第12話 デジタルの世界を闊歩する広告というモンスターたち|MacFan

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デジタル迷宮で迷子になりまして

第12話 デジタルの世界を闊歩する広告というモンスターたち

文●矢野裕彦(TEXTEDIT)

テクノロジーの普遍的ムダ話

新しくクレジットカードを作った。私の場合、支払いのほとんどはクレジットカードだ。光熱費などの定期的な支払いはもちろん、各種電子マネーの支払いもすべてカードに集約している。使うときはWEBブラウザ上かiPhone(Apple Pay)なので、もはや「カード」という言葉が概念のように感じる。

カード選びは付帯する特典も重要だが、いつの間にか貯まっているポイント類もバカにできない。ここ数年、国内便のエアチケットの購入は、すべてポイントで済ませているほどだ。

カード選びに際しては、ネットを駆使して情報を集める。検索結果はSEOまみれなので、情報の偏ったランディングページをはじきながら役立つ情報を選んで比較し、オフィシャルページで最終確認する。何とか自分の用途に合ったカードを見つけ、申し込みをした。

その後、何気なくフェイスブック(Facebook)を開くと、あることに気が付く。出てくる広告がみんなクレジットカードなのだ。トラッキングの結果、「こいつはクレジットカードが大好きだ。なぜならクレジットカードのサイトをたくさん見ているからだ」と判断したらしい。たしかに興味はあったが、その興味は先ほど尽きたところだ。長い時間をかけて検討したので、何ならもう見たくない。しかし、どこを開いても、とにかくクレジットカードの広告が寄ってくる。

中には広告を見て思い直し、新たに申し込みをする人もいるかもしれない。しかし、少なくとも私にとってこれらの広告は無駄であり、しつこいうえに邪魔だ。それでもまあ、無視すれば済むタイムライン上の広告はまだいい。ユーチューブ(YouTube)を観ると、やはりクレジットカードの広告動画がどんどん割り込んでくる。視聴中の映像を遮って強引に割り込んでくるユーチューブの広告動画は、CM前後の処理を行っているテレビよりも雑で印象が悪い。こうなってくると、広告に出てくるブランドに対しては悪い感情すら抱くようになる。まったくの逆効果だ。

この現象はさまざまな商品で起こる。先ほど購入したものが広告として現れ、中にはご丁寧にクーポンなどのお得情報まで提示してくる。「クーポンを使えず損しましたね」と言わんばかりで、むしろヘコむ。

ネットに広告が集中するのは当然の流れだ。ユーザは増える一方だし、掲載スペースはほぼ無限だ。電車の中でも街中でも、人々が中吊りや看板を見る機会はどんどん減っていく。人々が見るのは、手元のスマホの画面なのだ。それゆえ、邪魔な広告でも効果はあるのだろう。ただし、一方で確実に生じている広告に対する嫌悪感について、果たして広告主が把握しているのか疑問だ。

娘が以前、スマホをタップしてはテーブルの上に伏せて置くという行為を繰り返していた。何をやってるのか聞いてみると、「広告動画を再生してポイントを貯めてる。皆動画は観てないよ」とのこと。彼らはそうやって「広告を観るフリをする」という努力をしてポイントを貯め、LINEスタンプを入手している。彼らにとっての広告動画は、目的達成のための障壁でしかない。ソーシャルゲームのアイテムを入手するにも、次の面をプレイするにも、広告動画を見なければならない。こうなると、もはや広告動画を見るという行為はロールプレイングゲームにおけるレベル上げのためのモンスター退治と同じだ。

昨年、国内のネット広告がテレビの広告費を越えたと盛り上がった。プラスの数字だけを見ていると、潜在的な敵が増えていることに気づきにくい。コストをかけた優良なコンテンツの広範な提供に、広告は有効な手段だ。そんな広告をモンスター扱いする世界が、とても平和だとは思えないのだ。

 

 

写真と文:矢野裕彦(TEXTEDIT)

編集者。株式会社TEXTEDIT代表取締役。株式会社アスキー(当時)にて月刊誌『MACPOWER』の鬼デスクを務め、その後、ライフスタイル、ビジネス、ホビーなど、多様な雑誌の編集者を経て独立。書籍、雑誌、WEB、イベント、企業のプロジェクトなど、たいがい何でも編集する。