詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

たか女綺譚

たか女綺譚

【第5回】たか女の話(5)

2015.07.07 | 外山一機

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 わたくしがあのお花さん似の女性を再び見たのは、その年の秋のことでございます。半身が不自由になってからの草干は、まるで人が変わったようにますます俳句にのめり込みました。枕元に筆やら紙やらを並べて、一日中しこしこと何か書いておりました。こういうのを世間では虫の知らせとかいうのでしょうか、それこそ残り少ない命を燃やし尽くさんばかりの形相でございました。そんな様子ですから、枕元の墨がなくなったときなどは夜中でも大声をあげてわたくしを起こすのです。もう赤子同様でございました。それからまた草干は血走った目でわたくしに俳句を作るように迫りましたが、わたくしはそれをはぐらかすたびに胸を痛めておりました。
 半身が動かなくなったために、草干はあっさりと仕事を失ってしまいました。がそんなことも草干の俳句への情熱には関係なく、むしろ余計なものが除かれたために一層俳句に打ち込めるのを喜んでさえおりました。このころでございます、草干が『風知草』の発行人になりましたのは。どうして発行人が草干になったのか、詳しいことは存じません。まるで草干が『風知草』を乗っ取ったようにおっしゃる方もありました。がわたくしはただ、草干の俳句への熱情のなせる業であったのだろうと思っております。
 ある日の夕方、雨が上がった後で、わたくしは虹の出ていることに気づきました。つい門の外に出てゆきますと、あの女性が道の向こうから歩いてくるのでございます。わたくしはぞっとして、あれは見てはいけないのだと思いました。が見てはいけないと思うほど見たくなるのが本当で、わたくしはその女性が我が家の手前で曲がるのを認めますと、性懲りもなくふらふらとついて行ってしまったのでございます。がいくつか路地を過ぎたところでまたしても見失ってしまいました。ところが道の先でその方がこちらを振り向いているのです。それでこちらへ歩み寄ると、
「何か御用」
とおっしゃるのでしたが、お花さんと違って芯のある凛とした口調でした。わたくしは何と答えていいやらわからず、ただおろおろしておりますと、
「三田村さんの奥様じゃありませんの」
「どうしてご存知ですの」
 私が呆気にとられておりますと、くすくすお笑いになるのです。近くでお顔を拝見しまして、この方がいよいよ美しい顔立ちをしているのを知りました。がそれはこの方がお花さんに似ているから美しいのか、それともこの方が美しいからお花さんに似ているのか、わたくしにはわかりません。
「わたし、小田切なみ子と申します」
 わたくしは、矢張りお花さんではないのだと思いつつも、なみ子様のこうした物言いに、ふと何か自分と違うものを感じました。
「ふふ、妙なものですね。こんなところで出会いましたのも何かの縁ですわ…ご主人様のお見舞いにうかがってもよろしくって」
 なみ子様がなぜ草干の怪我を知っているのか不思議に思いましたが、わたくしはなみ子様の唐突な口調に気圧されて、
「今からでしょうか」
と頓狂な声をあげましたので、
「あはは、まさか」
と高くお笑いになるのでございます。なみ子様はわたくしと同い年ほどに見えましたが、どこか危なっかしいような感じもし、それが一層なみ子様の美しさをはかないもののように見せているのでございました。
「そうね明日さっそくうかがいますわ」
 そうおっしゃいますとくるりと振り向いて行ってしまわれました。がいくらか歩いたところでもう一度振り向いてこちらに駆け寄りますと、私の耳元に口を寄せて
「わたしのことをつけてらしたわね」
と言ってまたくすくすとお笑いになるのです。それから今度は本当に行ってしまわれました。
 
草市のあはれや喉あやつれば  たか女
今生は悪妻たらむ青簾
秋天の鎌一枚を手向けとす
 

2015,7,7

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