iPhoneからデータでもファクスでも食材発注|MacFan

教育・医療・Biz iOS導入事例

iPhoneからデータでもファクスでも食材発注

文●牧野武文

Apple的目線で読み解く。ビジネスの現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

株式会社シンクロ・フードが提供する「PlaceOrders」は、飲食店向けの食材発注アプリだ。iPhoneなどのスマートフォンから卸会社に対して、簡単に食材の発注ができるようになる。注目されるのはファクス送信にも対応していること。この現実解が利用者数を伸ばす要因になっている

 

 

ファクス対応の食材発注アプリ

東京都の新型コロナPCR検査の結果が、各保健所からファクスで送信されてくる書類を集計しているという報道があって以来、日本のIT化の遅れが話題になっている。しかし、ファクスを使っているからといって、一概に遅れていると決めつけるのは早計だ。なぜなら、事務処理が紙書類ベースであるなら、ファクスは極めて使いやすいツールになるからだ。紙書類には、壁に貼り出せる、原本が1つに定まる、特殊なツールがなくても書き込みができる、携帯しやすい、特別なリテラシーを必要としないなどの利点があり、まだiPadプロでも勝てない要素がたくさんある。そのため、紙書類とファクスはまだ多くの業種で使われており、それは遅れているのではなく、紙書類を超えるツールがまだ登場してきていないからとも言えるのだ。

この現実を鋭く捉えているのが、株式会社シンクロ・フードが開発・提供している飲食店向け食材発注アプリ「プレイス・オーダーズ(PlaceOrders)」だ。画面構成はきわめてシンプル、発注したい食材名と量を記入して送信するだけで簡単に利用できる。

送信方法には3種類あり、発注先ごとに設定できるようになっている。1つはデータ発注。受注する卸会社では、シンクロ・フードが提供する食材受注管理システム「レシーブ・オーダーズ(ReceiveOders)」を導入し、データで発注内容を確認する。データはCSV形式に書き出すことができるので、自社の業務システムなどに転送することが可能だ。2つ目は、ファクスによる発注。同じ発注画面をクラウドで書類イメージのPDFに変換、発注先のファクスに送信をしてくれる。受注側では特別な機器やアプリなどは不要で、従来どおりファクスで受注をすることができる。そして3つ目が電子メールによる発注だ。これはファクス発注と同じPDF書類が添付された電子メールが送られる。

 

未だに使われるファクス発注

なぜプレイス・オーダーズは、ファクス発注機能を搭載しているのだろうか。

「飲食店がiPhoneやiPadからプレイス・オーダーズでデータ発注したいと思っても、受注する側の卸会社が問題になります。双方向でデータ発注を行うには卸会社にもiPadやパソコンなどに加え、レシーブ・オーダーズなどの受注システムを導入していただく必要がありますが、卸会社といってもさまざまな規模があります。たとえば、酒類では街の酒屋さんのような小規模のところも多いのです。そういった卸会社に受発注システムを導入してくださいと言ってもコストの面などからなかなか難しいのが現状です」(シンクロ・フード 受発注グループ マネージャー 橋本光一氏)

発注をする飲食店側がプレース・オーダーズを導入するメリットは大きい。従来の発注は、電子メール、ファクス、留守番電話という3つが主流だったが、それぞれに難点がある。

まず電子メールで発注書を送るにはパソコンが必要となり、飲食店によってはそのスペース確保が難しい。

次に、紙書類をファクス送信するのは現実的だが、手書き書類であるため発注ミスが起きやすい。また、ファクスの「通話中」問題もある。一般的に多くの飲食店では営業が終わったあとに食材をチェックし、補充分の発注を行う。そのため、卸会社側の電話回線が深夜に混み合っていて、通話中で待たなければならないということが度々起きるのだ。ビジネスファクス機であれば自動再送信などの機能があるが、多くの飲食店が使っているのは家庭用ファクス機。疲れていて早く帰りたいのに、発注作業が終わらないので帰れないというストレスもある。それに、通話料の負担もバカにならない。

そこで今でも意外に多く使われているのが、電話なのだそうだ。直接電話をして、留守番電話に発注内容を話す。卸会社では翌日の朝に内容を確認して食材を準備する。しかし、言葉であるために数量などのミスの発生はゼロとは言えない。

そうした問題を解決すべく開発されたのが、プレイス・オーダーズだ。iPhoneなどのスマートフォンさえあれば、データ、ファクス、メールの発注ができ、このような従来の発注方法の問題をすべて解決してくれる。シンクロ・フードとしては、まずプレイス・オーダーズを飲食店に普及させ、その後データによる受発注の便利さを卸会社にも知ってもらうことでレシーブ・オーダーズを導入してもらいたい考えだ。手書き紙書類の世界からシームレスにデータ発注の世界へとつなぐ。これが成長戦略だ。

 

ワンストップサービスで支援

2018年7月にiOSアプリが登場したプレイス・オーダーズにはアップルも注目し、「モビリティパートナー」となっている。しかし、シンクロ・フードのビジネスは、プレイス・オーダーズだけではない。その背後には同社が手がける飲食店向けの総合プラットフォームサービス「飲食店.com」があり、プレイス・オーダーズはこのプラットフォームの1つの機能という位置づけだ。飲食店.comは、飲食店向けのワンストップサービスを提供するプラットフォームで、求人から物件探し、仕入れ先探し、厨房機器ショップ、内装デザイン会社探しなど、さまざまな情報やサービスが集合し、飲食店の新規開店から運営まで、すべてのサービスに対応しようとしている。

「飲食店というのは、個人営業の個店が数としては圧倒的に多いと思います。そういう飲食店が私たちの顧客の中心だと考えています。飲食店は開店から1年で約3割、2年で約5割、3年で約7割が閉店してしまうと言われています。そこで閉店してしまう店、その後も生き残る店に分かれていきます。それほど成功するのが難しく、継続するのが難しい業界なのです。私たちの飲食店.comを使っていただいて、そういうリスクを少しでも小さくして、飲食店に長く営業を続けてほしい。それが私たちシンクロ・フードの願いです」

 

 

飲食店.com([URL]https://www.inshokuten.com/home/)では、求人から物件探し、仕入れ先探しなど、飲食店が必要とするサービスのほとんどが提供されている。新規開店から運営まで長期にわたって飲食店をサポートする。

 

 

頑張る個店をテクノロジーで応援

プレイス・オーダーズは受発注がクラウド化されているため、発注データの動きを見ることで飲食業界の今を知ることができる。コロナ禍の営業自粛などがあり、飲食店は大きな打撃を受けた。発注量は如実に落ちたという。

「現在は発注回数は平常時に戻ってきています。発注量がまだ完全には戻っていませんが、発注データの動きからもっとも厳しい時期は乗り越えたのではないかという感触です。飲食店.comでも、顧客の飲食店の方々に何かできることはないのかと日々考えています」

現在、プレイス・オーダーズの発注件数は累積60万件を突破しており、そろそろビッグデータ解析な可能な量になってきている。現在は、利用者数を増やすことが最大の目標なので、まだ先のことになるが、社内ではビッグデータ解析のアイデアの議論が始まっているそうだ。

「流行りの食材というのがありますね。○○ミルクティーとか○○ビールとか。発注の動きを見ていると、こういう流行りの食材というのがかなり早い段階でわかるのです。また、流行が終わってピークアウトしたことも早い段階でわかる。こういう情報を、利用者の方々に還元できたら面白いことになると社内で議論を進めています」

総務省と経済産業省が実施をしている「経済センサス」の最新版(平成28年)によると、「宿泊業、飲食サービス業」の企業数は全国で51万1846社。これは「卸売業、小売業」(84万2182社)に次ぐ多さだ。ところが、法人割合は19・1%で、個人経営が80・9%にものぼる。しかも、売上の85・4%は法人のもので、個人経営の売上は14・6%でしかない。しかし、他の業種の個人経営企業が全体の売上高に占める割合の平均はわずか1.8%でしかないのだ。つまり、飲食業は、個人経営が圧倒的に多いが、その個店ががんばって売上をあげている業種なのだ。頑張りさえすれば、個人でも収益が期待できる、しかし個人経営であるがゆえに経営基盤は脆弱。こういう業種こそ、テクノロジーの支援が必要だ。

一方で、現実を無視したハイテクノロジーの仕組みを提案しても、導入できるのは経営基盤のしっかりした飲食チェーンだけになり、80・9%の個店には届かない。シンクロフードのプレイス・オーダーズは、ファクスというローテクにも対応することで、80・9%の個店にテクノジーのパワーを届けようとしている。

 

 

PlaceOrdersのアプリは、App Storeから無料で入手できる。はじめて利用する際には、詳細は、飲食店.comの無料会員登録が必要だ。詳細は、PlaceOrdersのWEBサイト(A https://www.inshokuten.com/placeorders/)から確認できる。

 

 

発注内容の入力は簡単。発注先を選択したら、発注する商品の数量を指定する。納品希望日の設定や備考へのテキスト入力なども可能となっている。

 

 

PlaceOrdersで発注した内容はPDF書類に自動変換され、クラウドからファクス送信として送ることが可能だ。もしくは、電子メールの添付書類として送付したり、卸会社側にReceiveOrdersを導入していればデータで受発注をやりとりすることが可能だ。

 

PlaceOrdersのココがすごい!

□一見アナログに思えるファクスによる食材の受発注をiPhoneから可能に
□頭ごなしにIT化を推し進めようとするのではなく、飲食業の現状に即した戦略を取る
□「飲食店.com」などのプラットフォームを通して小規模の飲食店を支える