アラカルト デジタル迷宮で迷子になりまして

テクノロジーの普遍的ムダ話

デジタル迷宮で迷子になりまして 第13話

文●矢野裕彦(TEXTEDIT)

ネット上の「情報」は劣化コピーで増殖していく

家庭内で桜餅について議論となり、ロール型なのか、おはぎタイプなのかという形状の話となった。結論から言えば、関東風と関西風があり、地域によってどちらが主流かは異なるらしい。またその由来によって、それぞれ「長命寺」「道明寺」と呼ばれるようだ。

もちろんWEBを検索して得た知識なわけだが、膨大な数のサイトが桜餅について解説をしている。しかもやたら詳しい。関東の桜餅は亨保2年(1717年)に誕生したそうだ。「関東の桜餅が亨保2年に誕生した」などという情報を、ネットなしで調べることは、もはや想像もできない。図書館に行って百科事典を調べればいいのか。新聞のアーカイブを検索するのか。いずれにしても答えがすぐにわかるとは思えない。しかし、桜餅の歴史について触れているサイトの執筆者たちは、亨保2年に誕生したことを知っている。ただ、そう聞いて驚く人はいないだろう。先述したように「検索すればすぐにわかる」と、まず考えるに違いない。

グーグルによれば、現存するサイトで「関東の桜餅が亨保2年に誕生」と書かれた最古のものは、和菓子研究家の方によるもので、2002年のことらしい。その後、1年に1サイト程度のペースで同様の情報が増えていく。しかし2015年頃を境に、「桜餅は亨保2年に誕生」という情報が突然増殖し始める。いわゆるSEO記事が大量発生するのもその頃からだ。

では、これらのサイトはどこから情報を探してきたのかというと、おそらく多くは、皆大好きウィキペディア(Wikipedia)だ。記事制作において、WEBを検索することはよくある。ファクトチェックであったり、正しい表現なのか確認したりと、業務によっては欠かせない。当然ウィキペディアにもたどり着くが、その文章自体はファクトにはならない。ご存じのとおり、ウィキペディアでは情報の出典を明記する必要がある。ところが、その引用元が微妙だったり曖昧だったりするケースもある。誰が何を参照して書いたのかは重要だ。実際、多分に個人的な思いが書き綴られた文章は、ウィキペディア内に大量に存在する。

時々、ウィキペディア上で目に付いたクセのある表記をグーグルで検索してみることがある。すると、同じ表記が使われた記事が大量に検出されたりする。さらに興味深いのは、たとえそのフレーズは重複していても、前後の文章は違っていたり、微妙に表現を変えていたりすることだ。ウィキペディアのテキストをコピーしてアレンジし、原稿を作っていることは明白だ。先の桜餅の情報の変遷を時系列で追っていても、コピーなのかオリジナルなのかは、記事を読めばだいたいわかる。そのまま引用するなら問題も少ないのだろうが、アレンジする段階で情報が混ざったり、解釈を間違えているものもある。文字どおり「劣化コピー」だ。そもそも、ウィキペディアに記述する際に同様のことが起こらないとも限らない。さらに、それが引用されたり、切り取られてSNSで拡散したりすれば、もはや出所もうやむやになる。もちろん名文が生まれることもあるだろうが、状況次第では正誤の逆転だってあり得る。

SNSを含めると、テキストの量自体は無尽蔵と言えるレベルでネット上に存在している。それゆえに、包括的に捉えたり、個別に検証したりする作業は重要だが、多くの読み手はそんなことはしない。「ネットで情報を得る」といった表現がよく使われるが、ネット上には劣化コピーで増殖したテキストも散乱しており、それはもはや「情報」とは呼べない。「情報」とは本来、「状況に対する知識をもたらしたり、適切な判断を助けたりするもの」だからだ。そうやってウィキペディアに書いてあった。

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写真と文:矢野裕彦(TEXTEDIT)

編集者。株式会社TEXTEDIT代表取締役。株式会社アスキー(当時)にて月刊誌『MACPOWER』の鬼デスクを務め、その後、ライフスタイル、ビジネス、ホビーなど、多様な雑誌の編集者を経て独立。書籍、雑誌、WEB、イベント、企業のプロジェクトなど、たいがい何でも編集する。



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