら込められているようでした。

 

 

iPhone 13シリーズで追加された「シネマティックモード」は、撮影したあとでフォーカスを調整することもできます。カメラの世界でも大きな価値を持った1台と言えるでしょう。

 

 

Taro Matsumura

ジャーナリスト・著者。1980年生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科卒業後、フリーランス・ジャーナリストとして活動を開始。モバイルを中心に個人のためのメディアとライフ・ワークスタイルの関係性を追究。2020年より情報経営イノベーション専門職大学にて教鞭をとる。