今回は、iPadの視覚障害者への活用を模索し始めた頃に出会った、視覚障害者の印象を一変させた友人との出会いと言葉の処方箋を紹介します。「友人」と呼ぶには少し気が引けるほど年齢に差がありますが、彼との交友の始まりが「医者と患者」という関係性ではなかったため、ここでは友人と表現します。

彼と出会った2011年当時、60代となった彼の視力は、物の動きと形がわずかにわかる程度でした。見える範囲が徐々に狭くなっていく難治性の疾患「網膜色素変性症」である彼の最初の印象は、とにかく明るい!のひと言でした。

目の見えない人は飲み会をどう楽しむのか、住み慣れた街をどんな情報を頼りにして歩いているかなど、私の知らない視覚障害者の生活を、彼は楽しく解説してくれました。私には彼が音声読み上げソフトをはじめ、さまざまな支援ツールを手足のように使いこなし、不自由なく人生を楽しんでいるように見えました。

ある日、私は彼に「なぜそんなに明るい性格になったのか?」という素朴な質問をしてみました。すると、彼が子どもの頃、母親にはじめて病気の存在を知らされたときの言葉を教えてくれました。

「あなたは何年もかけて見える世界が変わっていく特別な目を持っているの。ゆっくりと“見える世界”を楽しんだあと、次は“見えない世界”を楽しむ。2つの世界を楽しめるなんて幸せね」

その言葉により、彼は生まれ持った特別な目を「幸せである」と認識して青年期を過ごし、その後、徐々に視力を失いました。最近では、完全に光を失ったあとの世界に対して一度クリアしたゲームの裏世界のような印象を持ち、もっとも情報量の多い視覚がなくなった新しい世界で自分が何を感じるのかワクワクしている、とも言いました。

予想と反した彼の言葉に、私は頭をハンマーで叩かれたような衝撃を受けました。彼のことを可哀想な人であると決めつけていた“思い込みの眼鏡”が目から外れて落ちる体験をしたのです。我々は遺伝子により選択権なく配られた身体特性に、言葉をとおして意味づけをすることで自らの人生や価値観に“眼鏡”をかけて世界を見ています。人生の主人公を病の存在から取り戻すため、思い込みの眼鏡を外すための言葉は治療であると言えます。

最終的に患者を治すのは、彼ら自身の心です。そして自分の心を良い主治医にするためには、適切な言葉が必要です。医者の言葉は患者にとって良薬にも毒薬にもなる…彼の母親は素晴らしい“言葉の医者”だったのではないでしょうか。

出会って10年が経ちますが、彼は音声読み上げソフトを活用して誤字・脱字の多い私の相談メールにいつも正確な文章で有用な情報を提供してくれる頼もしい友人であり、私の活動を支え続けてくれる強力な支援者となっています。彼をはじめ、多くの患者に支えられながら、今日も自分らしく生きられている今に感謝しています。

 

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眼鏡の外し方を教えるのは、医者ではない。

 

 

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Taku Miyake

医師・医学博士、眼科専門医、労働衛生コンサルタント、メンタルヘルス法務主任者。株式会社Studio Gift Hands 代表取締役。医師免許を持って活動するマルチフィールドコンサルタント。主な活動領域は、(1)iOS端末を用いた障害者への就労・就学支援、(2)企業の産業保健・ヘルスケア法務顧問、(3)遊べる病院「Vision Park」(2018年グッドデザイン賞受賞)のコンセプトディレクター、運営責任者などを中心に、医療・福祉・教育・ビジネス・エンタメ領域を越境的に活動している。また東京大学において、健診データ活用、行動変容、支援機器活用関連の研究室に所属する客員研究員としても活動中。主な著書として、管理職向けメンタル・モチベーションマネジメント本である『マネジメントはがんばらないほどうまくいく』(クロスメディア・パブリッシング)や歌集・童話『向日葵と僕』(パブリック・ブレイン)などがある。



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