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エクソシスト介護士

【第2回】ストーカー、亡霊と戦う

2016.06.03 | 逢恋

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ストーカー、亡霊と戦う

 

 その夜、俺は奥田佐和子の部屋にいた。

 部屋に上がりこんではいたが、招かれたわけではない。そもそも佐和子は俺という人間をまったく知らない。むろん、見ず知らずの男を部屋に連れ込む女でもない。美人で聡明。 清純にして清楚。それが佐和子だ。毎日、すぐそばで見ているから間違いない。

 今、彼女は奥のキッチンで夕食の準備をしている。

 ワンルームマンションなので、ここからでもよく見える。

 長い黒髪は結い上げられ白いうなじが美しい。

 よくとおった鼻筋と小さいが張りのあるバストが俺のお気に入りだ。

 部屋にはラベンダーだろうか。ハーブのいい香りがただよっている。

 清潔な空間に置かれたインテリアや雑貨は、彼女のセンスの良さを物語る。

 親兄弟は地方にいるらしい。あたたかな家庭でのびのび育ったようだ。

 ちょっとしたしぐさに育ちのよさを感じる。がさつな俺とは正反対だ。

 俺はそんな彼女の美しさにみとれていた。

 こんないい女に一度でいいから好かれてみたい。穢れを知らないこの聖女を抱きしめたい。

 彼女への思いは、次から次へと積もるばかりだ。

 だが俺にはなすすべがない。

 暗い日の当たらない場所で俺は彼女を見るしかない。ほこりと湿気の中から黙ってじっと見続けるしかない。

 

 俺は彼女のベッドの下に息を殺して潜んでいた。

 

 平日はほぼ毎晩忍び込んでいる。

 休日前に忍び込まないのは、朝彼女が部屋を出ないからだ。

 俺は逃げ出すタイミングを失うってわけ。

 いくら好きでもこんな狭い空間に身を潜めるのは十二時間ぐらいが限界だろう。

 本当はここから抜け出て愛の告白でもできればいいのだが、佐和子みたいな女が俺なんかを相手にするわけがなかった。彼女にはやり手で行動力のある男がふさわしいだろう。

実際、俺はその手の男ではない。容姿も能力も人並み以下だ。陰気で小心。根性もない。なのに執念深い。そんな俺が佐和子をそばで感じるには、この方法しかなかった。

 やがてベッドの下で俺の身勝手な妄想は暴走しはじめた。

「ああ……佐和子……」

 俺はいつものように、自分の股間に手をしのばせた。

 その時だった。

 なにか彼女の後ろに見える。なんだろうか。黒い実体のないもやのようなものが浮かぶ。

 そういえばここ最近、よく見かけるのだ。すぐに消えてなくなるので目の錯覚だと思っていた。しかし今夜は違う。はっきりと見える。そしてそれは人型に形を変えた。

「え……」

 俺は静かに呻いた。

 気味の悪い老婆にも見える。彼女の後ろに立っている。

「うわっ」

 俺は自分の口をあわてて押さえた。

 老婆じゃない! 腐乱死体だ! 紫色に溶けかかった人がいる。彼女はなにも気がつかないのか、豚肉を炒めている。超やばいんじゃね! これ! 俺は心の中でつぶやいた。

 本来ならすぐにでもここを出なければならない状況なのだが。震える体を抱きしめ俺は声を殺した。

 彼女はできあがった料理をベッド脇のちゃぶ台に並べ、食べ始めた。

「いただきまーす」

 鈴を転がしたような明るく澄んだ声がした。顔が美しいと声まで美しい。

 などとのんびり感想など言っている場合じゃないのだ!

 彼女に憑いていた魔物はいつのまにか俺の隣にいる! ベッドの下、俺のすぐそばに横たわっている!

「うぐぐぐ!」

 俺は必死に声を殺した。幸いなことに彼女はテレビをつけた。

 音楽番組が俺の気配を消した。だが、魔物はまだ隣にいる!

 そいつが俺を見て笑った! その瞬間、髪が抜け、目は眼孔から溶け落ちた。

 ぶにゅぶびゅぬるにゅるという言葉では表現できない感触が伝わる。

「はぐ!はぐぐ!」

 失禁しそうになった時、俺は気絶した。

 

  * *

 

 次の日の朝だった。

「いけない!遅刻しちゃう!」

 と、大慌てで彼女が出て行った。

 その物音で俺は気がついた。昨夜と同じベッドの下だった。

 はっと、記憶が甦った俺は一目散に逃げ出した。

 

 俺の部屋は佐和子の部屋の真上だ。彼女を身近に感じるには最高の部屋だ。

 彼女の鼻歌やシャンプーの香りも、排水溝から手に入れることが出来る。

 そんな夢のような部屋も今では憂鬱なことおびただしい。

 なんせあの魔物がいるのだ。排水口から手が伸びてくるかもしれない!

「なんなんだあれ!」

 俺は震えだした。

 

「いったいどういうことですか!」

 俺は不動産屋にいた。とりあえず、物件にいわくがないかどうか確かめておきたかったのだ。もちろん彼女の部屋での出来事だとはいえない。俺は自分の部屋で霊体験をしたと言い張ってみた。

「おかしいな……。そんなはずは。503号室でしょ? お客さん」

「そうです!」

「403号室ならわかるんですが……」

 それは彼女の部屋だ。やっぱりなんか隠しているな。

「なんだよそれ! なにがわかるんだよ!」

 俺は声を荒げてみた。

「いや、大きい声では言えないんですが……」

 おやじの声は小さくなった。

「自殺がね……あったんですよ」

「え……」

「若い、二十歳ぐらいの女性が首をつって……。発見されたのは

 一ヶ月ぐらいたってからでね。夏の暑い時期、近所から変なにおいがするって」

 だからか! 本当に腐っていたのか! 俺は頭がくらくらしてきた。あのベッドが置いてあった場所だろう。首をつったのは。

「でも、その後に住んだ方はなにもおっしゃっていませんでしたので」

 ウソつけ。いわくつき物件には短期バイトで誰か住まわすって聞いたぞ。一回誰か住んでしまえば、その次の住人にはいわくを話す義務がなくなるからな。

「心配でしたら……お祓いなさってください」

「そっちもち?」

「いえ。お客様自身で……」

 

  * *

 

 ばかばかしくなったので俺は黙って不動産屋をあとにした。

 キッチン、風呂付、魔物憑きかい。ま、いいか。俺の部屋じゃねーし。

 

 俺はひとり自分の部屋に戻るのが嫌で、スタバで考えた。

 お気に入りのキャラメルマキアートを口に含めば、少しは落ち着いた。

 しかし今日は味がしない。貧乏ゆすりもとまらない。

 だけど、もし佐和子に何かあれば俺はどうなるのだろうか。俺は、爪を噛み噛み考えた。

 女神を失った俺は何を楽しみに生きていけばいいのか。彼女のいない世界など俺には考えられない。ならどうする! 助けるのか! 誰が! 俺か? どうやって!

 俺は貧乏ゆすりしながら爪を噛み、頭をかきむしって思案に暮れた。異常な汗と白いフケがテーブルにおちた。周囲の客が離れていくような気がしたが、どうでもいい。

 だいたい、あんな魔物がいるにもかかわらず佐和子は気がついてない。ということは、彼女に霊感などなさそうだ。そんな人間なら霊の話などしても胡散臭く見られるだけだろう。いや、へたをすれば彼女に嫌われるかもしれない! それは困る! それは絶対避けたい。彼女に嫌われでもすれば俺は生きていけない。と、ここまで考えたらおかしなことに気がついた。そもそも俺は彼女に好かれているのか?

「……」

 第一、彼女は俺のことなど知らない。まずは自己紹介からはじめなければならない。

 そんな接点があるならはじめからストーカーなんかしない。普通に友達からはじめればいいのだ。

「……」

 

 帰り道、とりあえず近所の神社でお札を買った。初詣でも買わない一番高いお札を買った。彼女の分もと思ったが、知らない男からお札を渡されたらそれこそがホラーだなと思い、自分の分だけ買った。

 

 部屋に戻った俺はすぐさまお札を貼った。そして部屋中に、集めたエロ本をまきちらした。裸の女の写真があれば、霊もなんとなく気まずい雰囲気にのまれ出てこれないのではないかと思ったからだ。え? 浅はか? なんとでも言ってくれ。

 じゃ、お前、この部屋に来てみろや!

 

 ま、いいや。とにかく佐和子を助けなきゃ。

「さて、どうするか……」

 俺はテレビをつけた。そして入力をきりかえた。画面には彼女の部屋が映し出された。

 当然部屋にはカメラが仕込んである。盗撮だ。昨日まではこれが楽しみと興奮をもたらしてくれた。

 だが今日は違う。佐和子はなにか咳き込んでいた。音は聞こえないのだがあきらかに苦しそうだ。

「……」

 ひどく咳き込む彼女の後ろ……。なにかぶらさがっている……。

 俺はテレビを消した。

「足……だよな……」

 彼女の後ろでぶらんぶらんしていたの。

「そう来たか……」

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