【ミステリーは新書の中に3】旅の始まりは羽田か、成田か(中編)


★★★前回までのあらすじ★★★

編集3号は後輩の頼みを断れず、福岡県在住の謎の人物と会うため、一路、羽田を目指す。その途中、電車で隣に座った乗客から、人間の尊厳を傷つけるような理不尽な罵り方をされる。3号がさすがに言い返してやろうと、その乗客を睨みつけると、それは旧知の人物だった。

★★★★★★★★★★★★★

「また、お前かよ~」

3号は地球の裏側、ブラジルあたりから地核を突き抜けてきたような、深すぎるため息をついた。

中山詩織は、中山誠一の妹で、たしか今年二十歳になったばかりのはずだ。

大きな目と、ちょっとふっくらと出ているほっぺたがチャームポイントで、誠一によると、小さいころからそれなりにモテていたらしい。兄自慢の妹というわけだ。

しかし、3号はその兄の意見に素直に納得できない。

(どう考えたって、性格が悪すぎるだろ……)

とにかく、3号に対してだけ、詩織は口が悪くなるのだ。誠一や、そのほかの人々には、とても丁寧かつ心をくすぐるような言動ができる詩織だが、こと編集3号に関しては、猫の皮をかなぐり捨て、これでもか、というくらい意地悪をしてくるのだ。

(10歳以上も年下のやつに意地悪される俺っていったい……)

3号は中山兄妹とかかわるたびに、自分のいくじなさに自信をなくしていく。なら、付き合わなければいいじゃないか、と突っ込みたくなるところだが、3号にとっては、なんだかんだでかわいい後輩とその妹なのだ。

「で、今度は何をたくらんでるんだ?」

中山誠一が後輩となって以来、誠一が連れてくる諸問題を解決するのに、なぜか3号はその妹と駆けずり回るはめになってきた。最初は、ろくでなしの兄のために奔走する兄思いの素晴らしい妹だと思っていたが、何件か事件を解決するにつれ、諸悪の根源がこの妹にあることが分かってきた。

中山兄妹が持ってくる事件は、詩織発、誠一経由でもたらされるのだ。

「ところで3号さん、もう飛行機のチケットってとっちゃいましたか?」

人の意見を無視するのも、中山兄妹の似なくていい共通点である。

「1時間前にお前の兄から福岡に行けって言われて、それから編集長に事情説明して、取材ってことで出張許可(といっても自費)が出たばかりなんだから、チケットとるひまなんてあるわけないだろ。これからだ、これから」

「よかったぁ。じゃ、私の分もお願いしますね」

大きな目を猫みたいに細めて、満面の笑顔で詩織は言った。

「は?」

「いやぁ、3号さんに会えなかったらどうしようかと思ってました。まぁ、兄から3号さんが乗るルートは聞いていたんで、品川駅で張っていたんですよ。兄いわく『先輩はいつも同じ車両の同じ座席にしか座らない進歩のない人』ということだったんで、相変わらず進歩がなくてよかったです」

3号は無言で詩織の前に右手の手のひらを上に向けて差し出した。

「お金ならありませんよ。あたりまえじゃないですか。何年、私と付き合っていると思っているんですか?」

「俺も金がない」

事実、3号の所持金は4万円ちょっとで、この時期、今から航空券を取ろうとすれば、福岡空港まで航空大手の大空ジャパン航空で片道3万7000円弱はかかる。

だが、詩織は動じた様子もなく、3号が差し出した手のひらに本を載せてきた。

「なんだ? 『我欲を捨てるとうまくいく』?」

書名を読み上げた3号に対して、詩織は軽やかな口調で言い放った。

「3号さん、その口調は我欲に取りつかれている証拠ですよ。これでも読んで、まっさらな心になってください。これだから、オヤジはいやなんです。それにいま所持金がないなら、カード使えばいいじゃないですか。うまくいけば、先方が交通費立て替えてくれるんですから。まぁ、失敗しても詩織のお財布は痛まないように、ここは年上かつ社会人の3号さんが率先して立て替えるべきだと思いますけどね」

3号はため息をつきながら、頭の中で「航空券ってボーナスの一括払いはできるんだっけ?」と今後の返済計画を練り始めた。

(もう、どうとでもなれ。俺は流されるままに生きるんだ)

何かが吹っ切れたような微笑を浮かべた3号に対して、詩織は「気持ちワルぅ」という明らかな嫌悪感を返してきた。

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