アラカルト Dialogue with the Gifted 言葉の処方箋

困難者は使い方のデザイナー

今回は、私が大学病院の眼科外来において、iPadの活用を紹介し始めた頃に出会った一人の弱視の患者とのエピソードを紹介します。

当時私はiPad 2に搭載された背面カメラと、画像を2本の指で任意の大きさに拡大/縮小できるという優れた直感的な操作性から、iPadを視覚障害者が本を読む際の「拡大鏡」として活用できないかと検討していました。

2011年に従来型の光学的なルーペを用いた読書行為とiPadの背面カメラを用いた読書行為における読書速度の比較検討試験を実施し、iPadがルーペと同等に読書支援機器として機能することを確認しました。「iPadのカメラは患者の目として機能する。もう一度本を読む楽しみを取り戻せる!」と一人外来で意気込んでいたのです。

そんなある日、外来でiPadと自作の読書用スタンドを貸し出した患者に、読書用拡大鏡として活用できたかの感想を聞く予定がありました。期待して待つ私の外来室に、満面の笑顔で来院した彼女│その最初の言葉は、私の想像とは大きく異なるものでした。

「先生、本当にありがとうございます。何年ぶりかに一人で爪切りができるようになりました!」

読書用に貸し出したiPadを爪切りに利用したという報告に、私は大きな衝撃を受けました。さらに彼女はマニュキュアを一人で塗れたことや、すでに自分用のiPadを購入したことなどを教えてくれました。

彼女は前回外来で会ったときとは印象が変わって、とても明るい表情になり、別人のように違って見えました。毎年肩を落として帰っていく彼女の背中を申し訳ない気持ちで見つめてきた私にとって、明るく未来を語り出した姿とその瞳に灯った希望の光を見たときの感動と興奮は、一生忘れることはないでしょう。

「読書に使ってもらう」という予想は外れましたが、患者の真のニーズは患者自身の中にあるという当たり前のことに気づき、その日から私は「患者は困難さの専門家であり、端末の使い方のデザイナーである」と考えるようになりました。

かくして私の外来は、医療の無力さに落胆する時間から、アクセシビリティ機能を教え、活用方法を教わる時間へと変化しました。現在では彼女の視力はさらに低下したものの、音声コマンドである「ボイスオーバー」で最新のiPhoneを使いこなし、人生を謳歌しつつ、元気な笑顔を見せてくれています。

後日知りましたが、彼女はあの日、爪切りやマニュキュア以外にも、iPadの前面カメラとアクセシビリティのズーム機能を利用することで化粧ができるようになっていたそうです。美に対する意欲と行動力にも驚かされましたが、我々眼科医は患者の視機能に加えて、患者の意欲にも関心を持つ必要性があると感じます。視力を失っても意欲と希望をなくさない医療の実践を目指しつつ、私は今日も患者の言葉に学ぶ喜びを得ています。

 

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新しい目を使って、何を見るかは患者次第。

 

 

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Taku Miyake

医師・医学博士、眼科専門医、労働衛生コンサルタント、メンタルヘルス法務主任者。株式会社Studio Gift Hands 代表取締役。医師免許を持って活動するマルチフィールドコンサルタント。主な活動領域は、(1)iOS端末を用いた障害者への就労・就学支援、(2)企業の産業保健・ヘルスケア法務顧問、(3)遊べる病院「Vision Park」(2018年グッドデザイン賞受賞)のコンセプトディレクター、運営責任者などを中心に、医療・福祉・教育・ビジネス・エンタメ領域を越境的に活動している。また東京大学において、健診データ活用、行動変容、支援機器活用関連の研究室に所属する客員研究員としても活動中。主な著書として、管理職向けメンタル・モチベーションマネジメント本である『マネジメントはがんばらないほどうまくいく』(クロスメディア・パブリッシング)や歌集・童話『向日葵と僕』(パブリック・ブレイン)などがある。