教育・医療・Biz iOS導入事例

iOSデバイスをBYOD導入して“働きがい革新”を推進

文●牧野武文

Apple的目線で読み解く。ビジネスの現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

個人所有のiPhone、iPadを業務に活用することで「働き方改革」ならぬ、「働きがい革新」を実践するのが株式会社デンソーだ。約5000~6000台のBYODデバイスはどのように利用されているのだろうか。

 

 

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デンソーは愛知県刈谷市に本社を置く世界シェアトップの自動車用システム・製品サプライヤー。日本を代表するものづくり企業は、今、多様な働き方を可能にする挑戦をしている。【URL】https://www.denso.com/jp/ja/

 

 

巨大企業がBYOD導入

デンソーは、トヨタ自動車の電装部門が前身になった企業で、自動車部品のシェアは世界トップクラスだ。社員数(連結)は16・8万人という巨大企業であり、本社は愛知県刈谷市だが、国内各都市、海外各都市に拠点を持っている。

同社が、業務において活用しているのがiPhoneとiPadだ。しかも、原則BYOD(Bring Your Own Device=個人所有のデバイスを業務でも利用する)にしているというから驚きだ。スタートアップ企業などでは、BYODはごく普通のことだが、デンソーのような大企業ではあまり例がない。

一般に、日本企業がモバイルデバイスを導入する場合、単一機種を会社支給するか、複数の機種を提示して選ばせるCYOD(Choose Your Own Device)にすることが多い。理由は主に2つある。

ひとつはセキュリティ管理の問題だ。業務に使うデバイスの場合、情報漏洩がもっとも大きな問題となる。そこで、MDM(Mobile Device Management)によりすべてのデバイスを管理をするのが定石だ。業務デバイスの紛失、盗難という場合でも、リモートでロック、データ消去ができるようになる。MDMは製品によって、対応できる機種が限られているため、機種も限定されることになる。

もうひとつの理由が、公私の区別をつけるためだ。業務に使うデバイスなのに個人的なSNSアプリやゲームアプリが入っているということに抵抗感を感じる人は多い。

デンソーの場合は、iOSデバイスは業務で使う必須デバイスではなく、希望者のみが使うデバイスという位置づけになっているのが特徴だ。働き方改革の一環で、テレワーク時のコミュニケーションツールとしてiOSデバイスを採用している。

テレワークは、社員全員が必要としているわけではない。テレワークを取り入れたほうが効率的に働けると本人が判断した場合に行うのである。その際に、どのようなデバイスがあれば効率的に働けるかも本人が自分で判断する。すでに個人でiOSデバイスを使っている人は、それを利用すればいいし、他機種を使っている人は機種変更を考えてもいい。あるいは部署単位で予算と裁量権が与えられているので、必要だと判断すれば、部署の備品として用意するケースもある。

デンソーのテレワークの考え方は「働き方の選択肢を広げるために、会社は環境を用意する。しかし、実際にテレワークをするかどうか、どのように行うかは、あくまでも本人自身の判断」というものだ。iOSデバイスの導入に関しても、会社はiOSデバイスを業務にも使える環境を用意するが、それを使うかどうかはあくまでも本人の判断ということになる。

それでも現在、BYODによるiOSデバイスが約5000~6000台、会社支給のiOSデバイスは約5300台(iPad約3500台、iPhone約1800台)使われている。

 

 

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人事部事技新卒採用課担当係長 塩田聖子氏。

 

 

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人事部働きがい革新課担当係長 大神田浩由氏。

 

 

目的は両立支援、業務効率化

デンソーがiOSデバイスの導入を始めたのは、2014年に社内で働き方改革が始まったことがきっかけになっている。それ以前は、PCが基本ツールであり、社内ネットワークに接続して業務をこなしていた。社内での連絡は保秘性の高い自社の内線電話を使い、資料などを外に持ち出さずに社内で仕事をするというのが基本だったという。

出張をする際には、PCを持参することもあるが、社内ネットワークには接続ができなくなる。あくまでもホテルなどで、ローカルで資料などを作成する程度だった。

それが変わったのが2014年のこと。目的は「両立支援」と「効率的な働き方」の2つだ。働き方改革関連法案が可決したのが2018年なので、デンソーの取り組みはかなり早かったことになる。

両立支援とは、小さな子どもがいる社員、あるいは親の介護をしている社員にも安心して働いてもらえるようにするテレワーク制度を導入することだ。もうひとつは出張などの隙間時間を有効に活用して、効率的に働いてもらい、残業時間を減らすというテレワークを導入することである。

現在、テレワークに関しては、上司に事前に申請をすることで、終日在宅が一定日数可能になっている。出張や外出の隙間時間にコワーキングスペースなどで仕事をするテレワークは、個人の判断で行える。

2014年には、「ノーツ・トラベラー(IBM Notes Traveller)」「エニークラッチ(AnyClutch)」という2つのアプリを導入した。ノーツ・トラベラーは、社内のメールをiOSデバイスで読み書きできるというアプリ。メールはすべて暗号化されてやり取りされるため、情報漏洩の心配がない。エニークラッチはPC版のリモートデスクトップアプリだ。社内にある自分のPCにアクセスができるようになる。

このような2つのアプリを、自分が所有するiPhoneやiPadにインストールすることで、メールの読み書き、自分の社内PCの操作ができるようになり、自宅でのテレワーク、出先でのテレワークが可能になった。

 

 

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2014年にAnyClutchを導入して、iPadからリモートで社内PCのデスクトップ操作ができるようになった。これで社外からもテレワークが可能だ。

 

 

チームズでテレワークが本格化

これでテレワーク環境が整ったかというと、実はまだ十分ではなかった。上記アプリを使ってみても、社内とまったく同じ環境構築とまでは至らず、あくまでも補助的な手段にすぎなかったという。

そのため、デンソーでは2018年よりマイクロソフトの業務ツールの導入を始めた。同社人事部働きがい革新課担当係長・大神田浩由氏は語る。

「マイクロソフト・チームズ(Microsoft Teams=以下、チームズ)が利便性を飛躍的に高めてくれました。チャットと電話会議はもちろん、画面共有もできます。これでどこにいても、社内にいるのとほぼ同じ環境になりました。テレワークを快適にできる環境が整いました」

デンソーのユニークなところは、このようなツールを導入しても、どのように使うかは各部署の自主性にまかせていることだ。そのため、部署によって使い方は大きく違っているという。

「一番多い使い方は、愛知県の本社と東京支社のように遠隔地同士で打ち合わせ、会議をする場合です。ただ、社内でもフロアが分かれている部署などでは、小さな打ち合わせであれば、会議室を予約するのも手間なので、チームズで済ましてしまうということもあるようです。どのように使うかは、各部署で判断、社員個人の判断にまかせています」(大神田氏)

このようなテレワークに使える機器はiPhone、iPadのiOSデバイスのみ。アップルデバイスのセキュリティ面を評価して、現在、アンドロイドなどほかのデバイスの使用は認めていない。

デンソーのBYODによるiOSデバイスの導入でうまいのは、基幹業務ツールではなく、コミュニケーションツールとして使っている点だ。使い方も、チームズなどの数個のアプリをインストールするだけ。個人所有のデバイス利用が大きく制限されてしまうということも起きない。

「iOSデバイスを会社から支給される場合もあるのですが、むしろ会社支給にしてしまうと個人用と会社用の2台持ちをすることになり、かえって不便という人のほうが多いと思います。私個人も、プライベートのスケジュールと仕事のスケジュールがひとつのカレンダーに入っているほうが、使いやすいと感じています」(大神田氏)

制限らしい制限は、個人所有のデバイスなのに、会社のMDMの支配下に置かれるということぐらいだが、普段使っているときになにか問題が起きるわけではない。紛失、盗難の際に、リモート消去されてしまうことぐらいだ。

個人所有のiPhoneを業務で使いたいという場合は、上司に申請をし、機密保持に関するeラーニング研修を受けたあと、情報システム部に機種登録をし、MDMの管理下に置き、チームズなどの必要なアプリのインストールをする。それだけで個人所有のiPhone、iPadが業務でも使えるようになる。

「私たちは、働き方改革を進めていますが、全員にテレワークを強制するようなことはしません。私たちが目指しているのは、働き方の選択肢を用意することなのです。毎日、きちんと出社して、会社の中で業務を完結する働き方がいちばん合っている部署、社員もいます。でも、自宅で仕事をしたほうが働きやすい、外出先で仕事をしたほうが効率的だと考える社員のために、それを可能とする環境を用意する。会社が働き方を強制するのではなく、個人が最適な働き方を選択してもらうという考え方です」(大神田氏)

 

 

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Microsoft Teamsの導入が、本格的なテレワークを可能にし、その利便性を高めた。通常はグループ内でチャットでコミュニケーションをとることができる。

 

 

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Microsoft Teamsではビデオ通話も可能。本社と支社間の会議、テレワーク先との打ち合わせだけでなく、社内での打ち合わせにも自然に使われるようになっている。いわば内線電話感覚だ。

 

 

ペーパーレスで生まれる多様性

iOSデバイスの業務利用と同時に、社内のペーパレス化も進んだ。ペーパレス化は時代の必然だが、結果的にテレワークがしやすい環境づくりに役立っている。もっとも劇的な効果があったのが、人事採用業務だった。会社の規模が大きいことから、採用面接はピーク時で1日に50名から80名程度になることもある。新卒の総合職だけで毎年400名前後を採用しているため、当然この数倍の人数を面接しなければならない。加えて、生産現場などの技能職の採用もある。このときの履歴書や評価シートといった書類が以前は紙ベースだった。

さらに、面接官が記入した紙の評価シートは、人事部のスタッフがデータ入力をしていた。採用に関わることなので、入力ミスは許されない。データ入力だけでも相当量の作業になる。同社人事部事技新卒採用課担当係長・塩田聖子氏はこう話す。

「1人の応募者に対してファイルが1つできる感覚です。以前は採用面接官に、書類の山をまとめてごそっと渡すということをしていました。しかし、今では学生側が履歴書をWEBで作る時代です。そこで、2018年に採用関係の書類をすべて電子化することにしたのです」(塩田氏)

応募者はまずWEB上でエントリーシートや履歴書に記入。同時に技術職の場合は、WEB上にレジュメをアップロードする。面接官は、自分のパソコンやiPadでこれらの書類を見ながら面接を進め、そのまま評価シートに記入をしていく。紙書類のときに必要だったコピー、ファイル化、データ入力という作業がまったく不要になった。さらに、採用スタッフは、今、面接がどこまで進んでいるのかをリアルタイムでわかるようにもなった。

ペーパレス化はほかの部署でも進められている。このことが、テレワークをしやすい環境を生んでいる。

「大量の紙書類を家に持って帰ってテレワークをするというのは現実的ではありません。紙書類ベースでは、出先の隙間時間を利用するテレワークも難しい。書類を社外に持って出るということは常に紛失の恐れがあるので、多くの社員が紙書類を社外に持っていくということをしません」(大神田氏)

書類がペーパレス化されれば、場所を選ばず端末上で閲覧可能になる。休暇届のような申請書類関係は以前からシステム化されていたが、そのほかの帳票類、書類をどんどん電子化をしている段階だという。

2014年の働き方改革のツールとしてiOSデバイスが導入された頃、上司に対して端末の使用許可を求める申請書は紙だった。現在、申請書は電子化されているのがその一例だ。

また、ペーパレス化は単にコストとスペースを節約するだけでなく、働く環境にも大きな影響があったという。

「現在、順次、オフィスのフリーアドレス化(オフィスに社員の固定席を作らず、自由な席で仕事を行える仕組み)を進めています。紙書類を使っていると、毎朝、ロッカーや棚から書類を持って席に行くことになり、フリーアドレスではかえって働きにくくなります。すべてを電子化して、ノートPCやiPadが1台あれば仕事になるという環境に整えているところです」(大神田氏)

 

どうやってトライしてもらうか

デンソーとしてはテレワークなどの環境を整えたが、社員はどの程度利用しているのだろうか。環境が整ったのは2018年のことなので、利用が進むのはまだこれから。どうやって利用を促進するかが今後の課題だという。

問題のひとつは、自宅やコワーキングスペースで仕事をされてしまうと、どのように働いているのかを管理職が見ることができなくなり、マネージメントがしづらくなるという問題だ。仕事が捗るので、長時間労働をしてしまうといった心配があるという。そのため、PCなどの業務端末を利用したログを記録するようにして、“働き過ぎ”が起こらないように対策済。出張、外出時にコワーキングスペースなどを利用して仕事をするテレワークについては、すでに多くの社員が自然に取り入れている。

「出張、外出のあとにいったん帰社するよりも、適切な場所のコワーキングスペースで仕事をして、終わったらそのまま帰宅するというパターンが多いです。そのほうが、通勤時間と移動時間の合計が減り、時間の節約になるからです」(大神田氏)

しかし、育児、介護などの理由で、終日在宅で仕事をするテレワークについては、まだまだ十分に広がっているとは言えないという。デンソーにとっては新しい働き方なので、「試してみようとしない人」がまだまだ多いのだそうだ。テレワークは試してみないことにはメリットを実感できないし、デメリットも抽出できない。人事部としては、なんとか社員にトライしてもらえるようさまざまな工夫をしている最中だ。

人事部が期待をしているのが、「テレワーク・デイズ」だ。2020年の五輪東京大会では、公共交通の混雑が予想されるため、テレワークの一斉実施が呼びかけられている。今年2019年7月22日から9月6日までの間も、「テレワーク・デイズ」として設定されている。この機会を利用して、テレワークを多くの社員にトライしてもらう活動をしていきたいという。

そんな中、すでにテレワークを実践しているのが塩田氏だ。小さなお子さんがいるため、送り迎えなどがあり、会社にいられる時間が制限されてしまう。そのため、必要な業務がこなしきれないという問題を感じていた。そこで、テレワークを利用して、必要な日には終日在宅などをして、自宅で業務と家事を両立させているという。

「以前は、仕事とプライベートが時間によってはっきりと線引きされていました。それが融合されることで、工夫をすれば時間がうまく使えるようになるという実感があります」(塩田氏)

 

 

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iPadで閲覧している電子化されたエントリーシート。実際の資料はこれ1枚だけでない。以前は、そのすべてが紙ベースだった。面接官が手書き記入した評価をPCに入力するなどということも行われていた。

 

 

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業務端末は基本BYODだが、部署単位で会社支給の端末も用意されている。ちなみに、大神田氏のiPadはBYOD、塩田氏のiPadは会社支給のものだという。

 

 

時短ではなく「働きがい創出」

デンソーは、テレワークなどを導入した働き方改革で何を目指しているのだろうか。デンソーでは「働き方改革」ではなく「働きがい革新」という言葉を使っている。

業務を効率化して生まれた余裕の時間をどう使うか、それはさまざまある。より創造的な仕事に挑戦してもいい、今までできなかったことに挑戦してもいい、あるいは上司、同僚とのコミュニケーションを深める活動に使ってもいい。社員それぞれが働きがいを感じられる仕事に振り向けてほしい。その総和が、デンソーの企業としての競争力になっていく。

デンソーには「総智・総力」という言葉があるという。知力を結集して、それを企業の力とするという意味だ。その言葉どおり、社員は「チームワーク」を大切にし、そこに強みも感じている。デンソーが働き方改革を進めているのは、決して「残業時間を減らす」といった短絡的なことを目的としてはいない。働き方のスタイルの選択肢を増やし、社員が自分らしく働き、成果を出せる環境を用意する。それによって「総智・総力」がより効果的に発揮できるようになることを理想としている。そのツールとしてiOSデバイスを使っている。

「業務効率を上げる」ことだけを考えて導入するのではなく、自社の文化にどのように適合させるのかを考えた導入であるのがデンソーの特徴だ。米国型の個人主義的な企業であれば「業務効率を上げる」というシンプルな目標が効果的だが、日本型のチームで戦う企業の場合はそうはいかない。デンソーのように、企業文化、企業風土に合った形での導入を考えていく必要があるのだ。

 

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デンソーのココがすごい!

□個人所有のiOSデバイスを業務利用し、柔軟な働き方を実現
□ペーパーレス化で作業効率アップ、持ち運ぶ荷物も軽量化
□本社と支社の打ち合わせ、社内の打ち合わせもビデオチャットで時短



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