「DX=負担増」の誤解…薬局のIT化に見る「丁寧な改革」の必要性|MacFan

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「DX=負担増」の誤解…薬局のIT化に見る「丁寧な改革」の必要性

文●朽木誠一郎

Apple的目線で読み解く。医療の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

医療に必要不可欠でありながら、ただ「薬をもらうだけの場所」に終始してきた薬局が、長らく抱える課題。法改正による影響もあり大幅な改革が求められる中、それをDXで実現しようとする企業が今、注目を集めている。薬局改革により、患者体験はどう変化するのか。理想を実現するための現実的な対策としてのDXを取材した。

 

 

薬局にDXが必要な理由

“薬局”とはあなたにとって、どのような存在だろうか。

“病院”であれば、良し悪しはともかく、何らかのイメージを持っているだろう。しかし、こと薬局となると、そこは単に「医師に処方された薬をもらいに行く場所」であり、「取り立てて何の印象もない」という人もいるはずだ。

病院の近くの薬局に行くこともあれば、職場の近く、自宅の近くに行くこともある。国は近年「かかりつけ薬局」として定まった薬局を持つことを推奨しているが、現実とはやや乖離している。2016年の日本調剤株式会社による調査では、約6割の生活者が「『かかりつけ薬剤師』とは何か知らない」と回答した。

一方で、よくわからないまま薬を受け取り、いざ服用しようとする段階になって、「どう飲めばいいんだっけ」と悩むシーンも多い。これは「患者体験」という観点からすると、明らかに課題の残った状態だ。

これをDX(デジタル・トランスフォーメーション)により解決しようとしている企業が、おくすり連絡帳アプリ「ポケット・ムスビ(Pocket Musubi)」や薬局体験アシスタントサービス「ムスビ(Musubi)」などを開発・提供する株式会社カケハシだ。患者体験の向上を掲げる同社代表の中尾豊氏に、いかにして理想を実現するのか、その道筋を尋ねた。

 

 

株式会社カケハシは、2016年3月創業のメドテック・ベンチャー企業。薬局体験アシスタントサービス「Musubi」や薬局業務の見える化クラウド「Musubi Insight」、おくすり連絡帳アプリ「Pocket Musubi」を開発・提供する。「しなやかな医療体験」により医療の受け⼿と担い⼿、その両者の体験をアップデートし、不合理なシステムのために患者の安⼼と納得と満⾜が置き去りになることも、医療従事者が過剰な献⾝と⾃⼰犠牲を強いられることも避けることを理念として掲げる。【URL】https://www.kakehashi.life

 

 

株式会社カケハシの代表取締役社長・中尾豊氏。武田薬品工業株式会社入社後、MRとして活動し、2015年12月に同社を退職。前職で得た経験や気づきをもとに、「医療をつなぎ、医療を照らす」をビジョンに掲げ、カケハシを創業した。

 

 

DXで負担増?

「病気ごと、その程度ごと、さらには患者さんごとに求められる医療サービスは異なるはずです。しかし、従来の医療では『病院の帰りに薬局で薬をもらう』という画一的な患者体験に留まっていました」

中尾氏はカケハシが提供するサービスの背景について、このように説明する。同氏は新卒で武田薬品工業株式会社に入社し、MR(医療情報担当者)として勤務。家族は医師や薬剤師など医療従事者で、親戚は薬局を経営するなど、医療の課題を肌で感じられる立場にいた。

  「たとえばある日、昼食を取るのが遅く、15時になってしまった。夕食は18時。朝昼晩の三食後に服用する薬を処方されている患者さんだったとして、さて、15時すぎに薬を飲むべきかどうか。あるいは、ついつい日本酒を飲みすぎてしまったけれど、いつもどおり薬を飲んでよいのか…。このように、患者さんは病院ではなく、リアルな生活の中ではじめて薬に興味を持ち、悩むんです。しかし、薬のプロである薬剤師さんが『ただ薬を渡すだけ』になってしまっていては、このような悩みに応えられません」

カケハシはそのソリューションとして、患者向けにおくすり連絡帳アプリ「ポケット・ムスビ」を提供している。ポケット・ムスビは、いわゆる「おくすり手帳」により踏み込んだもの。2020年7月よりiOS版アプリとして提供されてきたが、同年10月からはLINE版の提供も開始された。

まず、薬局はQRコードを発行。それを患者がスマホのカメラで読み込むと、薬局側のデータベース上にある患者の服用薬データが自動入力される。ポケット・ムスビはそのデータに基づき、フォローに必要な質問をまずは自動で患者のスマホに送信する。質問は「使用済の注射針の廃棄に専用の容器以外を使用することはあるか」「使用開始から4週間以上経過している薬はあるか」など、患者の薬やその程度に合わせた内容を、システムが判断している。

患者はその質問への回答と、体温や食事の内容、薬を用法に従って飲んだかといった記録などを入力。ポケット・ムスビはシステムによる自動判断のあと、必要があればアラートを発する。

薬剤師は管理画面を通じてこのような患者のデータを確認。服薬中の状況を把握し、アラートが発せられた場合には対応を判断。個別メッセージや電話での対応をする。

この充実ぶりをみると、DXによりかえって薬剤師業務が増えてしまうのでは、とも感じるが、それは誤解だ。正確には、DXをしないと本来は対応できないような業務が今、薬剤師には課せられているといえる。

 「2020年9月に改正薬機法が施行され、薬剤師による服薬期間中のフォローが義務化されました。もともと厚生労働省により策定された『患者のための薬局ビジョン』(2015年)においても、薬局業務を対物から対人中心にシフトすることが提唱され、薬局が“薬を渡すだけの場所”から“患者に付加価値を提供する場所”へと変わることを求められています」

 

「0.5歩先のビジョン」を

連絡を防ぎ、必要な患者に最小限の業務負荷でコミュニケーションを図ることで、患者体験を向上させながら、現実的で継続可能な業務フローを整備する—これがカケハシが実現しようとしているDXだ。

患者向けのポケット・ムスビに対して、その両輪となるのが、薬局向けの薬局体験アシスタントサービス「ムスビ」と薬局業務の見える化クラウド「ムスビ・インサイト(Musubi Insight)」といえる。

ムスビでは、患者の疾患・年齢・性別・アレルギー・生活習慣・検査値をデータベース化し、季節や過去の処方・薬歴を参照、患者に合わせた指導内容を提示できる。患者と一緒にタブレットの画面を見ながら指導し、内容理解を深め、理想的な服薬と健康的な生活を送ることをサポートするというが、ここにも従来の医療は課題を抱えていた。

「実は薬剤師さんというのは、患者さんがどんな病気かはわからないのです。というのも、処方箋には薬しか書かれていないから。でも、薬には高血圧と心不全どちらにも効果があるとされるACE阻害薬のように、複数の用途がある場合も多いです。その聞き取り自体が大きな負担になっている中、電子カルテのように効率的にデータベース化するものがムスビです」

同時に、ムスビ・インサイトによりデータの分析も推進する。現在、薬局は「DXにより従来の業務を効率化しながら、より本質的な患者さんとのコミニュケーションにリソースを割かなければいけない状態」(中尾氏)。

ムスビ・インサイトでは、ムスビのデータを使用して、「薬歴完了率」(患者から薬歴を聞き取り書類に記載する作業の進捗)のような薬剤師の業務状況を表すデータから、処方箋数や再来率・新患率といった患者との関係性を表すデータ、売上など店舗経営データなどを可視化。薬局ごとに解決すべき課題の発見・把握を効率化し、適正な薬局運営の実現を支援する。

「一番ラクなのは、変化をしないことです。医療はやはり、目の前の患者さんと最大限の関わりを持ちたいからこそ、システムの変化には及び腰になる面もあるでしょう。そこであまりにも現実と乖離した、2~3歩先のビジョンを示しても、誰もついていけません。必要なのは0.5歩先を提示すること、そして弊社の最大全12回のマンツーマン研修のように、それを実現しようとしてくださる方々を厚く支援することです」

全国で数百の法人に導入され、10月には新たに18億円を調達、累計調達額は55億円となるなど、期待の高まるカケハシ。長らく課題として残る医療業界のDXは、同社のような「丁寧な改革」によってこそ、実現するのかもしれない。

 

 

2020年7月にリリースされたiOS向けのおくすり連絡帳アプリ「Pocket Musubi」。患者と薬剤師が直接つながり、薬局外でのフォローを支援するツールだ。患者が処方内容を埋め込んだQRコードを読み取ると、その内容に応じた質問が患者に自動送信される。患者は質問への回答に加え、体温、体重、服薬状況、吐き気など疾患に合わせた情報を返信。この回答をシステム側が一次判断し、注意すべき回答に関してアラートを通知することにより、対応すべきか否かを薬剤師が判断する。同年10月にはLINE版もリリースされた。

 

 

2017年8月にリリースされたカケハシの柱となる電子薬歴サービス「Musubi」。2020年7月に「薬局体験アシスタント」としてリニューアルされた。処方に合わせた薬剤情報、患者の健康状態や生活習慣に合わせた指導内容・アドバイスを、Musubiが自動で提示。また、タブレットPCによる患者の指導中にMusubiの画面をタッチすれば、薬歴の下書きを自動で作成。これにより患者コミュニケーションと薬歴記入が同時並行となり、従来、服薬指導とは別に毎日数時間かかっていた薬歴記入による業務負担が大幅に削減される。また、薬局業務の見える化クラウドであるMusubi Insightや、 Pocket Musubiと連係しながら、薬局業務効率化の基盤となり、薬局の働き方改革と患者体験の向上を実現する。【URL】https://musubi.kakehashi.life

 

 

カケハシのココがすごい!

□ 「おくすり連絡帳」で、薬剤師と患者の双方向コミュニケーションを支援
□ 改正薬機法による負担増をDXにより解消、患者体験も向上させる
□ 「0.5歩先のビジョン」で薬局業務をサスティナブルに改善する