糸谷六段の名著に触れて (小川の書籍レポート 第6回)


 1月12日の土曜日、所司七段の弟子である石田直裕四段の昇段祝賀パーティーに行ってきた。23歳といえば、大学卒の新入社員と同じ年頃だが、自分の入社当時よりずっとしっかりした言動で非常に好感が持てた。所司一門には渡辺竜王、松尾七段、宮田敦六段と偉大な兄弟子がいるが、彼らの後を追う活躍を期待したい。


 さて今週は1月下旬発売の新刊3点が手元に届いた。
 山崎七段の「逆転のメカニズム」、糸谷六段の「現代将棋の思想 ~一手損角換わり編~」、菅井五段の「菅井ノート 先手編」の3点である。
 いずれ劣らぬ力作だが、特にお薦めしたいのは糸谷さんの本。私は島さんの「角換わり腰掛け銀研究」と肩を並べる名著だと思っている。
 百聞は一見にしかず。前書きの全文を公開するのでお読みいただきたい。著者の力の入れようがお分かりいただけるはずだ。
―――――――――――――――――――――――――――――
まえがき
 本稿においてのメインテーマは題目にもある通り一手損角換わりである。となれば、本稿の目的は一手損角換わりについての説明となるわけだが、その目的は何をもってすれば満たされるのだろうか? 単に戦術的な面について述べるに留まるのでは、一手損角換わりの一面についてしか描写できておらず、研究書ならばともかく解説書を名乗るには不満があるのではないだろうか。研究手順のみをつらつらと書き述べることもまた必要なのではあるが、研究手順は時代時代においてすぐに変革されていくため、本の価値を長く残そうと思うのであれば、研究手順の前に、「どうして一手損角換わりを指すのか」「一手損角換わりという戦法はどのようなことを狙っているのか」ということをおろそかにしてはならないだろう。
 そこで、本書はまず一手損角換わりという戦法がどのようなことを目指しているのかということを、近年の将棋界における研究の変転から見ていきたいと思う。
 近年の将棋界では、後手番の苦しさは当たり前の事実のように語られている。後手番が初めて勝ち越した2008年から、未だ四年しかたっていないというのに、である。この四年の間にどのような革新が起きたのであろうか?
 思えば、四年前は様々な後手番戦法の革新がなされた年であった。ゴキゲン中飛車、一手損角換わり、横歩取り△8五飛戦法など、多くの戦法が高い勝率を挙げたのである。しかしながら、今年までの流れにおいて、ゴキゲン中飛車と一手損角換わりの勝率は衰退し、△8五飛戦法もバージョンアップを繰り返してはいるが苦戦を強いられており、また角交換型振り飛車も成功を収めているとは言い難い。
 では、こうした後手番の苦境はどのようにして生まれてきたのだろう。私見だが、それは棋界においてその戦法の目指すところが正しく理解され始めたからなのではないかと思っている。このことを詳しく述べる前に、前述の戦法群、そして旧来の後手△8四歩と後手振り飛車を含めて、その戦法が基本的には何を狙っているのかということの説明が前提として必要であると思われる。さらにその前提として、後手の戦法の説明を行う前に、現在の先手の基本的な態度について述べる必要があろう。
 よって、本書の構成は以下の通りとなる。まず第一章にて現代の棋界において一定の勢力を占めている後手の戦法をそれぞれ検討する。第二章において本書のメインテーマであるところの一手損角換わりの目的の解釈と歴史の流れを追う。第三章では一手損角換わりの過去の問題、第四章ではその後の現代の問題である一部のテーマ、第五章、第六章においては最新のテーマを手順と共に扱いたい。
                        平成24年12月 糸谷哲郎
―――――――――――――――――――――――――――――

 なお余談だが、弊社の将棋書籍は新聞の用字用語に合わせて漢字かひらがなを選択しているが、この本だけは著者のイメージを尊重してあえて難しい漢字を使った。
(株式会社 マイナビ 小川明久)

カテゴリ: 新刊案内, 新商品案内, 編集部から
タグ: