Apple Watchで「熱中症対策」「指差呼称」する施工現場|MacFan

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Apple Watchで「熱中症対策」「指差呼称」する施工現場

文●牧野武文

Apple的目線で読み解く。ビジネスの現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

高砂熱学工業は、空調設備を中心とした、環境ソリューションを提供する企業だ。同社では以前からiPhoneをほぼ全社員に配付しており、2017年11月には400台ものApple Watchを導入。「いいものがなければ自分でつくる」という企業風土のもとに進めるその活用法は、情報共有手段にとどまらなかった。

 

 

情報共有が品質向上につながる

高砂熱学工業は、あらゆるビルや工場、施設などに対し、空調設備を中心とする設計・施工・保守など、建築設備のライフサイクル全体にわたるソリューションを提供する企業だ。同社では、約2000人のほぼ全社員にiPhoneを支給。さらに、施工現場で現場管理を行う技術員を中心とする約400人にアップルウォッチを配付し、コミュニケーションと安全・健康管理に役立てている。

同社の現場での業務は、施工計画、工程管理、品質管理や安全管理など多岐にわたる。大型案件では1年以上に及ぶ施工業務になるが、毎日同じ作業を繰り返すわけではない。施工図の作成から、搬入、施工、試運転など、やるべき施工業務は日々変わっていく。その日の作業を始める前に、技術員は作業員に対して、作業手順や品質・安全の注意事項をリアルタイムに情報共有する必要がある。これをタイムリーに伝えていくことが、業務の品質向上、安全確保のうえで極めて重要になってきているという。

そこで、高砂熱学工業は2015年からiPhoneをほぼ全社員に配り、情報共有をしようと試みた。これは内勤の社員にとっては一定の効果があったが、現場の技術員にとってはある問題があった。

現場では、iPhoneを作業服のポケットに入れることになり、電話やメッセージがきたことはバイブレーション通知ではわかりづらい。確認するには安全な場所に移動してiPhoneを取り出さなければならない。しかも、安全手袋をしているため、操作もままならない。そのため「あとで見る」ことになるが、こうなると人間というのは忘れてしまいがちになる。このような事情で、技術員や作業員の情報共有をどう行っていくかが大きな課題になっていた。

そこでアップルウォッチを導入してみたところ、現場での問題が一気に解決された。手首に着けているので、ポケットから取り出す必要もない。しかも、アップルウォッチは安全手袋をしたままでも操作が可能なのだという。情報共有のスピードは格段に上がった。

「昔と今では、仕事のスピード感がまるで変わりました。今現在の作業に対する注意事項や資材の搬入通知など、リアルタイムに情報共有する場面が多くなっています」(高砂熱学工業東京本店・古川潤氏)

さらに、アップルウォッチの導入は情報共有の確実性という点でも大きな効果があった。

「従来では現場に情報共有をしたい場合、現場責任者が各担当者にメールを送り、それを作業員に伝えてもらうというバトンリレー方式でした。しかし、それでは本当に伝わったのか、いつ伝わるのかどうしても不安になってしまいます。アップルウォッチを使うと、個々人に本当に伝えたい情報を確実に伝えられるという安心感があります」(古川氏)

 

 

高砂熱学工業・古川潤技術一課長(右)と佐藤彰洋BIM推進室長(左)。Apple製品はUIが優れているため、研修コストが少ないことも本格導入の決め手になったという。

 

 

アップルウォッチで熱中症対策

高砂熱学工業のアップルウォッチ活用は、単なる情報共有だけでは終わらなかった。現場の最大の課題といってもいい、現場作業員の熱中症対策にも応用したのである。施工現場では空調設備がない状態での作業が多い。作業場所によっては、温度や湿度が高くなる場合があり、熱中症はもっとも恐れられるトラブルの1つだ。

そのため、従来は一定時間作業をしたら必ず水、塩分と休息をとるルールを課し、現場責任者が危険と判断した場合は作業を一旦止めるなどの措置をとっていた。しかし、熱中症の恐ろしいところは予兆がほとんどなく、異変を感じたときにはもう目眩や痙攣といった症状が出てしまうことだ。これが高所作業中でもあったら、大事故につながりかねない。また、熱中症は本人の素因も大きく、たとえば睡眠不足などでも起きやすくなる。そこで高砂熱学工業は、外部企業と協同して熱中症対策に乗り出した。

熱中症の最大の原因は「温度」と「湿度」なので、まずは作業現場の環境を知る必要があった。しかし、アップルウォッチには温度・湿度センサは搭載されていない(温度・湿度を表示するアプリもあるが、現在地の環境を測定しているわけではない)。そこで、アップルウォッチのバンド部分に取り付けられるセンサを、3Dプリンタを使って製作した。これにより、作業員が置かれている環境の温度と湿度が正確に把握できるようになった。

このセンサはアプリと連係し、決められた時間になると、簡単なチェック項目がアップルウォッチに表示される。内容は[定期的な水分・塩分の補給をしていますか]などで、受信者はこれに対して[はい][いいえ]をタップして答えるだけ。これが大きな効果がある。作業に夢中になっている作業員は、「水分を補給していないこと」を忘れてしまう。改めてアップルウォッチのチェック項目に答えることで、水分補給をしていないことを自覚できるのだ。

チェック項目に[いいえ]と答えると、管理者側のアプリにその作業員の名前がリスト化される。管理者はそのリストから直接連絡を取ることで、万が一の事態を未然に防ぐことができるのだ。

 

 

高砂熱学工業が開発した「IoT温度センサ」。Apple Watchのバンド部分にはめ込む構造になっており、アプリと連係して現場環境の温度と湿度を計測。熱中症対策に活用されている。

 

 

 

 

新たなアプリを次々と導入

高砂熱学工業はユニークな「指差呼称アプリ」も開発している。指差呼称とは、指と声を使って行う、いわゆる「指差し確認」のこと。鉄道関係者がよくやっているあの動作だ。施工現場でも、安全確認のために指差呼称が行われている。指差動作をして声を出すことにより、自分自身に注意を促す効果があるというが、毎日同じ動作を繰り返していると悪い意味で習慣化してしまうケースもある。ここに危険が忍び込んでくる。

「指差呼称はきちんとやれば、安全面で大きな効果があります。しかし、残念ながら毎日の作業の中では、どうしても形骸化しがちです。そこで、アップルウォッチを利用したアプリを開発しました」(古川氏)

アップルウォッチのモーションセンサを利用し、指差呼称の腕振り動作を検知。その回数を記録し、管理者とデータを共有することで、作業員一人一人の安全管理意識が高められる。

また、同社では外部サービスも積極的に活用中だ。現場・内勤に限らず、アップルウォッチを使った健康管理サービス「サークル(CiRQLE)」を実施。日々のアクティビティをチーム単位で競争することで、楽しみながら社員の健康増進を図っている。

 

 

指差呼称アプリも開発。Apple Watchのモーションセンサで指差動作を検知し、その回数をカウントできる。指差呼称は自分への注意喚起にもなり、安全性確保に大きな効果があるという。

 

 

いいものがなければ自分でつくる

高砂熱学工業のデバイス活用の特徴は「自主性」だ。iPhone、iPad、アップルウォッチを導入しているが、基本的なルールは会社が決め、デバイスを使用する個人の創造性を大切にしている。すると、各社員が自主的に工夫して、便利な使い方を考案してくるようになるという。

たとえば、現場に自らワイヤレスイヤフォンのエアポッズ(AirPods)を持ち込み、アップルウォッチと連係してハンズフリー通話をする社員もいる。現場は騒音で声が聞き取りづらいが、エアポッズがあれば作業中もスムースに電話に出られ、問題なく通話ができるのだ。

高砂熱学工業では、こういった現場での工夫や要望を取り入れながら、よりよい働き方の実現を進めるサイクルが生まれている。熱中症対策センサ&アプリに関しては、社内利用を進めて洗練化させている。今回紹介した数々の開発は、すべて1年以内に行ったもので、そのスピード感は驚異的だ。

「2017年9月、社内に『働き方改革推進室』を作ったことにより、IT活用がさらに加速しています」(高砂熱学工業 事業革新本部・佐藤彰洋氏)

また、同社は業界内のリーディングカンパニーであるという自負もある。

「高砂熱学工業には、創業以来“いいものがなければ自分でつくる”という企業風土があるんです。ですから、このようなIT活用も自然なことだという感覚があります。なにより、自分たちで工夫して現場の業務効率や安全性が向上していく仕事は、やっていて楽しいですね」(古川氏)

高砂熱学工業のアップルデバイス活用は、一味違う。既存の機能を活用するだけでなく、現場の課題に応じて、ないアプリはつくる、ないセンサもつくる。そうして、社内の重要課題を一つ一つ解決している。

 

 

現場の技術員にはiPhone、iPad、Apple Watchが支給され、業務進行や情報共有、安全管理などに活用されている。中にはAirPodsを自主的に持ち込み、ハンズフリー通話をするなどして工夫する技術員もいる。

 

高砂熱学工業のココがすごい!

□業界のどの企業にも先んじて、400台ものApple Watchを導入
□現場作業員の健康管理のため、独自に熱中症対策センサ&アプリを開発
□指差呼称アプリも開発するなど、現場のニーズにスピーディに応えている