中野


 

 

書記と台帳の庭で犬たちが遊んでいるよ

 

すべて在来種だ、耳がぴんと立ち尾が巻いて

 

キャンキャンしたやつらだがその合唱は

 

白く光る雲にも届く美しい歌になる

 

光の犬たちと潑溂と歩きはじめて

 

角を曲がると「旅」を売っている文房具店があった

 

ハンガリー製の色鉛筆で書く文字はふわふわと

 

書くはじからシジミチョウのように飛び立つのだ

 

その隣では揚げ饅頭。その先にはバケツに

 

入れられたどぜうがたくさん、元気よく泳いでいる

 

まるで「五月の風に縮れ」るような蝶と泥鰌の動き

 

犬たちがどぜうを欲しがるが夕餉の支度にはまだ早い

 

それよりお祝いの電話をかけよう

 

タバコ屋の店先の薔薇のようなピンク色の公衆電話から

 

空で目をつぶるきみに声の花束を送ります

 

お誕生日おめでとう、ジェイン・ジェイコブズ

 

 

 

 

寺院に梵語の呪文が書かれている

 

そこに記されたとおりにわれわれの文字への

 

transcriptionを朗誦するといいと思う

 

病を祓い、目を澄ませるためにはね

 

ここは「真言」の村、真実のlogosの堂

 

言葉は声に乗って飛んでいく(verba volant…)

 

「め」とその鏡文字を左右に並べて

 

眼病からの回復を神=仏に祈るのか

 

さらに行くとそこに哲学の庭園がひろがる

 

門に良い心がけが記されている(scripta manent…)

 

「理想の馬に鞭打って絶対の峰に登るんだ」

 

「論理に棹させば舟は物と心の源へと遡るよ」

 

さらに川を渡るとそこでは賢人たちが

 

どこか法廷のような会議をくりひろげていた

 

アブラハムがなぜか必死に謝っている

 

エクナトンがおだやかに両の掌を上げている

 

 

 

5月4日は『アメリカ大都市の死と再生』の著者ジェイン・ジェイコブズの誕生日。これを記念して、中野周辺で学生たちと第1回「東京ジェインズ・ウォーク」を開催した。新井薬師から哲学堂公園、そして哲学の庭へ。頭の風通しがすっかりよくなったところで、この連作もおしまい。ありがとうございました!

 

 

2014.5.7

 

カテゴリ: 遠いアトラス/石田瑞穂+管啓次郎+暁方ミセイ
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