教育・医療・Biz iOS導入事例

買い物から栄養素を分析するアプリがもたらす「ちょうどいい健康」

文●朽木誠一郎

Apple的目線で読み解く。医療の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

健康になろうとして始める行動は続かない―この真理に「購買データ」の活用で向き合う企業が、シルタス株式会社だ。レジで購入した商品が、自動で栄養素に変換されてアプリ上に表示される。この意義は個人の健康に留まらない。消費者が自然と健康になるだけでなく、小売業のDXにもつながる革新的なサービスの裏の意外な理念に迫る。

 

 

“ちょうどいい健康”

「自分自身がそんなに健康に興味がない」——栄養管理アプリ「シルタス(SIRU+)」を開発・提供するシルタス株式会社の代表・小原一樹氏はそう言って笑う。

「自分で栄養素を登録したり、検査で栄養状態を把握するタイプのサービスは便利ですが、私のような人間にはちょっと面倒です。有料というのもハードルが高い。となると結果、『何もやらない』という結論に落ち着いてしまいがちです。健康意識はともすると理想の追及になってしまい、かえって実現しにくいとも感じていて。だから、私は『普段やっていることを健康につなげればいい』という発想で、シルタスを起ち上げたんです」

シルタスは、キャッシュレス決済連動型の栄養管理アプリ。注目したのは生活者の購買データだ。まず、ユーザは普段、買い物をしているスーパーなどのポイントカードをアプリに登録。そのうえで買い物をすると、アプリが購買データを自動的に栄養素に変換してくれる。すると、普段の買い物の栄養素の偏りがひと目で確認でき、次回以降の買い物ではその偏りを解消するための、食材・レシピベースの提案をもらえる。

「『体にいいもの』が好きなのは、誰だって同じ。でも、多くの人は自分の栄養状態を把握できていないまま、イメージで食材を選んでいます。結果、『ビタミンCは十分に摂取できているのに、ビタミンCが豊富な食材を買う』といったことが起きる。私について言えば、シルタスを使うと、ビタミンDと食物繊維が不足していることがわかります。であれば、これらの栄養素が豊富な食材を選んだほうがより健康に近づくでしょう。私たちは今ある生活を大きく変えずに、最適な選択肢を提供する『ちょうどいい健康』を目標にしています。経済市場としても、足りないもの提供するほうが適切です」

「栄養診断」ページでは、買い物の栄養の傾向がビジュアライズされる。不足だけでなく、過剰な栄養素や21種類の栄養素グラフも表示され、AIによるアドバイスも提供される。「買い物レポ」ページは買い物の傾向が可視化されるだけでなく、家計簿としても利用可能。おすすめページではNHKや味の素と提携したレシピを閲覧できるほか、レシピについてもAIがアドバイスをしてくれる。現在は関東と関西を中心にイオングループなど80店舗で利用が可能で、6000人ほどが利用するという。

 

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シルタス株式会社は、2016年11月に小原一樹氏が「SIRU+」サービス開発のために創業(旧アドウェル)。購買データから消費者の食の嗜好と健康志向を判別する「嗜好学習性AI」を開発。健康行動を人のモチベーションに委ねるのではなく、意識せず健康行動が習慣化される仕組みを目指す。2021年2月、小売業へのDX支援サービス拡大のために約5億円の資金調達をしたことを発表した。【URL】https://corp.sirutasu.com/

 

 

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シルタスの代表取締役・小原一樹氏。学生時代にした世界一周旅行をきっかけに「食の適材適所」に関心を持つ。新卒で特殊冷凍技術を保有する企業に入社し、生産から販売までさまざまな食品流通の現場をサポート。「食の楽しみ」と「健康」を両立させるべく、シルタスを創業した。

 

 

機械学習でレコメンド

ある意味で「ゆるい」理念と裏腹に、サービスは数々の困難を乗り越えて成立したタフネスも併せ持つ。ここまでの紹介で、買い物をよくする人ほど、おそらくいくつかの疑問を抱いたことだろう。

たとえば、調味料や油、1リットルの牛乳パックなど、1日で使い切らない商品を購入した場合はどうなるのか。当然、醤油のボトルを購入したことで、その日の塩分摂取量が振り切れてしまっては役に立たない。「購入した商品=その日に摂取する栄養素」ではないことが課題としてある。シルタスはこの課題を、それぞれの消費量の平均データから、各品目について1日の消費量を予測することでアルゴリズムを調整している。

また、スーパーに共通のJANコード上で指定のない、「昔ながらの中華そば」のような独自の商品もある。こうした商品はスーパー側も栄養素をデータベース上に登録していないことも多いが、これもすでに解決された課題だ。この場合、自然言語処理により「昔ながらの=油の少ない」「中華そば=ラーメン」として、栄養素が予測されるようになっている。そして、このような処理にはサービスの理念も反映されている。

そもそもシルタスでは「A社の冷凍餃子」も「B社の冷凍餃子」も、栄養素の違いまでは区別されない。そこに労力はかけず「ざっくりでいいと思っている」(小原氏)。ユーザにとって重要なのは細かな数値ではなく傾向、何より「足りないものを自分で把握して補う」という新しい購買行動が身につくことだからだ。

「その分、ユーザ体験にはこだわっています。健康関連のアプリですが、無理に食べたくないものを食べる必要はない。なので『お気に入り』『ブロック』機能というのがあって、たとえばブロッコリーを食材としてレコメンドしたときに、苦手であれば別の食材で同じ栄養素のものを再提案することができます。調理方法についても『辛いものは食べるけど揚げものは食べない』など、好みの傾向がわかる。さらに、購入データから好んで買う食材や使い切れなかった食材もわかるので、こうした一連の情報に機械学習をかけて、レコメンドの成功率を上げるようにしています」

 

“最後の宝”活用のために

2021年2月、シルタスは約5億円の資金調達を発表。率直に「快進撃では?」と尋ねると、小原氏は「そうは思っていない」とさらりと否定した。本心であろう一方で、シルタスは秀逸な設計のサービスでもある。

有望視される理由はいくつもあるが、まずは広告だ。ユーザの利便性が高いがゆえに、個人の嗜好が反映されたデータが集まりやすい。このデータにより、広告のレコメンドも極めて優秀な精度を誇る。たとえば「カルシウムが足りない」とアドバイスされたユーザに、牛乳の広告が表示されたら、購買への結びつきは強固なものになるだろう。ユーザが増えれば、企業のマーケティング活動の選択肢として存在感を示すに違いない。

また、そもそもシルタスはto Bのサービスだ。スーパー側にとっても、実は顧客の行動は購買データという結果でしか見ることができなかった。シルタスと提携することで購買後、それがどう消費され、以後の購買につながるか、というブラックボックスが解消されることになる。シルタス側に蓄積されるデータは、スーパー側にとっても、売場づくりに活用するなど、将来への大きな可能性を秘めたものだと言える。「リアルの購買データはスーパーにとっては『最後の宝』。提供には警戒心もあるが、このようなメリットを示すことで導入は広がる」と小原氏。一方で、「経営層には『LTV(顧客生涯価値)が上がる』と評価してもらえるが、現場マネージャーにとっては日々の売上にどのくらい貢献できるかも重要」として、残る課題も明かす。

小売業や食品メーカー向けに買い物客の健康ニーズを分析するツール「シルタス・ビズ(SIRU+ Biz)」の提供や、ECやスマートカートなどと提携して決済前に自身の栄養状態を確認しながら買い物できる環境を構築する施策など、時代に合った打ち手は止まない。しかし、何よりの強みは、そのユニークな発想ゆえに競合がいないこと。そして、実際に他社が競合しようとしても、ゼロベースで開発するには手間がかかりすぎることだ。

「3年間、無収入のままでひたすらシルタスを開発してきた」と話す小原氏の持つ「ゆるい目標をタフに追求する」姿勢は、やがて日本から新しいユニコーン企業を生み出すかもしれない。

 

 

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SIRU+

【開発】SIRUTASU Inc.
【価格】無料
【場所】App Store>ヘルスケア/フィットネス

キャッシュレス決済と連動して買い物のデータを自動で栄養分析し、栄養バランスを向上させるための食材やレシピを提案するスマホアプリ。繰り返し利用することで、食の好みをアプリが機械学習し、個人の食生活に合わせて最適な買い物のレコメンドが可能。【URL】https://sirutasu.com/

 

 

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買い物の栄養傾向がひと目でチェックできる。栄養素の過不足が簡単にわかるほか、青・緑・ピンクに色づけされた21種類の栄養素グラフや、週ごと・月ごとの変動も確認可能。AIによるアドバイスがもらえることに加え、栄養に関する情報も掲載されている。

 

 

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買い物のバランスが可視化され、自分の買い物のクセがわかる。商品カテゴリに分類されているため、自分に不足しがちな食材を把握して改善することが容易になるだけでなく、購入した食材の種類や点数も記録しておけるため、家計簿としても利用することができる。

 

 

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最近の買い物の栄養傾向から、AIが栄養バランスを向上させる食材やレシピを提案。「お気に入り」した食材には食べ合わせのよい食材を優先表示。苦手だったりアレルギーがあったりする食材は「ブロック」すると表示されなくなる。また、「お気に入り」レシピと似たレシピや、購入した食材を使ったレシピも優先的に表示される。

 

 

シルタスのココがすごい!

□ 購買データを自動で栄養素に変換して表示、その過不足がわかる。
□ 消費者の食の嗜好と健康志向を判別する「嗜好学習性AI」搭載。
□ リアル購買データを活用して小売業へのDX支援サービスを拡大。



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