離れた家族のバイタルデータを“ほぼリアルタイム”で見守れるアプリ|MacFan

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離れた家族のバイタルデータを“ほぼリアルタイム”で見守れるアプリ

文●朽木誠一郎

Apple的目線で読み解く。医療の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

「ResearchKit」のように、Appleは開発のハードルを下げることで、世の中に便利なアプリを送り出している。医学分野の研究が進む一方で、これはAppleの「想定外」のアプリが生まれにくい構造とも指摘できる。これに「ほぼリアルタイム」の見守りアプリで風穴を開けた、元Appleの開発者による挑戦を取材した。

 

 

「お仕着せ」開発を越え

iPhoneユーザは、「ヘルスケア」アプリの有用性に無自覚ではいられない。アップルウォッチの「心電図(ECG)」アプリを活用した心房細動の予防などは、まさにその一例だろう。アプリはすでに致死的な病気から人々が身を守ることに寄与する存在になった。

近年、アップルはウェアラブルデバイスの可能性を追究することに余念がない。しかし、これだけ完成度の高いプロダクトを前にしては、デベロッパー側はどうしても「お仕着せ」の域を出られない構造だとも指摘できる。医学研究を対象とした「リサーチキット(ResearchKit)」しかり、「どんなことが可能になるか」をアップル側が丁寧にガイドするフレームワーク上で新しいアプリが生まれる、というように。

それは悪いことではないし、特にリサーチキットによりエンジニアリングのプロでない医学研究者が手軽にアプリを制作できるようになったことは画期的だ。しかしその一方で、アップルの「想定外」のアプリが世に出にくいことになるのではないか。そんな構造に風穴を開けたのが、かわいらしい犬のイラストが特徴的な「ハチ(Hachi)」というアプリだ。

 

 

AP TECHの代表取締役である大西一朗氏。岩手県・盛岡市出身。AppleやCisco Systemsなどの米国IT企業に約30年勤務し、2019年にAP TECHを創業した。

 

 

AP TECH株式会社は、2019年に設立された岩手県八幡平市に本社を置くITベンチャー。iPhoneやApple Watchを活用した見守りサービス「Hachi」などの医療・ヘルスケア事業を展開する。URL:https://aptechnology.co.jp

 

 

「ほぼリアルタイム」を実現

ハチはいわゆる「見守り」アプリ。遠く離れた場所で生活する家族などに、ハチと連係したアップルウォッチを装着してもらうことで、その心拍数・心拍変動数・活動歩数、位置情報、アップルウォッチの電池残量を、iPhoneアプリから確認することができる。

また、「見守られる人(アップルウォッチユーザ)」の転倒や体調が急変した場合も「見守る人(iPhoneアプリ)」に通知。また、前者がiPhoneを3回振る、あるいはアップルウォッチの画面を押し続ける(5秒間)ことで、SOSを発出できる。これら通知方法はメール、SMS、着信から選択可能だ。

見守りサービスはすでに流行している。見守り機能を持つIoT家電や監視カメラ、携帯型端末—。しかしこれらのプロダクトは、たとえば家から出てしまえば意義を失ったり、日々の体調の変化までは把握できなかったりと、課題も山積している。それらの課題もiPhoneとアップルウォッチであれば解決できることは、イメージがつきやすいだろう。

このサービスを「想定外」とした理由はほかにある。それは、ハチが「24時間365日ほぼリアルタイム」の見守りを可能にしている点だ。「ヘルスケア」アプリを使ったことがある人ならわかるが、アップルウォッチなどで取得する情報は、定期的にiPhone(アイクラウド)に同期されるものの、「心拍数」のようなデータは「ヘルスケア」アプリ上ではリアルタイムに確認できない。

一方、ハチでは1分・5分・10分ごとに任意で最新データを反映できる。しかも、見守る人数に実質的に制限はない(料金は見守る人数ごとにかかる)という。多くの健康管理アプリがそうであるように、「ヘルスケア」アプリとのデータのやりとりを前提にするとできない発想だろう。

では、なぜこのようなシステムを構築できたのか。ハチの開発元であるAP TECH株式会社を取材した。

 

高齢化の課題をテックで

AP TECHは岩手県八幡平市に本社を置く。開発者である代表取締役・大西一朗氏は、アップルやシスコシステムズなどの米国IT企業に30年以上勤めた経験から技術に明るい。設立のきっかけは、大西氏の体験。高齢の父親が岩手県にある実家の脱衣所で倒れ、母親が帰るまで数時間、起き上がれなかった。大西氏は都内在住で「テクノロジーで解決できないか」と強い課題感を持ったという。

その後、シスコシステムズを退社し、2019年に八幡平市で起業。同市はIT企業の支援をしており、同県の中で人材を見つけやすそうだと目をつけた。実際に、医療のIT化に関心のあった複数の医師が同社に参画している。また、地方という土地柄、見守りの需要が高いことも理由になった。ハチというサービス名は、八幡平市の頭文字から取り、かわいらしい犬のアイコンにも結びついた。

「開発はまず、メンバーの家族など身近な人たちに向けてスタートしました。私の母も高齢ですが、ハチの機能であれば十分に使用できる。様子を気にした娘や孫とのビデオ通話を楽しんでいます。娘たちは『(アップルウォッチを)そろそろ充電してね』と伝えて通話を切るなど、新しいコミュニケーションも生まれています。母もアップルウォッチのことはよくわからないようですが『この犬(のアイコン)はかわいい』なんて言ってくれます」

2019年秋から都内3カ所の医療機関で実証実験を行い、2021年1月に一般へのサービス提供を開始した。見守られる側はiPhoneとアップルウォッチがあればアプリは無料でダウンロードできる。見守る側は見守られる側一人につき月額780円でサービスを利用可能だ。

このように、BtoCをサービスの収益の柱としながら、介護施設などを対象とした「【施設用】ハチ」を提供。BtoBのサービスとして、こちらではiPadでの利用を基本とし、複数の見守られる相手を一覧で確認しやすくするなどして販路を拡大している。

 

“間”を縫うように

同社のサービスについて、大西氏は「アップルの間を縫っている」と表現する。

わかりやすいのが、前述したSOS機能だ。本来、アップルウォッチの緊急電話(緊急SOS)機能では、デジタルクラウン下のサイドボタンを5秒間、押し続けなければならない。しかし、高齢者にはこのような動作は難しい。ましてこのような機能が必要なのは緊急事態時でもある。そこで、同社は画面を押し続けることでSOSを発呼可能にしたが、これはアップルの想定する方法ではないためか、アプリの審査時に何度も議論の対象になったという。

「ほぼリアルタイム」の見守りも同様だ。自社クラウド上に最短1分間隔で最新データを送信するためには、やりとりするデータを、「ヘルスケア」アプリが想定するサイズよりも大幅に下げる必要がある。これが実現できたのも、岩手という土地柄ゆえ。まだまだ通信電波が脆弱な地域もある中で、小さいデータサイズでも通信ができるような技術を同社が開発していたことに由来する。

ジャンルが違えば「ほぼリアルタイム」を謳うサービスも無数にある。しかし、ことヘルスケア領域において、普及したiPhoneやアップルウォッチを活用してそれを実現しようとすると、そこにはアップルの想定を越えたアプローチが必要になるというジレンマがあった。その経歴ゆえ同社のプロダクトに精通しているという強みはあれど、大西氏は実際に、外部からアップルデバイスの可能性を押し広げている。そして、その挑戦が多くの人を困りごとから救うであろうことは、「想定内」に留まる多くの開発者にとっても、思考の幅を広げる刺激になるのではないだろうか。

 

 

介護施設を対象としたiPad向けの「【施設用】Hachi」。複数の利用者のバイタルデータをApple Watchなどで取得し、ほぼリアルタイムでiPadに共有。非接触でバイタルの確認、ビデオ通話によるコミュニケーションを可能にする。

 

 

【家族用】Hachi

【開発】AP TECH K.K.
【価格】無料(別途利用料金が必要)
【場所】App Store>ライフスタイル

一般家庭を対象とした見守りサービス「Hachi」。見守る側は、24時間365日いつでもアプリから見守られる側の様子をほぼリアルタイムに確認できる。そのほか、設定したホームエリアへの外出・帰宅を通知してくれる機能、1タップでビデオ通話する機能、見守られる側の情報を1日2回メールで通知する機能などがある。

 

 

Hachi

【開発】AP TECH K.K.
【価格】無料
【場所】App Store>ライフスタイル

見守られる側は、iPhoneを3回振るか、Apple Watchの画面を5秒間押し続けることで、見守る側にSOSを発出できる。準備する端末としてはiPhone 8以降を推奨しており、Apple Watchを追加することで心拍数、心拍変動、歩数、位置情報などを家族がチェックするできるようになる。

 

見守りアプリ「Hachi」のココがすごい!

□ 遠く離れた家族の様子を24時間365日「ほぼリアルタイム」で確認
□ 元Appleの開発者が地方で起業、“Appleの間を縫う”アプリを開発
□ 日本の高齢化の課題をITの専門知識を活用してテクノロジーで解消