教育・医療・Biz iOS導入事例

iPadと“徹底した利用者ファースト”が日本の働き方を変える

文●らいら

Apple的目線で読み解く。ビジネスの現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

「働き方改革」とは、早く帰ることでもなければ、iPadを導入することでもない。業務を現場視点でゼロベースから見直し、新しい働き方の仕組みから作り上げていくものだ。そんな真の「働き方改革」を進める積水ハウス株式会社を取材した。

 

 

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積水ハウス株式会社は大阪市に本社を構える住宅メーカー。注文住宅最大手の事業規模を誇り、従業員は関連会社を含めると2万5000名を超える。中高級路線の戸建注文住宅で有名。その他賃貸住宅「シャーメゾン」、分譲マンション「グランドメゾン」などでも知られている。

 

 

現場や経営層と近いIT部門

日本の住宅業界を牽引する積水ハウス株式会社は、ITを活用した働き方改革でも一歩先んじている。その取り組みを主導しているのが、上田和巳氏が所属するIT業務部だ。近年では、企業間コア情報の一元化や業務の再構築、iPadおよびiPhoneの導入による業務革新を進めてきた。その活動が評価され、公益社団法人企業情報化協会による2018年度IT賞「特別賞」、経済産業省の「攻めのIT経営銘柄2019」などを受賞している。これだけの成果を出せたのには理由がある。

「他社との意見交換会で感じるのが、『IT部門と現場や経営者が遠い会社が多い』ということ。弊社のIT部門は経営層や現場との意思疎通が多く、現場の業務にも詳しいです」(上田氏)

 

 

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IT業務部部長、上田和巳氏。技術研究所配属後、音響設計などを担当したのち、2000年にITを使った住宅や街づくりのプロジェクトに参加したことがきっかけで、IT部門を担当するようになった。iPad採用を主導したキーパーソン。

 

 

上田氏は、企業におけるIT適用の課題が3つあると考えている。1つは、末端に行くほど当初の目的が共有されず、導入しただけで満足してしまう場合があること。2つ目は、部門ごとに改革しようとすると、組織の壁によって部分最適に陥り、全体を俯瞰した運用が難しくなること。他部門との衝突があった場合、調整者がいないのは問題だ。そして3つ目は、利用者にとってはITシステムの利用自体が負担となってしまうこと。自分たちの意見や要望が伝わらないと、その使いづらいシステムはいずれ形骸化し、中途半端な導入事例で終わってしまう。

企業がITで成果を出すには、経営視点でゴールイメージを共有し、さらに現場がITをしっかりと活用することがポイントとなる。そのためには、さまざまな部門とコミュニケーションを密に取り、全社最適視点での調整、運用サポート、情報分析を一元的に担う部門が必要だ。積水ハウスではIT業務部門がその役割を担っている。部門間のやりとりがフラットに行え、データを出して客観的な説明ができる存在だ。

積水ハウスの業務フローは、企画、営業、設計、施工、生産、アフターサービスと各部門を横断していく。その中でIT業務部は、グループ会社を含む関係会社のすべての業務システムを横串で担当する。IT部門はどの部門にどんなデータがあるのかを把握しており、業務フロー全体を俯瞰して見る立場にある。では、具体的にどのような施策を取っているのだろうか。

 

部門を超えて情報を一元化

積水ハウスでは2010年から3段階でITを活用した働き方改革を進めている。最初は社内業務とITシステムを再構築する「邸情報プロジェクト」から始まった。当時、リーマンショックでコストダウンと業務効率化の話が出ていたタイミングだった。

「住宅業界は労働集約型です。企画、営業、設計、施工、工場での生産、保守とそれぞれの部門の社員が動き回るのです。ではその中でITを使って何をやるのか? 我々が考えたのは『人の動きを楽にしよう』ということでした」(上田氏)

それまでは各部門向けにITシステムを構築してきたため、システムもデータも部門ごとにバラバラに管理されていた。

「当時ショックだったのは、後工程を前工程に移すことで業務精度を上げてコストダウンしたいのに、業務システムが部門ごとに紐付いていたせいで他の部門に移行できなかったことです。工場での業務を営業所のほうに移したいのに、それができない。ITシステムが業務を規定してしまっていたんです」(上田氏)

そこで上田氏は「システムを一元化すれば、部門に制限されず業務をフレシキブルに最適化できる」と考えた。社内で反対の声はなかったが、一方でそれをやる人もいなかった。ならばと上田氏を中心にIT部門が邸情報プロジェクトの企画書を書き、ほかの全部門の役員に話をしに行ったという。

「部門を超えた抜本的な解決が必要になるので、現場部門が主導することでのさまざまな弊害も予想されたため、中立な立場で全体を俯瞰でき、なおかつデータに基づいた提案が作成できるIT部門が旗を立てることになりました」(上田氏)

邸情報プロジェクトによる業務とITシステムの再構築は、総額89億円の大規模な投資プロジェクトとなった。IT投資としては、積水ハウス過去最高の規模。それでも2年目からは年間87億円の継続したコストダウンを実現し、コストをあっという間に回収した。また、システムを最新化するとともに、業務フローの自由度も高まる結果となった。

 

 

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IT業務部の安江正貴氏(左)と笠井然子氏(右)。安江氏は2016年の熊本地震の際、社員同士がリアルタイムで情報共有できる社内SNSの開発を担当した。一方で笠井氏はAppleとのコミュニケーションやデバイスの在庫管理を担当している。

 

 

利用率100パーセントを目標に

次に取り組んだのは、iPadとiPhoneの大規模導入だ。積水ハウスの社員数は2万5000人を超えるが、現在はiPad約2万1000台、iPhone約2万5000台を支給している。所持していないのは一部の内勤の社員のみで、営業所での利用率は100パーセントだ。

スマートデバイス導入のきっかけは2012年。iPadが世の中で広がり始めた頃で、一部の営業担当者が個人で使い始めていた。

「営業先でiPadを使いながら打ち合わせをするとカッコよくて、お客様の受けがよかったんです。電子カタログ代わりに客先に置いていけば、取りに伺う口実にもなりました。ただ、『これ以上放っておくとセキュリティ上に問題が起きるのでは』と懸念が出始めました。そこで、仕事で使うなら、きっちりと仕組みを整えて導入しようということになりました」(上田氏)

当時、スマートデバイスの活用は企業に広まり始めていたが、まだ他社は形だけの導入事例が多く、使いこなせていたわけではなかった。スマートデバイス導入の企画が出たのは2012年10月頃だったが、社長から「やるなら本気で、とにかく使い倒して成果を挙げたい。来年の2月に営業向けに4000台を導入するように」と命じられることとなる。

「どこからiPadを買うかすら決めていなかったのに、半年以内で数千台単位で導入しなければいけない。そこから急ピッチで準備を進め、クリスマス間際にようやくレンタルが決まりました」(上田氏)

最初はIT業務部門の100人が使うことから始めた。しかし、アップルIDの登録や初期設定が大変で、「いきなりデバイスを配っても、全員がスムースには使えないだろう」という結論に。結局、IT部門が設定をすべて利用者の代わりに行い、利用者は箱から出して電源を入れたらすぐ使えるような状態にした。

「利用者ごとに初期設定し、必要なアプリもダウンロードします。たとえば、営業は電子カタログが必須ですが、客先の家次第では通信状況が悪いこともありますよね。だから、電子カタログのデータをすべてローカルに入れた状態で渡すようにしました。今でこそ『ファイル』アプリなどに直接データを保存できますが、当時はiPadに直接ファイルを入れることは難しかったので大変でした」(上田氏)

また、他社では特定部門での導入事例が多かったが、積水ハウスではデバイスの全員配付と利用率100パーセントを目標にした。事前検証のなかで、全社員が使うことで効果が最大化できると判断したからだ。特定の部門主導ではなく、IT業務部門が主導したからこその目標設定とも言える。

ではなぜ、数あるタブレットデバイスの中からiPadを選んだのか。その理由は、導入の責任者だった上田部長のこだわりだった。

「当時はアンドロイドで現場向けアプリを作るプロジェクトもありましたが、私がiPadで押し切りました。6年前、高校生の息子にはiPhoneを使わせていました。ある日、息子に機種変更を勧めたところ『2年経ったけれど今のモデルで困っていないからいいよ』と断られて衝撃だったんです。iPhoneを使いこなしている子どもでも、2年前のモデルで十分使えると冷静でした。それなら、iPadも2年でデバイスを入れ替えるレンタルスキームでいけるのではと考えたのです」(上田氏)

当時のアンドロイドタブレットは、1年前でも古さを感じるほどモデルがどんどん入れ替わっており、この状況ではデバイスの管理が大変そうだと感じていた。開発環境だけで言えば、アンドロイドアプリを作れる人のほうが多かったが、それ以外のメリットがなかったのだ。

「子どもの感性は正しいので結構信頼しています。iOSのほうが管理の負担も少ないですし、iPadを選んでよかったです」(上田氏)

 

200以上のアプリを内製

ハードウェアの導入が決まれば、次はソフトウェア周りの整備だ。当時、ベンダーからWEBアプリの提案があったが、PCとiPadではユーザインターフェイスが異なるため、iPad上では使いにくい。そこでIT業務部門が一から必要なツールをすべてアプリ開発することになった。

「正直しんどいと思いました。ただ、4000人が使いにくいものを使うのと、100人のIT部門が苦労するのとでは、どちらが効果が大きいのか。それを考えれば、IT部門が汗をかいたほうがいいですよね」(上田氏)

最初の半年はiOSの開発メンバーを増やすことになったので、その間にPC専門のSEには、iOSアプリの開発を覚えてもらった。現在、メインシステムの開発メンバーは200名ほど在籍しており、PCとiPad両方のソフトウェアを開発できる人材が揃っている。内製したアプリは200を超えた。

「PCは高性能化しているので、現場から要望が出たらその機能を作ったほうが楽です。一方、iPad版では現場で本当に使う機能なのか考えながら、不要な機能は削ぎ落としていきました。PCに比べてメニューが少ないと怒られるかと思ったら、結果的にiPadのほうが使いやすいと言われるようになりました」(上田氏)

利用率100パーセントを実現するためには、徹底した利用者ファーストでなければならない。機能の選別だけでなく、日付1つ入力するにも、カレンダー表示がいいか、クルクル回るピッカーにするか、現場社員やSEと話しながらひとつひとつ決めていった。

すると意外にもiOSアプリを一から開発したことで、PC版ソフトのほうにも好影響が出てきた。IT業務部員の安江正貴氏は、「PC版のソフトも洗練されるようになった」と振り返る。

「今まではPC画面に業務的にメニューを並べていましたが、PC版を作れば結局iPad版も作ることになるので、構成を合わせるようになりました。iPad版では機能を削ぎ落とすことを考えます。その結果、PC版にもフィードバックされ、使いやすい画面に進化していきました。iPadファーストで考えるようになった今では、PC画面を見ただけでiPad導入前に作られたソフトかどうかが見分けられるようになったほどです」(安江氏)

また、iPad導入において上層部がもっとも気にしていたのが、セキュリティ面だ。数千、数万人単位でデバイスを使う以上、紛失や盗難のリスクは避けきれない。そこでIT部門はデバイスは失くす前提でのセキュリティ対策を考案。24時間受付のコールセンターを設置し、もし紛失したときはリモートでiPhoneから操作できるようにした。

「利用率100パーセントを目指す以上、失くすのを怖がって持ち歩かないという発想はしません。デバイスは外でもどんどん使ってほしいですが、その代わり、なくしたらすぐに連絡してほしいという決め事にしました。おかげで、今のデバイスの利用率はほぼ100パーセントを達成していますし、紛失による情報漏えいもありません」(上田氏)

 

 

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社員向けには200種類以上のアプリがあるが、それらをダウンロードできる「積水ハウス版App Store」も内製している。「営業」や「設計」などのタブが並び、それぞれの担当が使うべきアプリが一覧・ダウンロードできる。

 

 

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社員向けには200種類以上のアプリがあるが、それらをダウンロードできる「積水ハウス版App Store」も内製している。「営業」や「設計」などのタブが並び、それぞれの担当が使うべきアプリが一覧・ダウンロードできる。

 

 

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住宅展示場向けのアプリでは、物件の実例や積水ハウスの先進技術についてのコンテンツを閲覧できる。写真がふんだんに用意されているので、自分たちの人生設計に合わせた理想の家づくりをイメージしやすい。

 

 

熊本地震でiPadが活躍

具体的に現場ではどのようにiPadを活用しているのか。全社員に共通するのは、メールチェックや資料共有、在籍確認などでの利用だ。ほかにも、営業は客先でのプレゼン、現場監督は出先での図面確認や検査結果入力、保守は点検で必要な情報の確認・結果入力などに活用している。

「現場監督や保守に所属する年長者は、PCをあまり使ってくれなかった人たちです。でも、iPadはこの2業種の利用率が一番高く、今はiPadなしだと仕事が回らないくらいです」(上田氏)

たとえば、今までの保守担当は毎朝出社して、今日自分がどの家を巡回するのか、PCから業務システムにアクセスして確認し、図面や地図を打ち出す必要があった。また、客先でメモした情報があれば、帰社してそれをPCで入力する作業も発生していた。しかし、今ではiPadから直接業務システムに入り、巡回予定の家を確認したり、必要な情報を入れられる。PCを経由する手間が省けたことで直行直帰が可能になり、月15時間残業が減った。

もっともiPad導入の成果が出たのが、震災時の対応だ。1995年の阪神淡路大震災では、人が現地に出向き歩き回ることで情報を収集していた。2011年の東日本大震災のときはすでにIT活用が当たり前の時代だったが、被災地はネットワークがつながらず、PCも壊れていた。そこで、本社からノートPCを送り、IT担当者も現地に出向き、データ収集が可能な環境を整えた。しかし、現地で被害状況を入力したあと、それを本社が分析して指示を出すまでに1週間ほどの時間を要していた。

状況が大きく変わったのは、邸情報プロジェクトとスマートデバイス導入が進んでいた2016年の熊本地震のとき。現場担当者はすでに全員iPadを所有し日々の業務で使いこなしていた。そこで、地震翌日には被害状況を入力できるアプリをIT業務部門が開発。エリアごとの被害状況、顧客ごとの対応履歴など、必要なデータを登録することで、被害状況をさまざまな角度でリアルタイムに“見える化”した。

「気象庁の伝える震度と、実際の現場の被害状況は違います。だから、現地から上がってくるデータを見ながら、重篤なエリアに重点的に人を配置するなどより的確な指示出しが可能になりました」(上田氏)

大規模な災害が起きたときは外からの応援も来るが、土地勘がなく見回りの効率が悪いという問題もあった。そのため、専用のマップアプリを作り、どのエリアに誰が行ったのか、情報の記録と共有ができるようにした。

「おかげで人の配置がスムースでした。あれを見たときは、『まさがうちにこんな動きができるなんて…』と感動したものです。住宅業界は一昔前まで、ITとは程遠い世界でしたから。iPadを導入したことで、いつでもどこでもコア情報にアクセスできるユビキタス環境が整い、情報伝達スピードと精度が格段に向上しました」(上田氏)

誤解してほしくないのは、これらの成果はiPadを導入したからではなく、その前に邸情報プロジェクトで情報を一元化していたことによる効果が大きいということ。もし従来型の部門別のシステムのままだったら、業務ごとにアプリを作って、それぞれのデータを担当ごとに見に行く必要があっただろう。しかし今では、社内のほとんどの情報は、権限を与えれば職種関係なく扱える。おかげで顧客への対応スピードと質がアップし、大規模な震災にも対応できる成果を出せたのである。

 

 

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勤態管理アプリではチームメンバーの残業状況を確認できるほか、勤態申請の承認も可能だ。以前は上長が出張すると、その期間分の部下の勤態申請が溜まってしまっていたが、今は全国どこにいてもiPadアプリから承認できるようになった。チームメンバーも同様に出先で勤態を登録できる。

 

 

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社内SNSアプリは熊本地震をきっかけに安江氏が開発した。インラインで写真が入れられるほか、メンバーごとの既読/未読がわかる。災害時の安否確認に使う事業所があったり、写真を投稿して出張時の業務報告に使ったりする社員もいるという。

 

 

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社内SNSアプリは熊本地震をきっかけに安江氏が開発した。インラインで写真が入れられるほか、メンバーごとの既読/未読がわかる。災害時の安否確認に使う事業所があったり、写真を投稿して出張時の業務報告に使ったりする社員もいるという。

 

 

アップルIDに悩まされる

邸情報プロジェクトとiPad導入によって、日々の働き方から震災対応まで業務はドラスティックに変わったが、デバイス管理にはまだ手間がかかることも多い。特にアップルIDはIT業務部で一元管理できないため、いつの間にか個人のIDに変更している社員もいる。そうなると、同じアップルIDでログインしている社外のデバイスに、いくらでも情報を取り出せてしまう。

積水ハウスでは2~3年に1度、デバイスを最新版に置き換えている。その際、パスワードの変更が届け出されていないと、アップルIDでログインできないのも困りものだ。iPhoneに確認コードが飛ぶ「2ファクタ認証」は、ユーザによりセキュアな環境を提供する反面、現場では不都合なこともあるのだという。

「アップルの学校向けの管理システムなら、IT管理者の権限が大きく、アップルIDの管理も簡単です。同じ仕組みを企業でも使えるようにしてほしいとアップルに要望を伝えています。世界レベルでのiPad導入事例を作っているので、リクエストに応えてもらえるとありがたいですね」(上田氏)

IT業務部の笠井然子氏は、「デバイスの在庫管理に苦労している」と明かす。

「新製品が出ると、搭載されるOSが変わることもあります。そうするとOSのアップデートに対応する期間が必要になるので、導入前には新OSを搭載する前の在庫を押さえておかなければいけません。利用者には苦労をかけなくてすむよう、常に考えています」(笠井氏)

 

次の目標は働き方の再構築

IT業務部の献身的な取り組みによって、現状の業務は効率化・再構築できた。しかし、今は働き方のルールや環境そのものが大きく変わろうとしている時代。だからこそ、積水ハウスが次に目指すのは、新たなルールのもとでの「働き方の再構築」だ。

「これまでの業務改善のベースにあったのは、『今までの業務をiPadでやったらもっと便利にできる』という考えでした。自社を含め、多くの企業の業務フローはPCを前提に作られています。しかし、その枠を取っ払ったらもっと抜本的に業務を変えられるのではないでしょうか。それが真の働き方改革になると思っています」(上田氏)

たとえば、少子高齢化によって新築の着工数は減っているが、現場監督の人数は減っていない。それに気づいた当時の社長の一言がきっかけで、現場監督の働き方を調査したところ、たしかに10年前に比べて現場監督1人あたりの持ち物件数が半分以下になっていることがわかった。しかし、労働時間は10年前と変わっていない。会議や事務関係の仕事が増えていたのだ。

理由の1つに、住宅における各種規制の厳格化による検査項目や書類の量が増えた点が挙げられる。それに比例して必然的に会議も増え、現場監督が現場にいる時間が、全業務のうちの30パーセントにまで減っていることが判明した。

そこで、経営層の「現場監督は現場業務が中心であるべき」との想いから、現場業務時間の比率を50パーセントにまで上げることを目標にした。デバイスのログを取り、誰がどの業務にどのくらい時間をかけているかを調べて、一から業務の見直しを図った。リモート会議システムなどさまざまなITツールを活用し、業務の断捨離を遂行。PDCAを回すため、四半期ごとに現場監督の業務チェックの報告書も作成した。その結果、1年で残業削減と現場業務時間の比率50パーセントの両立を達成したという。

 

IT活用を支えるのは「人」

上田氏は「今後も業務ごとの課題をゼロベースで見直して改善していきたい」と意気込んでいる。そのためには、「人」と「データ」の力が必要だ。まず、経営層の経験や勘をもとに挙がった課題をデータで後押しすることで、戦略立案やゴール設定に貢献する。次にデータをフル活用し、現場の状況を“見える化”。現場の人間と密にコミュニケーションを取りながら、PCDAを回していく。さらに、IT業務部門の社員全員が全国を飛び回る「キャラバン活動」によって、現場に落とし込む。課題抽出、PDCA、落とし込み活動が機能して初めて、新しい働き方が根づいていくと考えている。

「一番重要なのは現場とのコミュニケーションです。自社はIT推進体制を組んでいて、各営業本部ごとに配置された担当者が定期的に会議して、現場の声を聞いています。キャラバンではIT業務部員全員が全国の営業所を回っており、7割以上の現場の人間とは直接話してきました。ヒアリングした要望はエクセルにまとめ、可能か不可能かで仕分けして、可能なものは実装していきます。IT業務部門はヒアリングと開発、両方を担っているのです」(上田氏)

積水ハウスのIT業務部門が成功しているのは、「導入して終わり」ではなく、現場が活用して業務改善の効果が出るまで、IT業務部門が汗をかき続けるからだ。経営層の声を聞きながら課題を抽出し、現場の声を吸い上げ、IT部門からもアプローチしていく。外を向いて積極的にコミュニケーションを取り続けるからこそ、現場との風通しがよく、意見を伝えやすい環境が出来上がる。

全社員がITをスマートに活用するために、裏側は泥臭く走り回る。そんなIT業務部員のたゆまぬ努力があるからこそ、積水ハウスは成果を出し続けているのである。

 

 

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マイホームを建てるとき、インテリアやエクステリアにこだわりたいという人も多いだろう。ところが、パーツごとに部材を選んでいると、全体の仕上がりがイメージしにくいことがある。そんなときは、カラーコーディネーションアプリを使って、デザインを総合的にシミュレーションできる。

 

 

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住宅という商品を扱うには、さまざまな設備や設計の知識、住宅関連の法律およびルールなどを身につけておく必要がある。それらの情報に簡単にアクセスできるようにしたものが「i技術図書アプリ」だ。不明点をその場ですぐ解決できるよう関連資料を揃えている。

 

 

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一昔前まで、建築図面は手書きで製図し、紙で保管していたが、現在はコンピュータ上で設計するCADが主流となっている。そこで、iPad上でもCADのカラー図面をレイヤー表示できるアプリを製作。必要な図面の情報分だけを表示させたり、手書きメモで編集したりできるようにした。

 

 

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熊本地震の際に作られたのが、災害エリアの状況を入力・一覧できるアプリだ。社員が現地に出向き、被害状況をA~Dランクに分けて入力する。また、写真を撮影してマップに登録し、リアルタイムに現地の状況を本社でも把握できるようにした。その結果、上がってくるデータを見ながら、スピード感を持った指示出しが可能になった。

 

 

積水ハウスのココがすごい!

□iPad導入前に社内ITシステムを再構築してコア情報を一元化
□計4万6000台ものiPad/iPhoneを導入し、全社員が利用できる環境に
□総額89億円を投資した結果、今では年間87億円のコストダウンを実現している



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