教育・医療・Biz iOS導入事例

“iPadに目覚めた”教員が取り組む「学びを止めない」挑戦

文●山田井ユウキ

Apple的目線で読み解く。教育の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

コロナ禍において全授業を動画配信するなど、ICT活用を素早く、効果的に実践した静岡県立掛川西高等学校。同校におけるiPad導入や授業での活用はもちろん、ICT推進全体をリードしているのが吉川牧人教諭だ。もともとテクノロジーに疎かった吉川教諭だが、iPadとの出会いによって学びの価値観が大きく変わったという。

 

 

全授業を動画配信

コロナ禍において、ほとんどの教育現場が大きな変化を迫られた。春には政府が小中高などの一斉休校を要請し、児童生徒は学校での学びを長期間奪われることになった。前例のない非常事態で対応に追われたのは、ほかならぬ現場の教員たちだ。休校中もなるべく通常どおりの学びを提供するため、多くの学校がICTの活用を試みた。

ICT設備の導入や教員のITスキルに左右され、思いどおりにいかない学校が続出した中、静岡県立掛川西高等学校(以下、掛川西高校)は違った。休校となった4月13日から、同校ではICTに関する教員研修を実施。4月17日から5月中旬の休校明けまで、全教員がすべての授業を動画で配信するという対応を素早く行った。同校の対応は全国的にも高く評価され、日本教育工学協会から「学校情報化優良校」、および「学校情報化先進校」の認定も受けることとなった。

同校におけるICT活用をリードしているのが、ICT推進委員長を務める吉川牧人教諭だ。休校が決まると即座に授業を動画配信する方針を打ち出し、そのためのノウハウを周りの教員に提供した。

「“学びを止めてはいけない”という使命感に突き動かされました。学校内の教員も即座に協力してくれたので、いざ授業の配信が決まってからは早かったです。教員は授業のコンテンツを作るプロ。あっという間にたくさんの工夫が生まれて、スムースに配信が進みました」

同校が速やかに動画配信に対応できたのは、コロナ禍以前から積極的にICT導入を進めていたことが大きい。数年前から外部講師を招いて教員向けのICT研修を実施。約140台の共有iPadを授業用に導入しているほか、教室にはWi−Fi、アップルTV、プロジェクタを完備している。さらに、許可を得れば授業中に生徒自身のスマートフォンを利用することができる。

同校がICTを推進するきっかけとなったのが2011年の東日本大震災だ。被災地の学校において、紙で保存していた資料が流されてしまったことで、全国的にクラウド活用などのICT推進の機運が高まった。静岡県の動きも早く、教育委員会が主導してGスイート(G-Suite for Education)のアカウントを用意したり、県立校に向けてiPadを配布したりするなど、ハード・ソフトの両面でICT導入を進めていった。

 

 

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静岡県立掛川西高校世界史教諭(研修課長、ICT推進委員長)。ICT、アクティブラーニング、グローバルが融合した授業を目指している。ライフワークは高校生と行う掛川城プロジェクションマッピングや海外探検。高校生と世界中の尖った人々をつないで新しいプロジェクトを仕掛ける。2019年にADEに認定。

Apple Distinguished Educator(ADE)…Appleが認定する教育分野のイノベーター。世界45カ国で2000人以上のADEが、Appleのテクノロジーを活用しながら教育現場の最前線で活躍している。

 

 

iPadの可能性を信じて

意外にも、吉川教諭はもともとテクノロジーに強いタイプではなかったという。のめりこんだきっかけは7年前。前任校から転任する際、同僚から譲ってもらったiPadに衝撃を受けたことだった。

「どうやって動いているのか、仕組みはわかりませんでしたが、それでも直感的に操作ができてしまうiPadに新鮮な驚きを覚えました。当時はまだiPadを授業で使う教員はほとんどいませんでしたが、私は大きな可能性を感じたのです」

そこから吉川教諭は少しずつ学校でのiPad活用を進めていった。同じようにテクノロジー好きの同僚も加わってICTを推進した結果、2014年には掛川西高校にICT推進室が誕生。吉川教諭が委員長となり、現在に至るまでICT推進の旗振り役を務めている。

そして2019年、吉川氏はADE(Apple Distinguished Educator)の認定を受けた。きっかけとなったのは全国のADEとの出会いだ。東京や大阪のICT導入校を視察したり、ICT教育に関するワークショップに参加したりするうちに、ADEの活動やマインドに感銘を受け、自身も挑戦したいと考えた。知り合ったADEとは今でも連絡を取り合っており、共同でICTに関するワークショップを開催することもあるという。

 

地域活性化にも取り組む

吉川教諭の担当は世界史。世界史教科とICTは相性が良いのだという。

「たとえば文化史では音楽や絵画の歴史を教えます。しかし、白黒のプリントと黒板では本質がなかなか伝わりません。音楽史を教えるなら音楽を聴かせたいし、絵画史を教えるなら鮮やかな色で作品を見せてあげたいのです」

そこでiPadの出番だ。わざわざ視聴覚室を使うことなく、すべて生徒の手元でコンテンツが表示・再生される。さらにアップルTVとプロジェクタを活用すれば、iPadの画面を大きく映すことも可能だ。iPadに入れたプリントや画像のデータをプロジェクタで投影し、そこにアップルペンシルで書き込んでいくのが“吉川流”のスタイル。iPadを活用することで授業のクオリティは明らかに向上したと吉川教諭は話す。

吉川教諭が心がけているのはICTとアクティブラーニングとグローバルの融合だ。吉川教諭の授業を通じて世界史の魅力を知った生徒は、自分自身が興味のあるテーマを選択し、より主体的に学んでいく。そして学びの集大成として動画を作成し、年度末に発表する。動画の制作に使用するのは、iPadと生徒自身のiPhone。「生徒は毎回、驚くほどクリエイティブな作品を作ってきます」と吉川教諭は誇らしげだ。

吉川教諭はまた、ライフワークとして地域活性化と国際交流にも取り組んでいる。その代表的な事例が、顧問を務めるパソコン部の生徒たちと一緒に毎年実施している「掛川城プロジェクションマッピング」。昨年は全国の高校や特別支援学校、さらにインドネシアやタイ、韓国といった海外の学校とも協力しながら映像を制作した。今年もコロナ対策を万全にして、12月に実施する予定だ。

ほかにも同教諭はバリ島のバーチャルツアーやテックアカデミーとコラボレーションした「掛川のまちの魅力再発見プロジェクト」を実施。また地元のスーパーとタイアップして商品開発した弁当がプロのコンテストで全国1位を獲るなど、ICTの利点を活かしたさまざまなアクティブラーニングを実施している。

「掛川は小さな町ですが、オンラインなら遠くの人ともつながれます。テクノロジーが都会と田舎の差を急速に埋めてくれていると感じます」

今後は、生徒1人1台環境を目指すほか、市内の小中学校との連係も強化していきたいという。

「本校はたまたまコロナへの対応が上手くいきましたが、市内の小中学校は苦労したと聞いています。これからは連係して教育ICTを推進していきたいです」

iPadなどといったICT活用で、コロナ禍における学習の危機を乗り越えた掛川西高校。同校の取り組みは全国の学校にとって大いに参考になるはずだ。

 

 

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授業では生徒も教員もiPadを積極的に活用する。学習用の音楽・映像資料を気軽に視聴できるのは紙の教科書やノートにはないiPadならではのメリットのひとつだ。

 

 

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掛川西高校の普通教室や特別教室にはプロジェクタやApple TV、Wi-FiルータといったICT設備が整っている。学校で保有している約140台のiPadとの組み合わせで、先進的なICT教育を実践している。

 

 

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吉川教諭が教える世界史の授業では、毎年生徒自身がテーマを選び、iPadなどを使って動画を制作する。完成した動画は年度末に発表するが、そのクオリティは吉川教諭が舌を巻くほどだという。

 

 

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コロナ禍の休校中はGoogle Classroomを活用して動画の配信や情報の共有を行っていた。Googleアカウントは教員のほか、生徒一人ひとりにも配布されている。

 

 

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毎年吉川教諭が主導している掛川城プロジェクションマッピング。生徒が世界中の学生と協力しながら映像を制作する。今年12月にも掛川城で実施する予定だ。

 

吉川牧人教諭のココがすごい!

□ 旗振り役として掛川西高校のICTを推進し、コロナ禍でも授業の動画配信を実践した
□ iPadの教育的価値に気づき、すぐに授業に導入。2019年にはADEを取得した
□ 掛川城プロジェクションマッピングなど、ユニークなプロジェクトを継続して実施している