海の近くで暮らす「Apple Wachとともにある老後」を考える|MacFan

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海の近くで暮らす「Apple Wachとともにある老後」を考える

文●朽木誠一郎

Apple的目線で読み解く。医療の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

加齢とともに訪れる、肉体や精神の機能の低下。仕方ないと受け容れるには、日本人は長生きすぎるとも言える。超高齢化社会のこうした課題を解決するため、Apple Watchを活用しようとするユニークな老人ホームが生まれた。「健康な人のみ入居可能」な「老人ホーム」という逆説的な取り組みには、病気予防のためのヒントがあった。

 

 

「病気で10年」の重み

「人生100年」とされる時代、“老後”については誰もが無関心ではいられない。何歳まで働くのか、リタイア後はどこで何をするのか—しかし、こうした「仕事」や、関連する「お金」についての心配事の横で、見落とされがちなトピックがある。「健康」だ。

もし100歳まで生きることができたとしても、病気などの理由で体の自由が効かないかもしれない。厚生労働省が発表する、日常生活に制限のない期間=健康寿命は、2016年の値で男性72.14年、女性74.79年。一方、今年7月に発表された2020年の平均寿命は男性81.64年、女性87.74年と過去最高を更新。約10年程度、差が開いているのだ。日常生活に制限があるまま10年も生活するというのは、できれば避けたい事態だろう。そのためには当然、一定の対策が必要になる。

病気になる前に異変を察知したり、そもそも健康であり続けたり。言うは易く行うは難いこうした準備に、一役も二役も買う可能性があるのが、アップルウォッチだ。アップルデバイスが健康寿命を延伸する可能性を示す、神奈川県横須賀市で進行するあるプロジェクトを取材した。

 

 

株式会社ユニマット リタイアメント・コミュニティの経営企画室兼未来ビジネス開発部・白木優史氏。マゼラン湘南佐島におけるApple Watch活用の展望を語ってくれた。

 

 

株式会社ユニマット リタイアメント・コミュニティは、全国336拠点・668事業所を通じて介護事業を展開し、高齢者の生活と自立を支援する。高齢者を支える新サービスの研究・開発を進め、高齢者がアクティブに、介護が必要になっても穏やかに、自分らしく暮し続けられるよう、「介護」の枠に囚われない新しい事業を目指す。【URL】https://www.unimat-rc.co.jp

 

 

「健康型」老人ホーム

横須賀に所在する「マゼラン湘南佐島」は「健康型有料老人ホーム」という聞き慣れない事業形態を謳う。

10月1日から最大1年間のモニター入居が可能となる対象者は「60歳以上の健康な方」で、要支援や要介護者は応募できないといい、老人ホームというイメージとは乖離がある。相模湾に面した建物は約2年前に完成し、現在までは先行してオープンしたレストランやカフェが営業してきた。館内にはフィットネス用のスペースやスパなども併設。3~5階が居住区になっており、8月から入居者募集がスタートしている。

運営の株式会社ユニマット リタイアメント・コミュニティによれば、募集人数は30人程度を見込んでいるという。同社は全国で高齢者介護事業を展開するほか、飲食やホテル、フィットネス、宅食事業などを営んでいる。

老人ホームと言うよりは、いわば「高齢者用のソーシャル・アパートメント」といった趣を見せる同施設。現在は1カ月~12カ月という期間限定のモニター入居のみで、費用は部屋のタイプ、入居期間によって異なるが、部屋利用料が月額約30~55万円ほど(食事代別)になる予定。そんな同施設が目標として掲げるのが「健康な人をより健康に」というコンセプトだ。

 

 

神奈川県横須賀市の老人ホーム「マゼラン湘南佐島」。全39室で、2021年10月からモニター入居を開始。相模湾に面し、すべての居室から海を臨む。フィットネス用のスペースや、サウナなども併設。地域社会に開放し、気軽に利用できる施設として、レストランやカフェも営業し、地域住民や、多世代との交流を育む。【URL】https://mazeran-web.com/sajima/

 

 

産学官連係で未病改善

神奈川県はまさに「病気になる前の段階で異変を察知」する「未病改善」という概念の啓発に力を入れている自治体だ。同県は未病産業研究会を組織し、健康寿命の延伸に取り組む企業をサポートしている。

マゼラン湘南佐島は同会と、慶應義塾大学医学部内科学教室循環器内科・木村雄弘医師​​の協力を得て、産学官連係の実証事業を開始した。その第1弾の肝になるのがアップルウォッチだという。

 この実証事業では、まず入居者全員にアップルウォッチを提供。心電図や心拍、血中酸素ウェルネス、運動量などのライフログデータを元に、月に1回、「食事」「運動」の状況を含め、木村医師からより健康的な生活のためのコメントをもらう。同施設はこのアドバイスを反映し、食事・運動メニューの見直しを実施。

なお、ここで提供されるのはあくまで健康相談であり、医療行為ではないことには注意が必要だ。

また、地域住民との交流など、社会参加の活動プログラムも提供予定。「当施設に入居することで心身ともにより健康になることを目指す」と、ユニマットリタイアメント・コミュニティの経営企画室兼未来ビジネス開発部部長・白木優史氏は展望を語る。

 

データとリアルの融合

これらデータは「Personal Health Record(PHR)」と​​して集積する。医学研究用のアプリなども開発する株式会社アツラエに依頼し、独自のiOSアプリを制作した。PHRは入居者や施設スタッフにより日々の健康管理に利用されるほか、個人を特定できないよう処理したうえで、以降は医学研究にも応用していく考えだという。

「多くの人は病気やケガをして医療機関にかかるときや、年に数回の健康診断のときにしか、自分の体の状態を意識することがありません。当施設のサービスでは、それを経時的に専門家の方にチェックしてもらうことで、病気の予兆をキャッチし、さらなる健康にとつなげていくことができます」(白木氏)

 アップルウォッチを選んだ理由を、白木氏は「取得できるデータの種類や量が豊富で、質が高いから」と説明する。ただし、今後は情報端末や周辺機器のデバイス、それに伴う技術を増やしていきたい、とも話す。また、こうして取得したPHRを元に「専門家が研究を進めるうえで、フレイル(加齢により心身の機能が低下した状態)や認知症に移行してしまう要因の探索や解析の役に立て、こうした状態の改善も可能にし、日本における超高齢化社会の課題解決につなげたい」とした。

マゼラン湘南佐島の実証事業は、ライフログデータとリアルの生活との融合、そしてそこに医師が関与するという点で、有望な事例であると言える。一方で、「未病改善」という壮大な取り組みにおいては、こうしたモデルケースを横展開していく必要がある。

現状では協力を得た医師がアドバイスできる人数の上限=入居者の上限になってしまうため、対象を拡大するにはAI(人工知能)化などさらなる技術革新が求められるだろう。そのためにAIの学習に必要な大量のデータ(=入居者数)を確保できるかどうか、という本来的な課題に突き当たることは必至だ。同社も、この課題は認識しているという。

単一の成功事例で終わらないためにも、やがては「健康型有料老人ホーム」としての真価を問われることになるだろう。

 

 

神奈川県未病産業研究会、医師の協力を得て、健康寿命延伸のための実証実験を開始。入居者全員にApple Watchを提供し、ライフログデータを元に月に1回、医師からアドバイスが行われる。同施設はこのアドバイスを反映し、食事・運動などのメニューの見直しを実施する。

 

 

入居者は基本的に全員がApple Watchの着用に同意していることが前提。日々のデータはPersonal Health Record(PHR)と​​して独自のiOSアプリに集積される。独自アプリ開発は、医学研究用のアプリなども手掛ける株式会社アツラエに依頼。データは匿名化し研究にも活用予定とのこと。

 

マゼラン湘南佐島のココがすごい!

□ 「健康な人をより健康に」するという老人ホームが横須賀市に誕生
□ 入居者全員にApple Watchを提供、データを独自アプリで集積
□ データを元に医師がアドバイスし、食事や運動のメニューに反映