アラカルト デジタル迷宮で迷子になりまして

テクノロジーの普遍的ムダ話

デジタル迷宮で迷子になりまして 第14話

文●矢野裕彦(TEXTEDIT)

上書きインストールを20年続けてわかったこと

実は、macOSをバージョン11(ビッグ・サー)にしてから不具合が続いていた。特定のデバイスが上手く動かず、業務にも支障をきたしていたので、サポートに相談してみた。同様の症状の報告があればサッと対応できるかもしれないと思ったのだ。

結果から言うと、サポートでも原因がわからず、以前から気になっていたライブラリ内の謎ファイルを思い切って削除したところ、あっさり解決した。もちろん、サポートの方はいろいろとアドバイスをくれたのだが、途中から言うことは決まっており、最終的には「OSをクリーンインストールしてみてください」となる。正解だとは思うが、それは私にとって、本当に本当に最終手段だ。私に向かって「クリーンインストールせよ」などと、軽々しく口にしてほしくない理由がある。

Macを問題なく動作させたいのであれば、メジャーアップデートや新しいマシンに乗り換えるときは、OSをクリーンインストールするべきだ。しかし、アプリの再インストールや、細かく調整してきた機能のセットアップは面倒だし、使い勝手は維持したい。もちろん今ではクラウドベースのアプリやツールが多いので環境移行も容易だが、ひと昔前はいろいろと手間だった。

そんなわけで、ずぼらな私はずっと「上書きインストール」を選択してきた。OSのメジャーアップデートはもちろん、マシンを変更するときにもシステムはそのまま移行する。加えて、これまでに「データが飛んですべて消失」といった経験がない。危うい場面はあったが、何とかサルベージして上書きシステムを維持してきた。つまり、もう20年以上も継ぎ足し継ぎ足し使ってきたのが今の私のシステムなのだ。悪い意味でだいぶ熟成されている。

正直に言えば、上書きインストールを継続することは、もはや重荷でしかない。新規インストールしてOS人生をやり直したいと思うときはある。しかし、20年も継続していると熟成されたシステムに愛着が湧き、今さらやめることができない。

システムですらそんな状態なので、過去のデータも捨てられない。ストレージには、受け継がれてきた無意味なデータが大量に残っている。特にストレージを圧迫して困るのが、過去のメールだ。今は使っていないメールサーバのデータなので、ローカルに保存している。20世紀のメールまで残っているためその量は膨大だが、20年前のメールでもすぐに検索できる。

この過去のメールというのが、思い出と呼ぶにはちょっとばかり生々しい存在だ。今とは振る舞いも違うし、言葉も妙に若々しい。特に1990年代のやりとりは、現在よりも手紙っぽい体裁が多い。実家で昔の手紙を見ると恥ずかしくなったりするが、それを大量に見せられている気分だ。そもそも20年前に「このメールは未来永劫残る」などと考えながらやりとりしていた賢人は少ないだろうし、メールを残している人もあまりいないかもしれない。しかし、私が20年前に送ったメールも、誰かのストレージに眠っている可能性はある。何を送ったかいちいち覚えてないが、やはり読み返してほしくない気はする。

考えてみると、過去のメールとは人質のようなものかもしれない。お互いに大昔のメールデータを持っているのならば、お互いそっとしておこうという抑止力になるが、一方だけが持っている状態では持っていない側が不利なように思えるのだ。

今はLINEなどのチャットツールで、ログが保存され放題になっている時代だ。クラウド全盛でデータも残りやすい。先ほど送ったメールやこれから送るメッセージが20年後にも残ると考えると、やはり日常会話とは存在の異なるものとして扱うべきだろう。暴言などを吐いて人質を渡さないように、くれぐれも注意したいものだ。

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写真と文:矢野裕彦(TEXTEDIT)

編集者。株式会社TEXTEDIT代表取締役。株式会社アスキー(当時)にて月刊誌『MACPOWER』の鬼デスクを務め、その後、ライフスタイル、ビジネス、ホビーなど、多様な雑誌の編集者を経て独立。書籍、雑誌、WEB、イベント、企業のプロジェクトなど、たいがい何でも編集する。



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