黒板とチョークを捨てよ! iPad活用の先に広がる“黒板の無い教室|MacFan

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黒板とチョークを捨てよ! iPad活用の先に広がる“黒板の無い教室

文●神谷加代

Apple的目線で読み解く。教育の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

明治時代に学校制度が始まってから、今日まで教室から黒板はなくなっていない。どんなに新しいテクノロジーが入ろうとも、日本の教室では教師も生徒も、書くことが重要視されているからだ。そんな固定概念を取り除き、“黒板の無い教室”を作ったのが瀧野川女子学園中学高等学校だ。

 

黒板はもういらない

学校の授業といえば、チョークに黒板。教師は前に立って板書を書き、生徒は黙ってそれを写す―昔も今も変わらない、日本の学校にある日常的な光景だ。昨今は、そうした授業スタイルは学習者が受け身であるという理由から見直しも進んでいるが、それでも教室から黒板とチョークはなくならない。

そんな当たり前の“黒板”を教室から取っ払い、代わりに75インチのソニー製4K液晶ディスプレイを2台設置して、“黒板の無い教室”を作ったのが、東京都北区にある瀧野川女子学園中学高等学校(以下、瀧野川女子学園)だ。同校は、2018年10月から試験的にこの教室を設置し、授業研究を実施。このスタイルなら“今よりももっと面白い授業ができる”との考えから、2019年度は全教室への展開を決定した。2016年度から12.9インチのiPadプロとアップルペンシルを1人1台で導入するなど先進的な取り組みを進めてきた同校では、教師や生徒がICTを活用すればするほど黒板の利用が減っていったという。

同校の山口龍介副校長は「iPadの導入以降、生徒たちは自分のアイデアを表現するために、プレゼンテーションや動画制作といったアウトプットをどんどん覚えていきました。教師のほとんどがプレゼンテーションのスタイルで進める授業になったのもあり、もう黒板はいらないのではと判断しました」と語る。

実際、山口氏がそう決める前から教師たちの授業はかなり変化していた。iPadとMacを持って授業をしたり、iPadを2台持って教室に行く教師が出始めたのだ。聞けば、1台の端末でスライドや資料を提示し、もう1台の端末は生徒とクラウド共有しているノートをチェックするという。

「その姿を見て、“ディスプレイ2台あったらもっと面白い授業ができそう?”と聞いたところ、その教師が“できます”と断言したのです。加えて、もっと視覚に訴える授業が作れるようになると聞いて、すぐにディスプレイの導入を決めました」(山口副校長)

黒板をなくすとはいえ、手書きが必要な教科にも配慮し、壁面をホワイトボードにして自由な記述も可能な環境を整備したそうだ。

 

 

瀧野川女子学園中学高等学校の山口龍介副校長(右)、齋藤辰彦教諭(左)。

 

 

テンポよい授業スタイル

“黒板の無い教室”では、どのような授業が行われているのか。齋藤辰彦教諭が受け持つ高校2年生向けの日本史の授業を見学することができた。

授業では最初に、Gスイート(G-Suite for Education)の「グーグルフォーム」を活用し、予習内容を確認する小テストが行われた。生徒たちはそれぞれ自分のiPadプロからアクセスし、選択問題を解いていく。

予習での理解度を把握した齋藤教諭は、続いて本時のテーマである「枢軸国の形成」に入った。右側のディスプレイに要点をまとめたスライドを提示し、左側のディスプレイには、より理解を深められるよう関連する資料や動画などを写していく。可動式のディスプレイには、生徒とクラウドで共有しているノートも提示され、授業の進行が一目でわかりやすいようデザインされていた。

授業は実に速いスピードで進む。齋藤教諭は板書することがないため、その分の時間が短縮されるのは当然であるが、授業自体がまるで歴史番組のストーリーを聞いているかのようにどんどん進んでいく。齋藤教諭の説明に合わせて世界地図や当時の総理大臣の顔写真、日本が国際連盟を脱退したときの動画がタイミングよく映写されると、イメージとともにストーリーがスムースに頭に入ってくる。

当日の学習内容は、日本の軍部が台頭した激動の時代であり、誰が何をしたのかを把握するのはややこしいが、齋藤教諭は抑えるべきポイントを強調しながら、テンポよく授業を進めた。このスタイルであれば、通常の約5~6倍の速さで授業が進められるという。

一方で齋藤教諭は、映像やスライドを見せることばかりに重点を置いているわけではない。授業では生徒とつながることを大切にし、生徒の進捗状況や反応をリアルタイムで把握できるようにしている。生徒とはクラウド型の会議支援システム「メタモジ・シェア(MetaMoJi Share for Business)」を活用してノートを共有しており、生徒一人一人の書き込みを見ながら授業を進めている。

また、学習進度が速くなったことで余剰時間が生まれ、その分をディスカッションや校外学習などのアクティビティに使えるようになった。

「鎌倉時代を学習したときは、実際に鎌倉に行って街を歩いたり、仏像を見学に行ったりしました。有意義な時間の使い方ができるようになりました」(齋藤教諭)

 

生徒たちを次のレベルへ

一般的に、教師にとって“黒板の無い教室”というのは抵抗があるだろう。どんなにテクノロジーが学校に入って来ても、やっぱり黒板とチョークはまだまだ必要だと主張する教師も多いのではないか。これについて齋藤教諭は「書かなくて済むならそれが一番いいと思います。結局、黒板に書いてそれを生徒たちに写させているのは教員の自己満足ではないでしょうか」と語る。要は、教師・生徒ともに板書を写すことが勉強だと思ってはいけないということだ。

瀧野川女子学園のようにICT化がどんどん進む学校では、学びの価値も変わっていく。

「教師と生徒にとって一番面白いことをやることが、これからの学校の進む道だと思います。やらなくていいところはやらない。生徒の力になる設備投資は惜しまずにやっていきたいです」(山口副校長)

これまで、生徒たちが自分で何かをカタチにできる力を伸ばそうと教育改革に取り組んできた山口副校長であるが、今はテクノロジーの力を活用して高いレベルで実践できている。“黒板の無い教室”も、生徒たちがさらにレベルアップできる場にしていきたいというのだ。

「本当のことをいうと、このスクリーンサイズでも小さくて、理想を言うと全面ディスプレイにしたいですね(笑)。技術の制約とコストの問題があって難しいですが。あと4K/HDRの動画を扱うように帯域が足りず、データ転送も無線では困難なため、『5G(第5世代通信)』が早く実用化されてほしいです」(山口副校長)

2019年度からは、すべての教室が“黒板の無い教室”へ変わる瀧野川女子学園。固定概念に縛られず、自由な発想で新しい教育を作ってほしい。

 

 

“黒板の無い教室”では、黒板の代わりに75インチの4K液晶ディスプレイを2台設置している。右側のディスプレイには要点をまとめたスライド、左側のディスプレイには関連する資料や動画を映写。その隣にある可動式のディスプレイには、生徒とクラウド共有しているノートが表示されている。

 

 

齋藤教諭は授業中、4Kディスプレイを2台のiPad Proで制御している。可動式ディスプレイはMacBook Proで制御し、さらにもう1台のiPad Proを手元に持ちながら、生徒とクラウド共有しているノートをリアルタイムでチェックしていた。

 

 

瀧野川女子学園では会議支援システムの「MetaMoJi Share for Business」を導入している。紙のプリントを共有したり、アプリ上で作成したノートを用いて教師と生徒が意見交換を行うなど、リアルタイムのやりとりを重視している。「声に出さない生徒の意見も拾いやすくなった」と齋藤教諭。

 

 

日本史の授業を受けた生徒の皆さん。“黒板の無い教室”について「資料や動画が大きく表示されてとてもわかりやすい」「書く作業が少ないので聞くことに集中できる」などの意見が聞かれた。一方でデジタルとアナログの使い分けも話題になり、「電車の中ではメモに書いたものを見て勉強する」「予習のノートは手書きで作っている」など、それぞれに工夫して活用している様子がうかがえた。

 

瀧野川女子学園のココがすごい!

□iPad1人1台の活用が効果を発揮し、教師も生徒もアウトプットの質が高まっている
□教育の常識にとらわれず黒板を取っ払い、“黒板の無い教室”を実施している
□学習進度が上がったことで生まれた時間を利用し、学校でしかできない学びに挑戦している