肢体不自由児の“やりたいこと”を支えるiPad|MacFan

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肢体不自由児の“やりたいこと”を支えるiPad

文●神谷加代

Apple的目線で読み解く。教育の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

テクノロジーとの出会いは、時に子どもの人生に大きなインパクトを与える。できないことを可能にするツール、または内面を表現するツールとして、“自分の世界”を広げてくれる。児童・生徒たちが求める真のニーズとは? 筑波大学附属桐が丘特別支援学校の白石利夫教諭はその声に耳を傾け続けている。

 

先入観を持たない

一般的に特別支援学校は、知的障がい、聴覚障がい、発達障がいなど、さまざまな領域に分かれる。東京・板橋区の筑波大学附属桐が丘特別支援学校は、大学附属として国内唯一の肢体不自由児を対象とする特別支援学校だ。書くことに困難を抱える児童・生徒が多い同校において、ICTを活用した多様な学びを追求しているのが白石利夫教諭である。同校で長年にわたってICT研究グループを牽引し、ADE2015にも認定されている。

そんな白石教諭がADEを知ったのは、電子書籍作成ツール「iBooksオーサー(iBooks Author)」が出始めた2012年頃に遡る。当時、筑波大学の公開講座でiBooksオーサーのワークショップを企画していた同教諭は、教育機関向けに開催されたアップルのイベントなどに顔を出すようになった。

「当時の研究グループはICTを使って“できないことをできるようにする”ことを目指していましたが、だんだんともっとインタラクティブな教材を作ることができないかと考えるようになりました。iBooksオーサーは音声や動画が埋め込めるので、生徒の選択肢を広げることができると思ったんです」

アクセシビリティに優れたアップル製品は特別支援と親和性が高いと言われており、同校もiPadを導入している。ただ、白石教諭は「アップルだけが良いとは思っておらず、先入観を持たないように気をつけています」と語る。特別支援学校に通う児童・生徒は、一人一人のニーズや状況が異なるため、それぞれに合うツールも違う。現場にはテンキーが必要な児童・生徒や、視線入力を望んでいる児童・生徒もおり、“どうすれば自分の障がいを超えて選択肢を広げられるか”という視点を重要視してテクノロジーを活用しているという。アップルありき、テクノロジーありきの発想ではなく、特別支援が必要な児童・生徒が本当に望むニーズは何かという、当たり前のことを日々大切にしながら教育に向き合っている。

 

 

Apple Distinguished Educator 白石利夫教諭

筑波大学附属桐が丘特別支援学校教諭。担当教科は数学、情報。iPadなどのICT機器を用いて肢体不自由児の学習や生活の幅を広げるられないか、同僚や児童・生徒たちと一緒に日々考えている。数学の授業でもiPadなどを活用しながら数学を教えるというより、児童・生徒と一緒に楽しむことをモットーにしている。2015年にADEに認定。座右の銘は「一生稽古」。

Apple Distinguished Educator(ADE)…Appleが認定する教育分野のイノベーター。世界45カ国で2000人以上のADEが、 Appleのテクノロジーを活用しながら教育現場の最前線で活躍している。

 

 

児童・生徒たちは“表現したい”

白石教諭は現在、筑波大学附属桐が丘特別支援学校で中学3年生10名のクラスを担任している。生徒の多くはiPadやiPhoneを持っており、日常的に学習や学校生活で使用している。用途として特に多いのが「写真の共有」だ。クラス全員で「写真」アプリの「共有フォトストリーム」機能を使用し、授業中の板書やスポーツ大会に出た様子などを共有。友だちの様子や、学校を欠席したときなどの情報共有に役立っているという。

生徒に対しては、個人のニーズを捉えることを重要視している白石教諭であるが、学校内でICTの活用が広がるとともに、そのニーズも変化してきたと話す。

「テクノロジーを使って“できないことをできるように”という活用から、“何かを表現したい”というニーズに変わってきたんです」

最初は、“教科書のページをめくりたい”“カバンの教科書を軽くしたい”といったニーズが多かったが、デジタル化が進んだことで解決。その代わりに、プログラミングや映像制作をやってみたいという生徒の数が増えたという。

実際にプログラミングの取り組みでは「スウィフト・プレイグラウンズ(Swift Playgrounds)」を使った学習やドローンを活用した学習などの実践を始めている。また動画制作では、学習で活用するだけでなく、映像コンテストに向けて共同制作にも取り組んでいる。シナリオから生徒たちで考え、作品の中で何を伝えたいのかを話し合いながら進めてきた。

「生徒たちからは、『“障がい者は大変だね”と言われるのが一番嫌で、“僕らは僕らで楽しんでいる”ということを伝えたい』という意見が出ました。それを聞いたときに、生徒たちはできないこともたくさんある分、やりたいこと、伝えたいことがたくさんあるんだと改めて思い直しました」

テクノロジーを表現活動に使うことで、子どもたちの想いを形にすることができる。これからの特別支援は、こうした児童・生徒たちの想いに寄り添っていくことが大事だという。

ほかにも、白石教諭は大学生とコラボレーションして、特別支援が必要な児童・生徒が使うアプリ開発などにも取り組んでいる。児童・生徒たちがどのようなツールを望んでいるのか、実際に開発者の大学生を教室に招き、児童・生徒たちの生の声を反映しながらアプリ開発に取り組んだ。

「児童・生徒たちには、与えられたツールを使うだけでなく、自分に合った学習環境を自分で作るという発想を持ってほしいのです」

 

 

筑波大学附属桐が丘特別支援学校は児童・生徒が自由なデバイスを許可制で持ち込むことができるが、児童・生徒の多くはiPadを使っているという。「書くことが難しい生徒にとって、iPadはパッと出して、触りながら操作したり、好きなスタイラスやノートアプリを使ったりと、児童・生徒が工夫して学習できることがメリット」と白石教諭。

 

 

iPadが人生を変えた

このように、日常的にテクノロジーを活用している白石教諭であるが、児童・生徒たちの人生にもインパクトを与えている。ある卒業生は、「学校でiPadを借りて映像制作をしたことが自分の人生を変えた」と話した。彼は今、大学で映像制作のゼミに入り、車いすにiPhoneを載せて撮影し、iPadで脚本を書いているのだという。また、卒業生が教員を志したり、大学に進学して宇宙物理学の道に進む者も出てきた。

「彼らは、“iPadを使ったことが自分たちを変えたから、もっと使ったほうがいいですよ”と言うんです。今、ようやく取り組んできたことが実になったのではないかと実感しています」

そんな白石教諭自身もまた、子どもの頃にテクノロジーに魅了された1人だという。幼少期には自宅の隣に電気店があり、その店のコンピュータスペースに毎日通ってコンピュータいじりに没頭していたそうだ。小学6年生のときに初めて自分のコンピュータを買ってもらって以来、さまざまなコンピュータを使い続け、最初に買ったアップル製品はMacintosh Centris。大学でも所属した研究室でアップル製品を使う人が多く、そのときの活用が今につながっていると話す。

「昔から変わったコンピュータが大好きでした。アップル製品は、使いやすさを意識して作られているなと思いますね」

そんな白石教諭に、ADEの存在について聞いてみると、ほかのADEとのつながりの中で情報共有をしたり、互いに刺激し合うことができるといった良さを挙げてくれた。その中でも、特に海外のADEとつながれたことが大きいのだと白石教諭は語る。

「海外のADEの中には教師自身が当事者である人たちもいます。全盲の教師がいたり、補聴器を付けている教師がいたりして、そうした教師が学校で教えているケースもあれば、テクノロジーのコーディネーターとして教育に関わっている人もいます。非常に多様な形で特別支援の教育が行われているし、皆さんとてもアグレッシブなので刺激をもらいますね。アップルが実施する海外の研修は勉強になるので、今後もぜひ行きたいと思っています」

今後はもっと特別支援に携わる教師同士で面白いことをしていきたいと話す白石教諭。教師のできることをさらに広げて、児童・生徒たちの可能性を伸ばしていきたいという。

 

 

動画制作の様子。現在はパナソニックが主催する小中高生を対象にした映像制作支援プログラム「KWN日本コンテスト」の応募作品を制作中。同プログラムでは4Kカメラが貸出され、それを使って動画制作に取り組める。児童・生徒たちは街頭に出てインタビュー動画を撮ったり、寸劇を取り入れるなど新しい表現活動に挑戦している。【URL】https://www.panasonic.com/jp/corporate/kwn.html

 

 

プログラミングの授業の様子。Apple純正アプリ「Swift Playgrounds」を使って、ゲーム感覚でコーディングを学んでいる。同アプリを使って制御するドローン操作も子どもたちに人気だという。

 

 

筑波大学の学生だった岩間祐典さんらとコラボレーションして開発した分数の数式アプリ「FracCalc」(現在は入手不可)。書くことが困難な児童・生徒たちにとって、数式の入力は難しく、「もっと直感的に数式が入力できるように」という現場の声を拾う形でいくつかのアプリが開発された。これらのアプリができるまでは、親や教師に代筆してもらうこともあったが、アプリができてからは、児童・生徒たちが自分で学習に取り組めるようになった。

 

白石利夫教諭のココがすごい!

□Appleありきではなく、児童・生徒のニーズに応じたツール選択を重要視している
□“できないことをできるように”するための活用ではなく、生徒の内面に寄り添う活動を大切にしている
□テクノロジーの活用が生徒の人生にインパクトを与えている