医者がアプリを処方する理由|MacFan

アラカルト Dialogue with the Gifted 言葉の処方箋

医者がアプリを処方する理由

今回は、私が「アプリを患者に処方する」という新しい形の医療を始めるきっかけになったアプリとの出会いと、医者としてアプリを処方することの意義について紹介します。

皆さんは「拡大読書器」という商品をご存じでしょうか? おそらく多くの人にとってはじめて聞く名前だと思いますが、眼科医は目の不自由な患者に対して、印刷物などを見る際に便利な拡大読書器やルーペを紹介するのです。

拡大読書器には携帯型から据え置き型までさまざまな機種が販売されています。しかし、ユーザが限定されて量産が難しいため、障害者手帳を取得し補助金を貰わないとなかなか手が出せない価格設定になっています。そのため、障害者という概念へのスティグマから障害者手帳を取ることを躊躇する人や、障害者手帳が取れないレベルの軽度の視覚障害者にとっては、費用的に購入が難しい状況がありました。

10年前にそのような社会的課題を実感した私がたどり着いたのは、拡大読書器とほぼ同じ機能を持つ無料アプリ「明るく大きく」とiPad 2の背面カメラを組み合わせて拡大器として使うということでした。「明るく大きく」は当事者が使ううえで必要なコントラストや色調の変更が可能であり、またiPadは障害者専用の支援機器ではなく一般機器であるために人目を気にしないで使える点も大きなメリットでした。

たとえ患者が失明して光を失っても、テクノロジーで希望の光を灯して決して失望させない│。テクノロジーの力で多くの患者に笑顔が戻ることを経験した私は、「身の回りにある技術を工夫して使う」という視点を共有することが、一般的な支援機器を紹介することと同じくらい患者にとって有益であると確信しました。

「見える自分に戻ること」をゴールにするのではなく、「新しい環境へ適応すること」をゴールにする。医学的には治療が困難な状態であっても、一般機器であるiPad/iPhoneとアプリの使い方を工夫することで、「学べる」や「働ける」といった社会的な回復は可能です。そして、患者自身が工夫することの価値に気づき、新しい視点を得ることで、置かれた状況下で生きてく力を得て心理的に回復すると私は信じています。

このことは、コロナ禍において多くのことを変更せざるを得なくなったすべての人々にとっても同じことが言えると思います。コロナ前に戻ることを祈り続けるよりも、現在の状況で身の回りのあらゆるツールを活用する視点を得ることが、“ニューノーマル時代”を生きる現代人に必要な気づきの処方箋なのかもしれません。

 

使い方の工夫と、新しい視点の処方箋。

 

 

Taku Miyake

医師・医学博士、眼科専門医、労働衛生コンサルタント、メンタルヘルス法務主任者。株式会社Studio Gift Hands 代表取締役。医師免許を持って活動するマルチフィールドコンサルタント。主な活動領域は、(1)iOS端末を用いた障害者への就労・就学支援、(2)企業の産業保健・ヘルスケア法務顧問、(3)遊べる病院「Vision Park」(2018年グッドデザイン賞受賞)のコンセプトディレクター、運営責任者などを中心に、医療・福祉・教育・ビジネス・エンタメ領域を越境的に活動している。また東京大学において、健診データ活用、行動変容、支援機器活用関連の研究室に所属する客員研究員としても活動中。主な著書として、管理職向けメンタル・モチベーションマネジメント本である『マネジメントはがんばらないほどうまくいく』(クロスメディア・パブリッシング)や歌集・童話『向日葵と僕』(パブリック・ブレイン)などがある。