教育・医療・Biz iOS導入事例

身近な自然の中で解き放つiPadのクリエイティビティ

文●神谷加代

Apple的目線で読み解く。教育の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

全国の公立の小中学校に導入されるICT機器は、圧倒的にWindowsが多い。そんな中、早くからiPadの良さに着目し、Apple製品の本格導入に踏み切ったのが長野県伊那市だ。同市はなぜiPadを選んだのか。iPad導入や運用に関わる同市エリアコーディネーター・足助武彦氏に話を聞いた。

 

 

地域が学べる教材を求めて

本連載で取り上げるADEは、私立学校の教師が多い。なぜなら、アップル製品を導入しているのは私立小学校や中高一貫校が多いからだ。しかし、公立の小中学校や教育委員会に所属していてもADEに選ばれる教育者たちがいる。そのひとりが長野県伊那市のエリアコーディネーター・足助武彦氏だ。足助氏は、もともと中学校の理科教諭であり、2014年から伊那市のiPad導入に貢献、2017年から前出の肩書きで市内の小中学校に対するiPadを活用した授業改善に取り組んでいる。

 

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Apple Distinguished Educator
足助武彦氏

伊那市ICT活用教育推進センター、エリアコーディネート教員。伊那市立高遠中学校在職。2015年にADE認定。子どもたちが伊那市に誇りを持って暮らし続けてほしいと願い、地域にまつわる素材をApple BooksやiTunes Uで教材化した。現在は、伊那市内21小中学校でのICTを有効活用した授業を推進すべく、コーディネーターとして活動を行う。

Apple Distinguished Educator(ADE)…Appleが認定する教育分野のイノベーター。世界45カ国で2000人以上のADEが、Appleのテクノロジーを活用しながら教育現場の最前線で活躍している。

 

「ADE2015に選ばれて、メンバーの先生方とお会いしたときは、私立学校所属の方が多くて驚きました。しかし、逆にいうと、当時は公立の小中学校でiPadを導入した自治体はほとんどなかったので、決断した伊那市の教育委員会は素晴らしいなと思いました」

伊那市がiPadを導入したのは、2015年のことだ。当時の学校現場はというと、ICTを活用するツールとしてタブレットの導入が始まったばかりの頃であるが、公立の小中学校に導入される製品は、その多くがウィンドウズ端末だった。そんな中、足助氏は市のiPad導入前から、オリジナルのデジタル教材が作成できることに注目し、iPadを活用した教育を推進した。

「伊那市としては、地域の素材を活かした教材を作れないかと考えていました。というのも、うちの地域は過疎化が進み、どのように活性化させていくかが課題になっていたからです。今後、未来の伊那市を担う子どもたちは、地域のために貢献できるような人材に育ってほしいと考えており、そのためには伊那市に誇りを持てることが大切だと思いました。そのひとつの取り組みとして、地域を活かしたデジタル教材を使って学習できる環境を作りたいと思ったのです」

その後、伊那市は2015年に250台のiPadを導入。市内の中学校をモデル校に選定し、iPadを活用し始めた。その成果を受け、Wi-Fi環境などのインフラ整備にも着手し、段階的にiPadの台数も追加。2019年現在は、2500台のiPadが稼働するまでに整備が進んでいる。

 

地域の自然をiPadで学ぶ

伊那市にiPadが導入されてからというもの、当時中学校の理科教諭だった足助氏は精力的にiPadの活用に取り組んだ。地域の素材を活かしたデジタル教材の活用という当初の目的を目指し、受け持ちの理科の授業でオリジナルの教材づくりに勤しんだ。

最初に作ったのは、伊那市の地元にある御嶽山の火山灰に関するデジタルブックだ。当時、足助氏が勤務していた学校には地層の見える場所があり、そこの土を掘り出して顕微鏡で観察する授業を実施した。顕微鏡で見える様子をiPadで撮影して、地層が火山灰によってできていることを学習し、その観察記録を一冊のデジタルブックに収録。生徒たちは、地層を形成していた火山灰の土が、美しい鉱物によってできていることを目の当たりにし、歓声を上げたという。

「生徒たちは自分の住んでいる地域にこんな自然があるんだ!と再発見できたと思います。自分たちの見たものをiPadで写真に記録することで、“誰かに伝えたい”と思う気持ちにつなげられると手応えを感じました」

また足助氏は、遠隔授業にも積極的に取り組んでいる。伊那市では山間部にある小中学校で少子化が進み、小規模校の中には児童1人に対して、教員が1人という学校もある。そうした学校と市街地にある学校をクラウドベースの授業支援システムでつなぎ、遠隔授業を実施している。

たとえば、市内の東部中学校と長谷中学校では、中学2年生理科の「エジソン電球」をつくる実験で遠隔授業を実施した。この学習では、離れた場所にある2つの学校をリアルタイムでつなぎ、優れたエジソン電球を開発するにはどうすればいいか、その設計をグループで考える。それぞれのグループには、小規模校の生徒たちが遠隔で参加し、クラウドの授業支援システムで共有された設計図を見ながら話し合いを行った。最終的には、生徒たちが開発したエジソン電球の性能を競い合う発表会も開催され、その様子はスカイプ(Skype)を通じて両校に配信された。

「遠隔授業では生徒同士の交流が生まれる場を作ることが難しいのですが、この学習では、離れた場所にいても、その場にいるかのように生徒同士で交流することができました。遠隔授業はアクティブラーニングにも有効であるといえるのではないかと思います」

 

 

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足助氏が作成した、地域の素材を活かしたiBooksのオリジナルデジタル教材。伊那市ではiPad導入前から、マルチメディア研究会を立ち上げて、地域素材を活かす教材の研究などに取り組んでいた。

 

 

理科とガレージバンドの授業

このようにiPadを活用して、伊那市の地域性を活かした授業を作ってきた足助氏だが、「どうしてもやりたかった授業があったのです」と語る。それは、アップルが掲げる「エブリワン・キャン・クリエイト(Everyone Can Create)」にもつながる学びで、生徒の表現力を刺激する授業だ。

「何かを学んだときに、知識を覚えるだけじゃなく、文字や絵、音楽や動画などで、自分が理解した内容を表現できるような学習がしたいと長年思っていました。なぜなら、理科は目に見えないものを学ぶことが多く、生徒たちがどのように理解したのかわからないからです。そんなことを考え続けていたときに、アップルのエブリワン・キャン・クリエイトの取り組みを聞いて、これからの教育の未来を感じましたね」

そこで足助氏は、理科とガレージバンド(GarageBand)を組み合わせた授業を考案。固体・液体・気体の粒子の変化を学ぶ「状態の変化」という単元で、「沸騰のビデオを見ながらBGMをつけてみよう」というテーマで表現活動を取り入れた。生徒たちの多くは、ガレージバンドに触るのが初めてだったというが、自分たちが思い描く沸騰のイメージを音楽で表現した。

「ある生徒が、『ビーカーの底から泡が上がっていく様子に着目し、そこを音楽で表現した』と説明していて、理科の捉え方としても音楽で評価できる可能性があると気づきました」

これまでさまざまな授業に取り組んできた足助氏であるが、「ADEになってから教師の常識が変わった」と語る。自分は人見知りをするタイプだったが、ADEになってからは教育に想いを持つ仲間が増えて、新しいことが次から次へ起こるサイクルが生まれたというのだ。

「以前は、先進的なことをしたくても、その環境が整わず、『5年待て』と言われたこともありました。しかし、子どもは待ってくれません。iPadを導入してからは、新しいことの始まりを近くに感じることができるようになり、新しい教育は意外にも自分たちの近くにあるのだと思えるようになりました。先を見ることができるチャンスを持てていると感じます」

新しい教育、未来の教育は、遠い先の“いつかの話”ではない。今、そこにいる子どもたちに届けることが大切であり、想いを持った教師とiPadがあればそれが可能なのである。

 

 

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理科とGarageBandを組み合わせた授業。沸騰のイメージを音楽で表現した。作成した音楽はTwitterとiTunes Uで公開。音楽のわかる教師からは「ディストーションの効いたギターが沸騰の激しい様子を物語っている」などの評価を得たという。

 

 

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少子化の課題を抱える山間部の小中学校では、市街地にある学校とテレビ会議システムなどを活用して遠隔授業を実施している。住む場所に関わらず、同じ質の教育が受けられる環境をiPadで築いている。

 

 

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2019年の夏は、「大自然の中で解き放て! 君のクリエイティビティ」をテーマに掲げ、市内の小学生がiPadを片手に自然の中を駆け回る2日間のキャンプを実施。学ぶ場を学校だけに限定せず、地域の豊かな財産を活かして新しい学びの場を作った。

 

足助武彦氏のココがすごい!

□iPadと教育の親和性に着目し、公立校でのApple製品を活用した教育を推進した
□iPad活用が目指す学びとして「地域」にフォーカスしている
□目に見えない事象や状態を想像する理科において、生徒の想像力・表現力を刺激している



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