口上
東西、東……西ぃ。
さても近時、巷で流行るものに「珈琲ショップ」なるものあり。慌ただしき当世の客人にすこぶる好評にして、廉価、安直にて茶を喫するにこの上なく便利なり。
されど、さる瓦版に文を寄せし女流の物書きあり。曰く、多忙なる所用の合い間のひと時を過ごさんと、かつて何処の町にも灯をともせし「珈琲茶屋」なるもの探せども見当たらず、と。
「ショップ」にあらずして、かの「茶屋」は何処に消え去りし、かと。
かつて津々浦々の町に灯をともし、道行く人々に“いこい”を供せし茶屋を懐かしむの声、近時とみに盛んなり。やや薄暗き店内に音曲流れ、客人ひそやかに語らい、瞑想にふけり、読書に励み、執筆までせし豪の者ありし、かの茶屋は何処に消え去りしや、と?
その昔、この国の空をトキ色に染めにし「トキ」と呼ばれし鳥あり。今まさに絶滅寸前の運命にあり、かの鳥と同じ道を歩みしものならんや?
さにあらず、生き残りておるなり。往時の勢いはなけれども、都の外縁にありて時の潮流に翻弄されつつも、かろうじて生き伸びておるなり。また、地方には未だ脈々として健在なりし、と。
即ち、都の真中はかのバブルなる流行りの病に侵され、地価高騰のあおりを受け、高家賃にての経営あい成り立ち行かず、ことごとく刀折れ、矢尽きて姿を消すのさだめとなりし。 幸いなるかな都の周辺は死角にして、流行り病の難をかろうじて避けうるの運に恵まれるなり。
病終息し、ここにわれら正気に戻りて往時を懐かしむの声、起これり。
われ幸いにして、懐かしきと思われしかの「珈琲茶屋」を四十余年にわたり、下町にありて商い続けし者なり。
ここに、その来し方を省み、思い出をたどり、かつて町々に灯をともせしわれらが「茶屋」の昔日の繁栄と、あわせて、その復活を願いつつ「茶屋事情」を記さんとす。
願わくば、この一巻が、営々として「茶屋」の灯を守り続けおりし仲問たちへのささやかなる応援歌となり得れば望外の喜びなり。