アラカルト “M世代”とのミライ

「変化」を 不安に感じない ために

文●松村太郎

連載タイトルにある「M世代」とは、ミレニアル世代のことではなく、私が考えた言葉です。米国では1960年頃から1974年生まれを「X世代」と名付けられており、その後、1975年頃から1990年代前半生まれを「Y世代」、1990年代後半から2000年生まれが「Z世代」と呼ばれています。私はちょうどX世代とY世代の境目であり、日本ではいわゆる「ケータイ世代」に属しているとも言えます。このように「世代」が定義されると、大まかな行動や思考のパターンが分析され、マーケティング的な解釈が与えられます。

そこで、生まれた年代で区切るのではなく、新しい「M世代」という分類を提案して、M世代とは何か、どんなミライをつくっていくのかを考えていこう|そんな狙いをタイトルに込めました。Macはもちろん、モバイル(Mobile)、MR(Mixed Reality:複合現実)といったこれからの私たちに欠かせない「M」。そして、「ミライ」の頭文字。願わくば、「Mac Fan世代」なる分類を形成しようという意欲も込めて。

編集部から本連載の話をいただいたとき、いろいろなことが頭を駆け巡りました。世間のこと、テクノロジーのこと、そして自分自身のこと。多くの人が、今何が起きているのか、これからどうなっていくのか、不安ばかりが募る今日この頃です。ただ、注意したいのは、「変化」そのものが不安を拡げるのではないということ。自分で変化を認識できなかったり、コントロールできないことが、不安なのです。

生まれてから31年間を過ごした東京を離れ、はじめてほかの街へ移ったときのこと。アップルを直接取材したいという夢や、単純に若いうちに海外で過ごす期間を設けるという憧れを叶えるため、あるいは東京にいることによる閉塞感の類いを振り払うため、私は2011年からの8年間を米国カリフォルニア州バークレーで過ごしました。

英語も話せない、身寄りもない、土地勘もない、文化や生活習慣も違う、そんな場所に棲み着いてわからないことだらけでしたが、振り返ってみると、不思議と不安は少なかったように思います。それ以上に、自分の視野が広がり、シリコンバレーの「変化」を肌で感じられる喜びが勝っていました。

そこで気づいたのは、変化も、自分で作り出し、何のために経験しているのかさえわかれば、恐れる対象ではないということ。加えて、「変化がないこと」もまた、不安やストレスになっていました。行動やマインドを変えることで、変化さえも味方にすることができる|東京を離れたことで、そんな経験値を得ることができたのです。

長年アップルを定点観測していてわかったのは、基本的に上手くいったことは変えない、あるいは過去の成功体験を再現する場合が多いということ。手元に資金がある巨大企業ゆえ、変化を「待つ」ことができるのです。それと同時に、アップルは変化を作り出す達人でもあります。Mac、iTunesストアとiPod、iPhone、アップストア(App Store)、iPad、エアポッズ(AirPods)などは人々の生活を変えました。

それだけでなく、独自設計の省電力プロセッサの開発や、AI処理に長けたチップを活かす「コンピュテーショナル」のトレンド、サプライヤーを含めた気候変動対策、環境に配慮した素材の開発、慈善事業への取り組みなど、社会の生業そのものに変化を与えています。

次の変化は何か? いかにして我々も、人々の生活や社会に変化を与えることができるのか。それが、「M世代」に課せられたテーマだと思うのです。

 

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米国での生活でわかったことは、「変化」は不安なことばかりではないこと。2019年1月に帰国してからも、その経験は活かされています。

 

 

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Taro Matsumura

ジャーナリスト・著者。1980年生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科卒業後、フリーランス・ジャーナリストとして活動を開始。モバイルを中心に個人のためのメディアとライフ・ワークスタイルの関係性を追究。2020年より情報経営イノベーション専門職大学にて教鞭をとる。