教育・医療・Biz iOS導入事例

業界健全化を「エビデンス」で支えるSiriを活用したiPad運用

文●朽木誠一郎

Apple的目線で読み解く。医療の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

「接待文化」は過去のこと―現在はガイドラインなどコンプライアンスの徹底が強く求められる製薬業界。その余波を一身に受けるのがMRだ。健全化は努力目標ではなく、必達目標。いかにしてそれを実現するのか。このような状況を、iPadで解決している製薬会社フェリング・ファーマに、研修等での活用方法を聞いた。

 

 

「MR=接待」は昔の話

「MR(エムアール)」という職業についての認識は今、世の中と医療業界の間で大きな乖離があるかもしれない。そもそもMRとは、「医薬情報担当者(メディカル・レプリゼンタティブ)」の略で、「医師へ医療用医薬品を“営業”する」仕事。過去には医師への過度な接待がメディア等でクローズアップされたため、そのイメージが残る人も多いだろう。

しかしその後、業界には自浄作用が働き、製薬会社が組織する公正取引協議会や製薬協(日本製薬工業協会)などにより規制が強化された。カラオケやゴルフなどの接待は実質禁止に。医師や医療機関に提供した講演料や研究開発費、接待費を開示することが義務化され、さらに各社独自のガイドラインもある。現在はコンプライアンスが厳しい状況だ。

営業活動は続く。しかし、ルールやモラルは当然、守らなければならない。この難しいバランスを、iPadにより支えている製薬会社がある。スイスに本社を置くフェリング・ファーマシューティカルズ社の日本法人であるフェリング・ファーマ株式会社だ。約120名の社員の7割が持つというiPadは、特に営業活動において「エビデンス(=証拠)」を残すために使われているという。その具体的な活用方法について、同社営業戦略推進部課長の魚山誠一郎氏と吉田栄一氏に話を聞いた。

 

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フェリング・ファーマ株式会社 営業戦略推進部 課長である魚山誠一郎氏(左)と吉田栄一氏(右)。同社におけるiPad活用法を語ってくれた。

 

 

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本社であるフェリング・ファーマシューティカルズ社は、1950年にスウェーデンで創業。6大陸50カ国以上に子会社を持ち、6000名以上の社員が所属するグローバル製薬企業だ。フェリング・ファーマ株式会社は日本法人として2001年に創業。リプロダクティブ・ヘルス(生殖医療)、泌尿器科、小児科、消化器科を中心に治療薬を提供している。

 

 

命に関わる医薬品だからこそ

フェリング・ファーマは生殖医療・泌尿器科の領域において、具体的には不妊症や夜間頻尿・夜尿症などの治療薬を提供する世界的企業。日本法人は2001年に設立された。同社の営業部員は約50人と、国内の製薬大手と比べてその数は少ない。だからこそ「iPad活用のような丁寧な対応が必要な施策が可能になる」(魚山氏)。実際、同社のiPad活用の「きめ細かさ」は相当なものだ。

iPadが登場するのは、主に医療関係者への情報提供だが、2019年からMR教育の場においても、本格的に活用をスタートした。特筆すべきは医師に医薬品の説明をするための研修内容だ。同社MRは、iPadに向かってスライドを元にプレゼンする。そのとき、iPadの向こう側では、上長が「会社が設定した“使うべきキーワード”と“使うべきでないキーワード”をどのくらい意識しているか」をチェック。言ったか、言わなかったかという判別は人力だけではなく、Siriの機能を活用したMR用のタブレットソリューション「インタラクティブ・プロ(Interactive-Pro)教育エディション(Edition)」(開発は株式会社インタラクティブソリューションズ)もその責を担う。

医薬品の適正使用のための情報や、副作用の情報など、MRが「言わなければいけない」ことは多岐に渡る。一方、売上を意識するあまり、効果を大げさに伝えたり、逆にリスクを甘く伝えたりと「言ってはいけないこと」もある。たとえば、ある治療薬について「3時間ほどぐっすり眠れるようになる」という表現はNG。データに基づき「就眠後第一排尿までの時間を180分延長する患者割合は、82%である」としなければならない。これをSiriの音声認識機能と、上長によりダブルチェックする。堅牢な体制は「エビデンスを残すため」であると吉田氏は言う。

「命に関わる医薬品を扱う以上、ガイドラインや自社の規定は『なるべく守ってください』という努力目標ではなく、『絶対に守る』という必達目標。そのため、このようなソフトウェアを導入し、教育を徹底しています」(吉田氏)

付き合いが長い医師や医療機関では、どうしても甘さが出てしまうこともある。そのような危機感を抱いているからこそ、魚山氏は「MRによる説明を社内で平準化し、再現性を持たせることが必要」と指摘し、こう続ける。

「このようなソフトウェアを導入している製薬会社はほかにもありますが、人数が多いと、その確認やフィードバックが大変です。弊社くらいの規模であれば、各上長が必ずチェックし、場合によっては本社勤務の私も確認するなど、密に個々のMRのレベルを把握できる。それは1つの強みだと思います」(魚山氏)

 

 

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社員に配布されているiPadのホーム画面。業務に必要な範囲内で、アプリは個人で自由にダウンロードできるようになっている。

 

 

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株式会社インタラクティブソリューションズが提供する製薬業界・金融業界用タブレットソリューション「Interactive-Pro」。20社以上に導入され、対話型コンテンツ活用とその利用ログ分析により企業の課題を解決している。医師への説明の研修や、営業活動の記録、日報などさまざまに活用されている。

 

 

医師の働き方改革にも効果

同クリニックでは現在、iMacやMacBookのほか、iPadとアップルペンシル、アップルウォッチが導入されている。石井医師はアップル製品を愛用してきたが、クリニックに導入したのは自分の好みだからではなく、プロダクトの機能性や美意識が「医療と親和性が高い」と判断したため。これらのデバイスにより、予定は「グーグルカレンダー」によりスタッフ間で共有され、連絡は「Slack」でやりとりされるなど、さながらIT企業のようだ。

「昔の病院でよくあった『〇〇さん、呼んで~』『はーい!』といった医療従事者間のやりとりは、患者さんには心理的負担になります。特に私たちは心を診るクリニックですから、その負担は最大限、配慮しなければならない。便利なメッセージツールがあるなら、使わない手はありませんよね」

「ハイテクはさりげなく」とは言うものの、結果として日常の診療にもたらす変化は大きい。たとえば、問診はiPadとアップルペンシルで劇的に効率化される。

「来院された患者さんにはまず、iPadとアップルペンシルを渡します。PDF化された問診票に直接、書き込んでいただく。これを文字認識してテキスト化、エアドロップなどを経由してカルテに転記します。手で書いたり、パソコンで打ち直したりする必要もないのです」

同院では医師の診察の前に臨床心理士による聞き取りもある。このとき、過去には医師の待機時間が発生していた。しかし、臨床心理士もiPadとアップルペンシルを利用すれば、聞き取り内容をリアルタイムで医師が確認、患者が入室した瞬間から治療をスタートできる。医療従事者の働き方改革にもつながり、かつ、患者も同じ話を繰り返しさせられることがなくなる。CXを向上させるためには顧客に接遇する従業員の体験も重要だとされるが、医師らの体験が患者体験を向上させるこの事例は、その証左にもなるだろう。

もちろん、「文字認識してテキスト化」とひと言で言っても、ツールの精度や相性などを徹底的に検証している。その組み合わせについては「企業秘密」だと石井医師は笑い、「うちのクリニックにとってのベストが、ほかのクリニックにとってベストとは限らない」と続ける。将来的には特定の医療機関についてその最適化をサポートする医療ITコンサルとしても活動していきたいそうだ。

「医療を提供する環境の整備に注力することで、患者さんが病院で居心地よく過ごせたり、医療従事者の働き方改革につながったりして、医療の質が上がることに確信を持っています。これからも日々、こだわり抜いていきたいですね」

医療現場にも芽吹き始めた、CXへの意識。医師と患者の関係が問題視されるようなニュースが増えている昨今、「患者体験」という視点はそれを解決する糸口になるだろう。

 

 

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2019年10月よりフェリング・ファーマが運用を開始した「Interactive-Pro 教育Edition」では、営業担当者が医師に対して行う口頭説明の自己トレーニングを実施できる(特許申請中)。「言うべきワード」「言うべきでないワード」をSiriをベースにした機能で判別している。

 

 

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トレーニング中にSiriが反応したワードの数やスライドの説明に要した時間などを、上長などは映像と一緒に確認できる。フェリング・ファーマではこの自己トレーニング研修を必須のものとして実施。同社は今後、実際の営業現場でも研修内容が徹底されているかについても同行などでチェックしていきたい、とした。

 

フェリング・ファーマのココがすごい!

□ MRによる医薬品の説明のキーワードをSiriでチェック
□ 営業活動記録と成績をデータマーケティングの土台に
□ コンプライアンス徹底が求められる業界でiPadを活用