クリエイターインタビュー 押井守(映画監督)


アニメーションから実写まで、様々な作品を精力的に発表する押井守監督の最新作『東京無国籍少女』が現在公開されています。Creative Nowでは、謎に満ちた女子高等美術専門学校を舞台にしたソリッド・サスペンス映画を監督した押井監督にお話を伺いました。

 

押井守(映画監督)
東京藝術大学卒業後、タツノコプロダクション入社。テレビアニメ『一発間太くん』(1977年)で演出家デビュー。スタジオピエロに移籍し『うる星やつら』ほか様々な作品に参加。『劇場版 うる星やつら オンリー・ユー』(1983年)で監督デビュー。『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(1984年)監督後にフリーとなる。『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』(1995年)では世界中のクリエイターたちに多大な影響を与えた。その他の劇場公開アニメ作品に、1989年 『機動警察パトレイバー the Movie』(1989年)、『機動警察パトレイバー 2 the Movie』(1993年)、『イノセンス』(2004年)、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊2.0』 (2008年)、『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』(2008)など多数。実写監督作品に『紅い眼鏡/The Red Spectacles』(1987年)、『ケルベロス-地獄の番犬』(1991年)、『アヴァロン』(2001年)、『ASSAULT GIRLS』 (2009年)、『THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦』(2015年)などがある。
最新作『東京無国籍少女』が現在公開中。『THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦 ディレクターズカット』が2015年10月10日公開。『GARM WARS The Last Druid』が2015年公開予定となっている。


──『東京無国籍少女』はこれまでの押井監督の作品にあったルールをあえて外した作品という印象があります。世界観を説明する膨大なテキストや状況描写、ギャグなど、これまでの作品で観られた要素が見受けられません。
 
押井守監督(以下、同)「自分でも変えたいと思っていたのですが、今回は自然とそうなりましたね。この作品の前に撮った『THE NEXT GENERATION パトレイバー』では、アニメーションからの流れがあるので、これまでのルールやスタイルを変えるわけにはいかなかったんです」
 
──昨年から今年にかけて、押井監督はこれまでにないほど多作です。『THE NEXT GENERATION パトレイバー』の総監督から『劇場版』(※ディレクターズカット版も)、『東京無国籍少女』に『GARM WARS The Last Druid』と非常に精力的です。
 
「2年間で映画3本とシリーズ物12本を手掛けました。すべて実写作品ですし、これまでにない経験でしたね」
 
──そのなかでも『東京無国籍少女』は特異な作品です。
 
「『東京無国籍少女』では、これまでの僕の作品のように構造に凝る、画作りに凝るという方向性ではなくて、役者さんをじっくり撮ることをベースにして作ってみたいと最初から決めていました。役者さんにしても、これまではすべて自分でキャスティングしてきたのですが、今回は東映さんがキャスティングして、最終決定をさせていただきました。撮影スタッフにしても、東映さんに決めていただいた部分もあって、それにあえて面白いから乗ってみようという部分がありました」
 
──作品の作り方自体も変えてみたということでしょうか。
 
「そうですね。映画って色々な作り方があると思うのですが、『これが正解』とか『こうでなければ駄目』という考え方が変わってきたのです。すべてを決めないと自分の作品にはならないのではないかとこれまでは思っていたのですが、今は色々なやり方を試してみたいと考えが変わってきています」
 
──その心境の変化はどうして起きたのでしょうか。
 
「年齢のせいもあると思います。『自分のスタイルはこうだと』と思いたくなくなったんです。今回も成り行きに逆らわないで撮ってみたら、実際にやれましたから。今は、自分自身のスタイルや価値観が変わっていくことに興味があります。これまでに避けていた激しい流血シーンやセクシャルなシーンも撮りましたし、自分がどこまで変われるか色々とやってみたいですね」
 
──流血シーンといえばクライマックスのアクションシーンの完成度の高さには驚きました。実写では『パトレイバー』のカーシャのアクションが完成形だと思っていたのですが、さらにその先を見せてくれました。
 
「カーシャのアクションは『パトレイバー』という企画の枠内における正解なんです。『パトレイバー』の世界では人殺しが許されませんから、よりリアルな流血を伴う格闘やガンアクションを実写で表現するには、今回のように違う枠でやるしかありません。ただ、『パトレイバー』のカーシャがあったからこそ、今回のアクションができたとも感じています」
 
──押井監督のアクション演出に関しては、「そのさらに先がもっと観たい」という印象の作品もあったのですが、本作では出し惜しみなしで描ききったという感じですね。
 
「今回のアクションでは、役者の身体がもうこれ以上動かないという境地までとことんやろうと決めていたのです。今回それが出来たので、次はどうなるか楽しみですね。アクションに限らずやりきったことで次のテーマが見えてくるので、自分がどこまでできるか確かめたいという気持ちもあります」
 
──透明感だけなく、不穏な淫靡さも感じさせる学園描写も非常に新鮮でした。
 
「学園描写にしても、撮っているうちに手応えを感じたんです。それがあるから実写映画は面白いですね」
 

映画『東京無国籍少女』
女子高等美術専門学校の生徒 藍(清野菜名)は事故で怪我をした影響で根深いトラウマを抱えていた。学校運営者たちに特別扱いされる藍に対して、担任教師や他の女生徒たちは激しい虐めを繰り返すのだった。校内では謎の地震が群発し、さらに藍の精神は蝕まれていく。藍やこの学校には、どのような秘密が隠されているのだろうか。物語は衝撃のラスト15分へと突き進む。
(c)2015 東映ビデオ


 
──アニメーション作品と比較して、実写作品にはどのような魅力があると思いますか。
 
「例えば、実写映画では天気や役者によっても日々計画が変わっていきます。状況を見て反射神経を使う必要があるのですが、それよって新たな発見があったり、手応えを感じることもあります。『今日はどうしようか』というのも実写映画の楽しみなんです。60歳過ぎて急速にそう感じています。それに対して、アニメーションは最初に決めた計画に沿って、図面を書き、作業をパーツごとに分解し、パーツが完成したら組み立てるという作業です。最初の計画通りに組上げる過程で、どう解釈するかしか余地は残っていないんです。大作映画が可能な限りリスクを避けてしっかりとセットを組みブルーバックの前で撮影する。それも素晴らしいのですが、たとえ何十億の予算があったとしても、僕はそれはやりたくないですね。実写を計算だけで撮ったら、それはアニメーションと同じ作り方になってしまいますから。あと、ある種のファンタジー世界を描くにはアニメーションのほうが向いているのですが、人間独特の情念のようなものは役者の存在感からしか出せないと思います」
 
──これからもアニメーション作品と実写作品を並行して監督していくのでしょうか。
 
「アニメーションも実写もそれぞれ魅力があるのでやっていきたいですね。ただ、今の日本ではアニメーションは状況的に難しいですね。『スカイ・クロラ』のような企画は、今では成立しないでしょう。アニメーションの魅力やアニメーションにしか出来ないこともわかっているのですが、ある程度のことを実現するためには予算的なハードルが絶対にあります。昔は実写でやるお金がないからアニメでやったんですが、今は逆ですね。実写のほうが工夫次第でどうにかなる余地があります。『東京無国籍少女』のアクションをアニメでやろうとしても、描けるアニメーターはいないと思いますよ」
 
──押井監督はこれからどのような作品を作っていきたいのでしょうか。
 
「35年間で30本を監督してきて、実写とアニメが同じ数なんです。それだけやって、実写でどう撮るべきか、どうしたら上手く撮れるのかが、ようやくわかってきました。『パトレイバー』ではそれを一部実現できたのですが、本作で実写映画を撮る自在感をようやく身体が手にしたという感じなんです。もうしばらくは、役者さんそのものを撮りたいですね。良い演技というよりも、役者さんの存在自体を息苦しいほどじっくりと撮る。テーマに関しては、来た企画の中で見つけていくと思いますが、エロや暴力は描いていくだろうという気がしています」

 

自身の作品に関して語る押井守監督。
撮影 石森亨


 
映画『東京無国籍少女』は全国公開中となっています。

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