Web Designing

ウェブデザイニング | Web Designing | 情報戦略でビジネスを加速させる 毎月18日発売

使用説明の電子化解禁と法的責任を理解する トリセツWeb化計画

第3回 トリセツの電子化を取り巻く技術

トリセツの電子化には、まだスタンダードといえるような作成方法や配布・運用の手法などが確立されていない。今月は電子書籍の技術や、現在行われているトリセツの電子化への取り組みを概観しながら、トリセツにおける新しい世界を生み出すためのヒントを探っていきたい。

トリセツの電子化と電子書籍の違いとは

 トリセツのWeb化(電子化)と電子書籍における取り組みとは、ユーザーに提供されるコンテンツがデジタルデータという点では共通だが、似て非なるものである。それは、トリセツならではの体制やフローが存在するからだ。加えて書籍は特定のデバイスをターゲットにした配布が許されても、トリセツの場合は可能な限り多くの人が閲覧可能な状況を提供し、製品やサービスを購入したユーザーに確実にトリセツを提供するという、「企業責任」を果たさなければならない。

 作成工程における最も大きな違いは、電子書籍は少人数による職人技でクリエイティビティの高いコンテンツ作成を指向するのに対して、トリセツの場合は体制やフローに重点が置かれることだ。トリセツは企業責任を伴う情報であるため、複数の部門における内容検証や、その経過のトレーサビリティの確保が必要となる。そのため各社では、たとえばPDFの注釈機能を活用して校正記録を残すといったことが行われている。

 「このワークフローがあるために、すでにトリセツの電子化に取り組むメーカーでは、根強くWordやDTPツールを活用した原稿作成プロセスが行われているという実情があるのです」(情報システムエンジニアリング 代表取締役 黒田聡氏)

 たとえば開発部、品質保証部、サポート部がトリセツの作成とレビューにかかわる場面では、数十名もの関係者が作成・レビューに関与し、その履歴を残さなければならないことなどが、電子書籍の作成とは大きく異なる点である。これを念頭に置きながら、すでに存在する電子化の技術を概観してみよう(以降、本稿ではトリセツのWebでの提供やEPUB、スマートデバイスアプリでの提供を「電子化」と表現する)。

従来のDTPプロセスに電子化の工程を追加する手法

 電子化の手法を出版社の電子書籍の現場に見てみると、Adobe InDesignなどのDTPツールで作業を行い、印刷データとしてのコンテンツを完成させたうえで、EPUBやHTMLへの書き出し機能、またはmobi形式を出力できるプラグインを使って電子化作業を行っているケースが多い(EPUBとmobi形式はコラム参照)。紙と電子版の両方が提供されている出版物は、そのほとんどが通常のDTPのプロセスに電子化の工程を追加するというフローで制作されているのだ。

 トリセツ制作の現場でも、コンシューマ向けのデザイン性が要求されるものは、Adobe InDesignで作られていることが多い。産業機械などのBtoB製品では、同一パターンのレイアウトが繰り返すシンプルなレイアウトだったり、制作ボリュームが非常に大きくなり、改版の機会も多くなったりすることから、トリセツを意識して開発されているAdobe FrameMakerで作られるケースが多い。同製品もEPUBやHTMLを出力することができる。また、同じくアドビシ ステムズが提供しているAdobe RoboHelpは、Adobe FrameMakerからのデータを、レスポンシブHTMLや、EPUB、mobiなどのさまざまな形式に出力することができるようになっている。電子化の時代を迎え、DTPツールにおいても電子化対応に力が注がれているのだ。また、PDFを起点とするのであれば、「デジタルブック」という選択肢もある。トリセツの世界ではWordも立派な編集ツールである。産業機械メーカーではWordでトリセツを作成しているケースが多い。Wordについても、EPUBを出力するソリューションが存在する。

 ところでDTPツールでは、印刷物(PDF)のレイアウトをプレビューしながら編集作業ができるが、HTMLやEPUBでは編集中にレイアウトを確認できない点が要注意だ。蛇足となるが、電子データを出力した後に内容に赤字を入れてしまう流れだけは作ってはいけない。電子データに入れた赤字を、元のDTPデータに反映することをしていると、校正作業はエンドレスに陥りやすい。元データで校正を完全に完了させてから、電子データを生成すべきだ。ワンソースからマルチアウトプットする際の原則である。

電子化を一次的に考える「デジタルファースト」の手法

 電子化を第一に考えた場合、HTMLやEPUBでのレイアウトをプレビューしながら作業できたほうがよい。印刷イメージの作成は二の次の、いわば「デジタルファースト」の発想だ。印刷物を意識したDTPでは各ページに収めることを意識したレイアウト作業を行うが、デジタルファースではページの区切りは成行きまかせ、すなわち「リフロー」で考えることになる。

 EPUBを直接作成・編集するオーサリングツールはいくつかあるが、本命はあるのだろうか。

「EPUBのオーサリングには、まだこれがデファクトと市場に評価されているツールは出てきていません。大手印刷会社も、マンガなどのコンテンツに合わせた独自のシステムを開発して使用しているのが現状です」(業界関係者談)

 HTMLオーサリングツールではAdobe Dreamweaverがメジャーだが、Webサイト構築に強いツールだ。エディタという観点では、「Sublime Text」や「Adobe Brackets」が入力補助機能に非常に優れ、有力となるだろう(表1)。しかし、これらのオーサリングツールは、本来トリセツ作成をメインのターゲットとはしていないため、トリセツのツールとして利用する際にはあらかじめ課題を洗い出しておかなければならない。

 いっぽう、XMLで原稿を作成し、XMLデータからさまざまな形式にコンバートするのも、十数年以上前から行われてきた方法だ。多くの製品を抱えるためトリセツの制作ボリュームが多い大手メーカーなどは、独自にシステムを開発して運用しているケースが多く、メーカーのそれぞれの現場の事情に合わせて作るため汎用性はない。XML化の目的は構造化による品質やコスト、効率の向上であり、電子化ではなかったが、今後、トリセツの電子化に対する要求が高くなるにつれ、DTPデータよりも電子化との親和性が高い手法のひとつとして注目されると思われる。より汎用性の高い手法の登場が期待されている分野だ。

 XMLでトリセツを作成・管理・配布するためのスキーマには、ソフトウェアを中心とした技術文書を対象とする「DITA」や航空船舶を対象とする「S1000D」、学術系を対象とする「JATS」などのさまざま規格が存在する。XMLで原稿を書くためのエディタには、汎用的なものとしてSyncro Soft社の「oXygen」やジャストシステムの「xMetaL」などがある(表2)。XMLの各スキーマからPDFやHTML、EPUBなどのさまざまなデータを出力できるオープンソースや製品も存在する。

 ところで、デジタルファーストを考えた場合、ヘルプや画面面積の限られたデバイスへの配信を考慮したトピックライティングという手法が注目されている。1つのトピックの説明は1テーマにとどめ、他のトピックと文脈(関連)を切り離すことで、それぞれを単独で扱えるようにしたものだ。検索で知りたいトピックだけを表示する、あるいは、ユーザーの行動に反応して次の手順のみをトピック的にレコメンド表示するなど、紙にはできなかったコンテンツ表現のために必要な書き方だ。

現在行われている電子化の主なフロー

preview
従来の印刷・製本を目的としたDTPのフローに、電子データを作成するための変換作業を加えたものが、紙の書籍と電子書籍をハイブリットで販売している場合の制作方法である(01)。はじめからEPUBオーサリングツールを使って電子データを作成するフローでは、印刷データの作成をDTPツールで行うという逆転の手法となる(02)。XMLを起点としたフローの特長は、最終的な生成データをマルチアプトプットにしやすい(ワンソースマルチユース)というメリットがある(03)

トリセツならではの要件を満たさなければ電子化は成功しない

 ここで、電子化を離れて、通常の印刷をゴールとしたDTPツールを中心に据えたトリセツ制作の現場の話をしたい。トリセツには、製品のバージョンアップやリビジョンアップに対応するための「改版」と呼ばれる改訂作業が必ず発生する。また、新製品も類似製品の差分からコンテンツを作成するケースも多い。過去のDTPデータをマスターとして改訂をしていく「版管理」や、バージョンアップされていない機能についてはコンテンツを部品化し、過去コンテンツを流用するなどの、大規模ドキュメンテーションならではの仕組みが必要だ。これらを運用だけでカバーすることは難しく、ツールやシステムの手を借りる必要が出てくる。

表1 おもなEPUBオーサリング/生成ツール、HTMLオーサリングツール
ツール名概要問い合わせ先
EPUBオーサリングFUSEeEPUB3形式に対応したWYSIWYGでの編集が可能なオーサリングツール。目次の自動生成機能をもつ。Wordからのインポートが可能。フューズネットワーク
SigilEPUB2形式まで対応したオーサリングツール。エディターではタグを直接編集する。オープンソース。(OSS)
Smart ePubEPUB2形式まで対応したオーサリングツール。既存のWord、Excel、HTML、EPUBをインポートして編集できるのが特長。エディターはWYSIWYG編集が可能。オープンエンド
EPUB出力一太郎作成したコンテンツをEPUB3形式で出力できる。ジャストシステム
Adobe FrameMaker作成したコンテンツをレスポンシブHTML、EPUB3、mobi、Kindle形式で出力できる。アドビ システムズ
Adobe InDesign作成したコンテンツをEPUB3形式で出力できる。アドビ システムズ
EPUB変換Word2ePubWord文書をEPUB2形式に変換するツール。デジタルコミュニケーションズ
HTMLオーサリングAdobe Dreameweaverプロフェッショナル向けのWebオーサリングツール。アドビ システムズ
Adobe BracketsHTML+CSS+JavaScriptの編集が可能なテキストエディタ。プラグイン形式で機能追加が可能。オープンソース。アドビ システムズ
Sublime TextHTML+CSS+JavaScriptの編集が可能なテキストエディタ。プラグイン形式で機能追加が可能。Sublime

 体力のあるメーカーでは、DTPツールをベースとした制作ワークフローのシステム化を行っているところも多く、それに向けた専門のソリューションも提供されている。これらのことからいえるのは、電子化においても、トリセツが抱える製品開発工程の一部としての性格は無視できず、原稿の「作成」から「管理」までをシステマチックにできる仕組みを提供しなければならないということだ。これが前回の記事でも紹介した「コンテンツ制作の効率化を実現するための仕組み」である。コンテンツ(Content)を部品(Component)として管理するという意味合いで、「CCMS(Content Component Management System)」と呼ばれており、対応製品が多く提供されている。また、ビジネス文書の管理を目的とした「Alfresco」のようなECM(Enterprise Contents Management)製品をカスタマイズし、CCMSの条件を満たす仕組みを実現する取り組みもあるようだ。

 電子化を一次的に考えると、HTML5をはじめとする各種のWebスタンダードなテクノロジーで構築された新しい仕組みが誕生する素地があると思う。しかし、そこには必ずCCMSの機構も考えなければならない。これからチャレンジが必要な分野であり、すでに新たな取り組みもはじまっている。インプレスR&Dが取り組む「Next Publishing」やアンテナハウスの「CAS-UB」などは、電子化を一次的に、印刷用のPDFデータの出力を副次的に考えた仕組みである(表3)。トリセツとしては、Webを一次的に考えた場合の親和性の高さから、市販のWikiを活用した仕組みをメーカーが独自に構築するケースも出てきている。たとえばアトラシアン社の「Confluence」の活用例が増えているようだ。

表2 XML Publishに関連するツール
ツール名概要問い合わせ先
オーサリングソフトoXygen XML Editor多様なスキーマのXML編集を可能にするエディタ。Syncro Soft(インフォパース/アンテナハウス)
XMetaL Author DITA XMLのオーサリングを可能にするエディタ。ジャストシステム(アンテナハウス/アートダーウィン)
CCMSSDL LiveContentDITA対応のCCMS。SDLジャパン
Bluestream XDocsDITA対応のCCMS。Bluestream(インフォパース)
Dante唯一の国産DITA対応のCCMS。インフォグリーン
配布SDL LiveContent ReachPCやタブレットに向けたHTMLの出力。ユーザーのコンテキスト(たとえば製品のバージョンなど)に応じて、表示内容を変えることが可能。SDLジャパン
Mekon DITAWebPCやタブレット、スマホに向けたオンデマンド配信。コンテンツのパーソナライズやSNS機能を持つ。インテリジェントな検索※が可能。Mekon(インフォパース)
Suite Solutions SuiteSharePCやタブレット、スマホに向けたオンデマンド配信。コンテンツのパーソナライズやSNS機能を持つ。ブラウザベースのエディタからの記事投稿やYouTubeなどの動画投稿も可能。インテリジェントな検索※が可能。Suite Solutions(インフォパース)

※CCMS:Content Component Management System
※インテリジェントな検索:キーワードだけでなくカテゴリや類似性などで検索が可能

表3 電子化に力点を置いたマニュアル制作のパッケージやサービス
ツール名概要発売元
パッケージSCHEMA ST4Word、FrameMaker、xMetalなどのオーサリングツールでライティングできる。SCHEMA(ナビックス)
NextDarwinWebブラウザ上のエディタでWordライクに文書をライティング。DITA規格に沿ったXMLを出力できる。ネクストソリューション
Conflunence (WikiWorks)Webブラウザ上のエディタでWordライクに文書をライティング。構造化されたXMLを出力できる。アトラシアン(ナレッジオンデマンド)
クラウドサービスAuthor-itWebブラウザーにダウンロードされたエディターアプリケーションでWordライクに文書をライティング。構造化されたXMLを出力できる。Author-it Software(アイディーエー)
CAS-UB簡易なマークアップで文書を作成、EPUB書籍やPDF書籍のデータをクラウドサービス上で作成できる。アンテナハウス
アウトソースNextPublishing最初に電子書籍を作り後工程で印刷書籍を作成するフローを独自システムで実現。インプレスR&D
ソリューションLibsynergyWebベースで構造化文書を作成でき、デジタルマニュアルやInDesign自動組版による印刷データ作成をベースとした顧客毎に機能を取捨選択するソリューション。情報システムエンジニアリング

配布手法と必須要件である「可用性」の担保をどうするか

 トリセツの配布パターンは、「オンライン公開」とPCやデバイス上でオフラインで読むための「データ配布」に分類される。オンライン公開とは、PCやスマートデバイスでWebブラウザからトリセツを閲覧する形態だ。Webブラウザを備えないPCやスマートデバイスはないので、トリセツの提供形態としては最も汎用性が高い一方で、各デバイスに搭載されるWebブラウザの差異対応が大きな課題となる。PCやタブレット、スマホなど、それぞれの閲覧デバイスに対応したデザイン設計も課題となるだろう。jQueryやCSSフレームワークを使ったレスポンシブWebデザインを実現することを想定しておきたい。ツールとしては、レスポンシブデザインのモックアップを簡単に作成できるアドビ システムズ社の「Edge Reflow」や「Adobe Robohelp」も、レスポンシブWebデザインの制作に対応している。

 オンライン公開のもう一つの大きな課題は、本連載で紹介してきた「可用性の担保」だ。Webサイトの新陳代謝の激しいライフサイクルを考えると、同じ構造下にコンテンツを5年、7年と配置し続けることは難しい。技術的に陳腐化することで、閲覧に障害が出てくる可能性もあろだろう。トリセツの可用性が担保できる仕組みが必要だ。

 一方でPCやスマートデバイスへのオフラインでのデータ配布はどうか。静的なHTMLをインストーラでPCにセットアップして閲覧可能にする試みは、すでに複合機メーカーなどで取り組まれている。タブレットやスマホといったスマートデバイスに対しては、アプリとして配布する手段が考えられる。アプリとして配布する際の課題も、これから議論が必要な分野だ。アプリでのコンテンツ提供を目的にした技術は登場してきている。たとえばAdobe PhoneGap(OSSのApache Cordovaのディストリビューション)は、AndroidやiOSを選ばないハイブリットアプリを簡単に作成できる。HTML5のスキルさえあればよいので、敷居は低い。

電子化でトリセツの常識を超える

 Facebookなどのソーシャルネットワークサービス(SNS)の登場で、情報の発信と入手の主体が代わろうとしている。トリセツをSNS上で展開する可能性も出てくる。

「SNSでトリセツを配信するには、企業責任の担保、情報汚染の防止、トレーサビリティ確保など、いくつかの特殊な要求があります。コンテンツ制作のプロセスでどうやってこれを実現するかが課題となるでしょう」(情報システムエンジニアリング 代表取締役 黒田聡氏)

 コンテンツの見せ方の新しい概念も登場してきた。

「ダイナミックパブリッシングとは、顧客の個別な要望に応じたコンテンツを自動的に組み立て、パブリッシングすること。それをサポートするツールも登場しています」(インフォパース株式会社 代表取締役 関根哲也氏)

 たとえば、セマンテック(意味)やタクソノミー(関連)という情報をもったXMLベースのトリセツコンテンツから、顧客の属性や行動履歴などから、レコメンドするということだ。「Mekon DITAWeb」や「Suite Solutions Suite Share」などのツールが登場している(表2)。

 紙からネットを通じた情報発信に変わることで、トリセツは従来の使用説明の領域を超えた可能性を秘めている。テキストや図版のみならず音声や動画の取り込みも課題となってくるだろう。

 トリセツの電子化をめぐる現存の技術や取り組みをみてきたが、まだこれからの世界であることをお分かりいただけただろうか。業界のスタンダードを生み出すチャンスは、Web業界で働くすべての人々に到来している。

PhoneGap Fan

preview
トリセツは製品購入者だけに読まれる閉じたコンテンツだったが、Webで提供することで、カスタマージャーニー(顧客が製品を購入するまでの一連の活動)を意識したコンテンツの内容に変化していくだろう。機能や使い方の懇切丁寧な内容から、製品の魅力や、顧客にとっての必要性の気づき、顧客が自分なりの活用ができるためのケーススタディなどのコンテンツが積極的に提供されることになる。また、マーケティングや販促、開発、営業、サポートといった他部門との連携の仕組みなども、システム化も含めて、検討されるべき項目となる

トリセツの未来について積極的な意見が交換されるTCシンポジウム

preview
テクニカルコミュニケーター協会が開催する「テクニカルコミュニケーションシンポジウム」では、次の世代のトリセツに関して議論や情報交換をするパネルや特別セッションが用意されている。トリセツの現場と課題を知り、新たな提案の活動をするには貴重な機会といえるだろう。今年は8月26日(火)27日(水)に東京で、10月15日(水)〜17日(金)には京都で開催の予定