教育・医療・Biz iOS導入事例

「介護デバイス」の今に見る、医療介護業界へのICT導入の行方

文●朽木誠一郎

Apple的目線で読み解く。医療の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

今、国内のヘルスケアビジネスにおいてイノベーションが起きやすい業界―それはある意味で、介護業界だ。超高齢社会や従事者の人手不足が問題視されたことを背景に、実は医療業界よりICT化が浸透したといえる。ある介護デバイス、およびその医療機器承認の事例から、日本のヘルスケアビジネスの未来予想図を描く。

 

 

介護の「トレンド」

超高齢社会である日本において、切り離すことのできない医療と介護という2つの業界。これらを比べると、介護業界のほうがiPadなどによるICT活用がより進んでいるという。後者にはたしかに、たとえば診療録(カルテ)よりも介護記録のほうが電子化のハードルは低く、また人手不足の解消という面でテクノロジーの導入が急務だったという下地がある。厚生労働省もICT化を促進しており、現在は介護を効率化するさまざまなデバイスが登場している。

株式会社早稲田エルダリーヘルス事業団が提供する歩行解析デバイス「AYUMI EYE」もその一つだ。同社は早稲田大学の寄附講座だった早稲田エルダリー・ヘルス研究所を前身とし、介護予防特化型デイサービス「早稲田イーライフ」などを運営する。

同社は昨今の介護業界の情勢を反映する存在でもある。介護予防特化型デイサービスとは、いわば「高齢者のジム」。要介護1~2相当の高齢者が科学的根拠(エビデンス)に基づいた運動メニューで運動習慣を身につけ、超高齢社会の重要な課題であるロコモティブ・シンドローム(加齢により歩行困難になる状態)を予防することを目的としている。フランチャイズを含めた店舗数は全国で120以上。周囲に当事者がいないと知る機会が少ないが、近年、介護業界はこのように、予防の方向にシフトしている。今でこそ介護予防の重要性が叫ばれるようになったが、同社は2004年の設立当初からこの路線を堅持してきた企業でもある。

そして、早稲田イーライフをはじめとする介護予防施設で導入され、高齢者の運動能力の改善に活用されているのが前述したAYUMI EYEだ。デバイスには三次元加速度センサが内蔵されており、装着して歩行するだけでデータを取得。これをiOS/iPadOSアプリで解析することで、歩行能力を数値化・可視化できるのだ。

 

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株式会社早稲田エルダリーヘルス事業団は、介護予防を主目的にした法人として2004年に設立。科学的根拠に基づいたプログラムを展開するため、早稲田大学エルダリー・ヘルス研究所との産学連携体制を基盤に、予防の必要性を啓蒙する活動から事業をスタート。2007年より介護予防特化型デイサービス「早稲田イーライフ」を展開、FCを合わせて全国約120以上の施設において要介護高齢者に介護予防プログラムを提供。 【URL】http://waseda-e-life.co.jp/

 

 

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早稲田エルダリーヘルス事業団のAYUMI EYE事業部マネージャーで理学療法士の伊藤太祐氏。今後の展望として「歩行解析、すなわち自分の歩き方を知ることの重要性が一般に浸透し、定期的に歩き方を測定することが文化として醸成されることを目指していきたい」と語った。

 

 

現場の負担も軽減

同社のAYUMI EYE事業部マネージャーで理学療法士の伊藤太祐氏は、同デバイスについて「簡単にデータを取得・解析できること」にこだわっているとする。歩行能力の解析は、従来の医学研究では主にモーションキャプチャが用いられていた。しかし、この技術には赤外線カメラや多数のマーカーなど相当な設備が必要。一方、AYUMI EYEは約6センチメートル×3センチメートル×1センチメートルの大きさで、重さは20グラム以下。特定のデータについては、モーションキャプチャに近い精度を実現しているという。

操作も非常にシンプルで、デバイスとiPhone/iPadをブルートゥースで接続。使用者の腰のあたりに付属のベルトで巻きつけ、使用者が歩き始めてからアプリの[スタート]をタップ。そして10歩以上歩いたら[ストップ]をタップする。これだけで測定データがiPhone/iPadにアップロードされ、数秒で解析、得点やバランスマップ、アドバイスが表示される。

前述したように、介護記録などのために介護現場にはiPadなどが普及しており、介護従事者も慣れ親しんでいる。しかし、すべての介護従事者に歩行についての医学的な知識があるわけではないため、「とにかく『簡単に』することにより、現場で使用してもらいやすくしている」と伊藤氏は説明する。

「もともと、介護現場ではサービスにより利用者の身体機能が改善したかを評価する必要がありました。これは介護報酬の加算を得るためにも不可欠です。そのために行われていたファンクショナルテストは利用者・従事者ともに負担が大きく、AYUMI EYEを活用していただくことで、この現場の負担が軽くなることが、多くの施設に導入していただくメリットになっています」

採用実績は約400施設。すでに4~5万件の測定データが集積されており、これらのデータはAYUMI EYEのアップデートに使用されるほか、理学療法士でもある伊藤氏がこれらのデータを論文化するときにも参照されているそうだ。

 

医療機器認証を取得

介護から医療領域への拡張もなされている。2020年6月には一部システムを作り直した「AYUMI EYEメディカル(medical)」を開発し、医療機器として認証を取得した。

もともと介護業界に留まらず、医療機関のリハビリ科などにもニーズがあったというAYUMI EYE。しかし、いざ本格的な導入の段階になると、医療保険の適用外であること、つまり医療機関の収入につながりにくいことに抵抗感もあったという。そのために乗り出した医療機器認証だったが、道のりは意外にもスムースだった。これは服の上から装着するだけで人体への侵襲が少ない「クラスⅠ」での届出という理由もあるが、AYUMI EYE開発の経緯にもよる。

AYUMI EYEはもともと、世界的医療機器メーカーの日本拠点であるGEヘルスケア・ジャパンの社内プロジェクトとして開発がスタートしたもの。こうした介護デバイスの検証に積極的だった同社と2015年に共同開発することになったが、GEヘルスケア・ジャパンは後に撤退。以降、2018年に早稲田エルダリーヘルス事業団が事業を買い取り、引き継いで提供している。また、前身となる寄附講座の提携元は、同社の母体でもある医療法人相生会。最近では新型コロナウイルスワクチンの治験も受託するなど、ノウハウは豊富だった。

こうした経緯もあり、医療機器認証を取得して、介護と医療をシームレスにまたいで活用されるAYUMI EYE。その来歴からは、業界の現場と経営、両方のポイントを押さえる重要性が浮き彫りになる。ただ現場の負担を軽減するだけでも、ただ経営のメリットになるだけでもなく、上流と下流にアプローチしてどちらも可能にするからこそ、新しいデバイスが受け入れられるということだ。また、人の健康に関わる営みである以上、それを実現するためには、たしかな医学的エビデンスも必要になる。研究・医療機関をルーツに持つ同事業団の強みであるともいえる。

一方で、新型コロナウイルスの感染拡大は介護業界にとっては逆風にもなっている。特に「高齢者のジム」でもある介護予防特化型デイサービスは、いわゆるスポーツジムの多くがそうであるように、利用者減に悩まされているのも現実だ。伊藤氏も「主力事業であるデイサービスにコロナ禍が直撃した」と認めたうえで、だからこそAYUMI EYEのような多様な取り組みを推進していく必要がある、とした。

医療介護業界において、AYUMI EYEのように、これからも現場のニーズに応じてその負担を軽くするようなテクノロジーが登場していくことは確実だ。そして、こうしたイノベーションはハードルの高い医療業界よりも、超高齢社会においてある意味で「需要者」が集まり続ける介護業界で起きるようになるかもしれない。ただし、そのイノベーションを浸透させるためには医学的なエビデンスと、医療介護業界の経済システムへの理解が必要であるということは、理念が先行しがちなヘルスケアビジネスの世界で決して忘れてはいけないことだろう。

 

 

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iOS端末と連係し、歩行能力を数値化・可視化するAYUMI EYE。「推進力」「バランス」「リズム」を指標とする。「推進力」では加速度センサにより歩行速度と歩幅、歩行のダイナミクスを意味する上下加速度標準偏差のデータ、「バランス」では左右の体の揺れを示すRMSのデータ、「リズム」では一歩周期の時間的偏位のデータを測定・分析する。【URL】https://ayumieye.com/

 

 

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専用のiOS/iPadOSアプリではデバイスからサーバーにアップロードされた測定結果から数秒で帳票を出力。客観的データを利用者と共有しながら従事者が説明できる。結果は点数化されるため、利用者のモチベーション維持にも寄与。改善ポイントやトレーニングメニューの提案もされるため、利用者の行動変容に結びつきやすい特徴がある。

 

 

AYUMI EYEのココがすごい!

□ 小型・軽量のデバイスで専門機器水準の精度を実現し、操作も簡単
□ 介護現場の負担を軽減し、さらに経営上のメリットも加えて普及
□ 医療機器承認を取得、介護業界に留まらず、医療にも活用事例を広げる



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