【第5回】秘密の仕事(福間健二) | マイナビブックス

詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

POETRY FOR YOU 2

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【第5回】秘密の仕事(福間健二)

2015.07.06 | 福間健二+文月悠光

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 夜中もぼくは仕事をしている。パジャマ工場。出荷される製品の点検と働く仲間を眠らせないための、娯楽の提供。心地よさそうなパジャマに囲まれながら、起きていなくてはならないとはね。ぼくの属する班の最古参の、電車に乗るときはいつもパンクロックをヘッドフォンでガンガン鳴らしているというGが言う。さいわい出くわしたことはないけれど、彼のヘッドフォンからは音が漏れている気がする。彼は仕事場でさえ、人のことなんか関係ないという態度である。娯楽。ぼくはレコードをかけて曲と曲のあいだに台本に書かれた文章を読む。コツコツ働け。時は金。油断大敵。努力は報いられる。要約すれば、そんなことになる文章だ。あほくさ。ぼくもパンクはきらいじゃない。ヒップホップの方がもっと好きだけど、ラモーンズもセックスピストルズもクラッシュも盗み読みするのがたのしい音のマンガだ。深夜のパジャマ工場では、パンクとヒップホップはだめってことになっている。それがGには大いなる不満だ。ユキオ、一晩に一回でいいからクラッシュかけてくれよ。そうしてくれたらおまえの自転車にイタズラなんかしないから。えっ、ぼくの自転車になにかしたんですか。ぼくの自転車はクラッシュのロンドン・コーリングくらい本気の自転車ですよ。嘘じゃない。ぼくは夢から戻るときも自転車に乗っている。一昨日くらいから、自転車、へんな音がしていたのを思い出した。見ると後の車輪がマッドガードにあたっていた。足で蹴ってそれを直しているとマリアさんが来た。おはようございます。自分でデザインして編んだニットの長袖ワンピース。ボルドー、えんじ色。きょうの最初の色だ。カッコいいですね。そう言いながら、きょうは彼女がちょっと怖い。まじめに努力して生きていれば必ずいいことがある。口には出さないが、そんなことを言いたがっている表情だ。ぼくがちゃんと努力して生きていないことを見抜いている。いや、考えすぎだろう。マリアさんだってそんなにまじめ人間というわけじゃない。アパートのある国立市東一丁目から中央線をわたって、そのまま北に進み、国分寺市髙木町の、吉村良明さんのところに向かった。吉村良明、ヨシがダブルで、できすぎのような名前だ。ぼくよりも十五も年上の、プロの役者である。いろんな映画に出ている。でも有名っていうほどじゃない。小さな庭とガレージのある二階建ての家。彼の両親の家だが、二人はここに住んでいない。約束した八時半ちょうどだ。彼は遅い朝食をとっていた。トーストとベーコンと目玉焼きとキャベツの千切り。かなりの量だ。一緒に食べないか。いいです。むこうですごいお昼が出るじゃないですか。でも、体力使うよ。大丈夫です。コーヒー、いただきます。吉村さんの妻の安恵さんはもう出かけていた。彼女は国立市の中央図書館で働いている。でも、火曜日のきょうは、図書館は休み。同僚のひとりと奥多摩に行った。彼とぼくは仕事。安恵さんには内緒の仕事だ。二人で歩いていった。生産緑地と呼ばれる、バラ園や植木畑がつづく地域だ。ぼくたちは景色を楽しんだ。きょうはとくにバラがきれいだ。午前のバラ。銃は、いらない。ピンクは、何をしてもかわいらしい少女。黄色は、友情。緋色は、死ぬほど愛している。オレンジは、そうだな、だれかがどこかで待っている。吉村さんが出まかせのようなバラの花言葉を言う。じゃあ、紫は。ぼくが聞いた。秘密の仕事。おれたちがこれからすることさ。
 
 

2015.7.6