今回は、人生に悩んだ一人目の困難者にまつわる私の冒険譚の始まりの物語をお聞かせします。

遡ること20年前、親友が難治性の目の病気になったことを契機に、難治性眼疾患を治すことを夢見た若き一人の医学生がいました。10年後、彼は夢を叶えて眼科医になりましたが、目標であった難治性疾患の治療は有効な治療法が存在せず、また自身も振戦症(緊張に伴う手の震え)という持病を発症し、外科医としてのキャリアを失い絶望の中にいました。

そんな中、患者との対話と納得感を大切にしていた彼が、患者へ病気を説明するために購入したのがiPadでした。ある日、iPadのカメラで印刷物を撮影し、拡大して患者に見せたところ、想定以上に喜ばれました。絶望に暮れていた彼を支えたのは、彼が支えてきた患者たちの笑顔だったのです。そして、iPadに充実した障害者支援機能である「アクセシビリティ」が実装されていることを発見し、患者に試用してもらう中で「iPadがあれば、患者は諦めた夢にもう一度挑戦できる」と気づきました。

また田舎で幼少期を過ごした彼にとって、iPadはまさに世界と自分をつなぐ窓であり、さまざまなアプリは未知の可能性に挑戦する機会を与えてくれる扉であると確信しました。その瞬間、彼にはiPadの先に視力を失っても好奇心を失わずに笑顔で生きる患者たちの姿がはっきりと見えたのです。それまでは難治性であることを伝えるだけだった外来が、その日を境に常に笑顔と笑い声の溢れる空間へと変化しました。

治らない疾患を抱える人々に必要なのは、視力の回復以上に“生きるための意欲”であり、また治らない振戦症を持つ外科医でも、テクノロジーと情報を処方することで彼らの意欲を取り戻す医者として生きられる|もう一度患者の人生に貢献できるということが、彼自身にも生きる意欲を与えたのです。

時を同じくして一つの講演動画との出会いが、彼の価値観をすべて変えました。それは、2005年のスティーブ・ジョブズによるスタンフォード大学卒業式のスピーチです。その言葉を聞き、医療の型に囚われず、外科医として生きることを辞めて、iPadの可能性をすべての人に伝える“治さない医者”として、患者が自ら治る医療をすることが自分の使命であると確信したのです。

もうお気づきだと思いますが、一人目の困難者は私自身です。患者を救う手段としてのiPadとの出会い、他人より自分の目を気にして生きる意味を教えてくれたジョブズの言葉との出会いが、私の人生の景色を変えました。あれから10年、アップル製品は視覚障害者の人生を豊かにする処方箋になりました。私はこの感動を一人でも多くの人に伝えたくて、この文章を書いています。

次回は、変わり者の医者である私が生まれた頃の物語を紹介します。ちなみに、手が震える癖は今も治ってはいませんが、私は幸せに生きています。

 

 

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表現する形は変わっても、人を動かすのは言葉である。

 

 

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Taku Miyake

医師・医学博士、眼科専門医、労働衛生コンサルタント、メンタルヘルス法務主任者。株式会社Studio Gift Hands 代表取締役。医師免許を持って活動するマルチフィールドコンサルタント。主な活動領域は、(1)iOS端末を用いた障害者への就労・就学支援、(2)企業の産業保健・ヘルスケア法務顧問、(3)遊べる病院「Vision Park」(2018年グッドデザイン賞受賞)のコンセプトディレクター、運営責任者などを中心に、医療・福祉・教育・ビジネス・エンタメ領域を越境的に活動している。また東京大学において、健診データ活用、行動変容、支援機器活用関連の研究室に所属する客員研究員としても活動中。主な著書として、管理職向けメンタル・モチベーションマネジメント本である『マネジメントはがんばらないほどうまくいく』(クロスメディア・パブリッシング)や歌集・童話『向日葵と僕』(パブリック・ブレイン)などがある。