ほとんど十五年前の夜
ほとんどおなじ部屋 ほとんどおなじベッド
その襞奥で虹を架ける ぼくの腕と
脇のくぼみに丸まって 煙草を吸い
D.K.はこう呟いた「ニューヨークから
ロスへジェットで飛ぶより
シスコからトーキョーへ飛ぶほうが
未来にきたってかんじがするわね」
数年後にはテキサスに白くて大きな農家を買い
老いた雌猫とボーダーコリーが写った
クリスマスカードを時々くれた 地上二十一階
完全防音室 ウォッカで生卵の黄味だけ割る
昨晩はブルゴーニュ産の血を呑みすぎて
松風の小説も 海猫の三行詩も聴こえずに
絵本で読んだことのある 酔っぱらった隙に
斧で首をはねられた ヴェルサイユの熊みたく
文字どおり死んだように眠ってしまった
この記憶も時間の幽霊 彼女は千本腕の旅行鞄
西新宿の高層ホテルで。ここは江戸時代までは十二社池が広がり、明治期から淀橋浄水場となる。今朝は枕元のスコッチのピートだけが、海辺のにおいを届けてくれた。
2014.4.30