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歴代最年少名人 芝野虎丸の軌跡

第2局 竜星獲得の一局 -対 余正麒七段 ③

2019年10月に、史上最年少の19歳で囲碁の名人位を獲得した芝野虎丸名人。新星誕生のニュースは、囲碁界の枠を飛び出して大きく駆け巡りました。
人前で言葉を発することがほとんどなかったというシャイな少年・芝野虎丸は、いかにして碁界の頂点まで登り詰めたか。
名人を一番近くで見続けた兄、芝野龍之介二段が、その幼少期から名人戦までの戦いを振り返りながら、その才能と人柄に迫ります。

虎丸の強み

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4344と真ん中の白石を捨て、46と左辺を大きくしに行き一段落です。47から黒は中央に圧力をかけて壁を作り、右上一帯を大きくしに行きました。

この右上を大きくしに行ったというのは虎丸の特徴・強みがよく表れていると思います。昔よく使っていた布石は大体相手が打ちこまないといけない状況を作ってそこから戦いを起こすというものでした。また、虎丸の特徴的なものに、相手の石をふわっと封じ込めてから狙うというのもあります。これは私から見た感じなので本人とはずれているかもしれませんが。虎丸は直接相手の石を狙わずに、相手の石を受ける必要があまりなさそうな形にもっていきながら封じ込め、後に狙いを見つけ出すのです。本譜の4751もこれに当たります。私は52までで下辺の白集団にはもうあまり攻撃はできないだろうと思い、ここまでの交換をもったいなく感じてしまいます。しかし、この後の進行には現れませんでしたが、虎丸には見えているものがあるのだろうと思います。私も今までさんざんやられてきて、虎丸の構想を真似ることも多くなりました。このあたりが虎丸はうまいなあと思います。
 

激しくなる

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55と踏み込み、また戦いになりました。白は56,58と大きく攻めようとし、黒は59と全部担ぎ出そうとして激しいことになりました。

黒としては、中央の白の石も生きていないのでむしろ攻めてやろうというくらいの気迫です。また、白にできるであろう傷をうまく突いて外回りに打てるなら捨てることも視野に入れているでしょう。白が薄いから黒が十分さばけ、やれる戦いだと踏んでいるようです。また、直前に厚く展開しておいた中央の黒石も活きてきます。

虎丸は当然55の時点でこうなる展開は予測済みです。地合いとしては白地として大きくまとまりそうだった左辺を荒らせれば黒が優勢です。ただし、黒が生きることができても白に傷がない状態になられてしまうと、今度はその城の厚みを活かされて、中央や上辺の黒石が狙われる展開になってしまいあまり良くありません。そうならないであろうことまで踏まえての55からの仕掛けなのでした。

白は56で下から打って実戦のようにかつぎだされることをなくす選択もありましたが、迎え撃っています。
 

勝負あり

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62から眼をとって勝負です。73から黒がキレイにさばけるかの勝負になりました。

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77のワリコミから逆に白を取りに行きました。82のアタリに対してツナぐと、たった今切った石がとられてしまうのですが

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83と当然利かず、85まで外側の白石を取ってしまっては勝負ありです。

勝勢の難しさ

タイトル獲得がこの時点でほぼ確定的になったわけですが、心理的な面ではここからが非常に難しいところです。私は昔からなのですが、何でもない練習対局でも、目標にしていたような強い人に勝ちそうになると非常にドキドキしてきます。この対局は虎丸にとって初タイトル、それに価値がかなり高い全棋士参加棋戦での優勝がかかっているわけですから、意識しないことは難しいでしょう。盤外のことを考えてしまうとその分だけ隙は生まれるわけですから、何も起こり得ない形勢というところからでも怖いものがあります。あっさり投了してもらえれば良いのですが、相手も粘る価値を見いだせる限りは粘ってくるので、ここから終局までがかなり長いのです。

私は初めてアマチュア大会の決勝に進んだ時、大盤解説をされるということもあり、大勢の前でさらされるのが初めてで緊張しました。それまで緊張するということはめったになく、対局環境で緊張したのはそれが初めてです。その対局では勝ちそうにはならなかったので、本局の状況とは遠いかもしれませんが、大舞台での格上と思っている相手との対戦は感情の変化が起きやすいです。また、その次の私のアマチュア大会の決勝のときも、史上最年少記録がかかっていたこともあり、勝ちそうになってから緊張しました。

これは私の例で、外的要因を事前に確認したことなどが悪影響を及ぼした可能性も高いです。虎丸がこの時大ニュースになることを認識していないならばそんなに緊張はしていなかったかと思います。なんならニュースになった後でもそんなに大きなことをしたと思っていないかもしれませんが。

自分が勝てると思っていない相手への勝利や自分が取れると思っていない記録の樹立など、思わぬ嬉しいことが自分の手でつかみ取れそうだと緊張しやすいのですかね。逆に自分は絶対優勝できるだとか、実力を出し切れば勝てるだとか思っているとあまり緊張しません。

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著者プロフィール

芝野 龍之介(著者)