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使用説明の電子化解禁と法的責任を理解する トリセツWeb化計画

第2回 Webトリセツの課題をさぐる

さまざまな商品やサービスの使用説明・取扱説明書、いわゆる「トリセツ」に関する国際規格が改定され、電子データで提供することが可能になった。しかしそこには、これまでのWebにはない、義務や責任が生じる。この連載では、そんなトリセツのWeb化について集中的に解説をしていきたい。

Webでのトリセツ展開の特殊事情

 連載第1回で説明したとおり、国際規格IEC 82079-1の発行によって、製品への使用説明・取扱説明書(以下、トリセツ)の添付(同梱)は、製品や利用者、提供方法によっては必須ではなく、Webサイトなどの電子データで別途提供することが許されるようになる。

 これまでトリセツは、原則として製品に添付する必要があり、製品の一部として位置づけられていた。そのため、制作コストは製品の製造原価に計上されてきた。Web化する際には、ここで課題が生じる。

 まず、メーカーにとってWebの予算は、多くの場合、マーケティングや販売・宣伝、総務といった部門が負担し、「販管費」として処理される。一方、トリセツは従来開発部門が制作を担い、費用は製造原価として扱われてきた。Webマニュアルであっても、「製品の一部である」という位置付けは変わらない。そこで、Webマニュアルの制作をどの部門が何の科目で経費処理するかが課題となってくるわけだ。

 たとえば比較的大きなメーカーでは、マーケティングや販売・宣伝の機能が子会社化されている場合がある。この場合、親会社が制作したWebマニュアルを子会社のWebサイトで展開した場合、税務当局の基本的な見方は「利益供与」に当たってしまう。税務当局との調整も含め、熟慮しなければならない点である。

 次に、メーカーとWeb制作(会社)の方で取り組まなければならない課題についてみていこう。トリセツは、該当製品の販売期間あるいは製品の保証期間にあたる、5年や7年といった長期に渡って確実に提供しつづける義務がある。また、メーカーはそのためのコストをユーザーに負担させてはならない。

 従来は、紙で印刷・製本し、倉庫に5年、7年と保管しておけば、トリセツの可用性(継続的に利用できる状態を保つこと)は担保できた。

 しかし、Webとなると事情が変わってくる。Webは常に変化することを指向して作られている。同じデザインや構造が何年もに渡って維持されることすら珍しい世界だ。PDFをWebに置くという手段であればそう難しくないだろうが、HTMLの場合、たとえばHTMLやCSSのパスはWebサイトの構造に依存するし、スタティックにWebサイトに作り込めば、変更時のメンテナンスのコストは莫大となってしまう。Web CMSを導入しても、コーディングレスのメリットを提供するのみで、可用性が担保されるわけではない。

 製品の一部であるマニュアルには、製造物責任法(PL法)がそのまま適用される。たとえばユーザーにトリセツが提供されないというトラブルが発生してしまうと、それは経営責任にまで発展しかねない。コンテンツの永続性を企業責任として担保できない状態では、トリセツをWebで展開することはできないのだ。そのため、トリセツをWebで展開する際には、新たな技術の開発(システム化)や厳密にルール化された運用を定義しなければならないだろう。

顧客のタッチポイントとしてのWebマニュアル

 以上のように、Webにおけるトリセツの展開には大きなハードルがあるのはたしかだ。しかし、Web化することで、製品のユーザーに限らず広く公開することもできるため、マーケティングや販促のコンテンツと関連した動きがしやすくなるという面もある。トリセツの役割が大きく変化し、組織を横断した全社的な取り組みの一部として、位置づけられていく可能性があることにも注目したい。

 従来、製品に同梱するトリセツは、購入ユーザーの目にしか触れないコンテンツだった。分かりやすく利便性の高いトリセツは、製品への評価を高めることはできるかもしれない。しかし、トリセツの制作部門はメーカーにとってコストセンターである。ユーザーの利便性を追求し、トリセツの質や種類を増やそうとすれば、それは原価となり、投資の効果を測定することは容易ではない。

 それがトリセツをWeb化することで事情は変わる。検索エンジンで検索可能にすることで、製品の購入者のみならず、見込み客や従来リーチできていなかった顧客にまで、商品の存在や魅力を伝えることができる。トリセツが、あらたな顧客とのタッチポイントになるわけだ。

 顧客が製品の購入に至るまでの過程を「カスタマージャーニー」と呼ぶ。顧客が製品を知り(Learn)、評価(Try)して購買(Buy)に至り、使う(Use)ことで製品の魅力や利便性を体験し、ソーシャルメディア上や家族・知人・会社の同僚といったリアルな関係性において製品を推薦(Advocate)する。そしてこの製品の認知から購入、推薦までの各フェイズに対して、企業が適切な情報提供やコミュニケーションを行い、顧客体験を向上させ、コンバージョン(売上)につなげていく活動が、「Customer Experience Management(CXM)」である。CXMはまだ新しい言葉だが、顧客が、多くの情報をスマートデバイスやPCから入手する時代におけるマーケティング手法のトレンドと考えられている(CXはUX:User Experienceと表現されることも多い)。

 CXMは、双方向のコミュニケーションが可能なWebであるからこそ実現できる。アクセス解析やソーシャル的なコンテンツの提供、レコメンド、リード情報の管理、顧客のサービス履歴の管理など、さまざまな活動を通して、企業側が顧客体験の構築を促していく。トリセツは、CXMの中でコンテンツの可用性、使用説明としてのガイドラインを遵守しながら、今後はCXMを支えるプロフィット活動となる。トリセツのコンテンツも、単なる手順説明ではなく、ユーザーに対してより付加価値の高いコンテンツであることが求められ、そのための企画力や編集力が必要となるだろう。また、マーケティング、開発、営業・販売、サポートといったさまざまな企業活動に関わる活動となることから、組織のあり方にも変化が求められるかもしれない。

トリセツの制作工程を熟知することが必要

 従来の紙を前提にしたトリセツの現場では、Adobe InDesignやFrameMakerといったDTPツールや、PDFでのレビューや校正で利用するAdobe Acrobatなど、各種ツールに依存した制作工程が、企業ごとに工夫されたルールとともに構築されている。大企業の中には、自動組版を行うための大規模なパッケージや、スクラッチで開発されたシステムを導入しているところもある。いずれにせよ、ゴールは紙もしくは手前のPDFであり、Webサイトへの展開の仕組みや運用のノウハウはまだ確立されていない。これについて考案・提案し、構築を行うのは、間違いなくWeb業界の人間だ。これからはトリセツ業界の人間との交流がはじまるだろう。そこで確実にすれ違いが起きるだろうと予想されるトピックを紹介したい。

 たとえば「CMS(Contents Management System」という言葉だ。Web業界のCMSとトリセツ業界のCMSとでは、内容が大きく異なる点に注意しなければならない。筆者もトリセツ業界に触れたばかりの頃、トリセツ業界でのCMSの使い方に大きな違和感を憶えたものだ。

 Web業界におけるCMSは、WordPressやMovable Typeのように、HTMLコーディングをすることなくデザインやUIを維持したままコンテンツを更新する仕組みのことを指す。いわば「コンテンツを公開するための道具」だ。これに対してトリセツ業界でいうCMSとは、「コンテンツ制作の効率化を実現するための仕組み」を指す。コンテンツの管理には、原稿の進捗管理、誰がいつどのような変更を行ったかの履歴管理、翻訳のステータス管理、完成した原稿の版管理などがある。これは例えば、開発部での原稿作成、サポート部でのレビュー、品質保証部でのレビューと出荷承認という、トリセツならではの体制やフローをサポートするものだ。そのため、このようなCMSの仕組みはマストとなる。このように同じCMSでも役割や機能がまったくことなることと、トリセツにおけるCMSの重要性をぜひ認識してもらいたい。

 CMSには、ワンソースマルチユースの用途に対応し、印刷データのみならずHTMLを出力する機能を備えたものも存在する。ただ、HTMLは副次的な扱いのものが多く、静的なHTMLを生成できる機能に過ぎないものが多い。可用性が担保されたWeb公開の仕組みや運用ルールは別途必要だ。将来的には、コンテンツ制作のCMSとWeb公開の仕組みがシームレスに接続されることが必要になるだろう。

 次回は、現存するトリセツの電子化の取り組みやソリューションも見ていきながら、Web業界が今後トリセツに対してどんな取り組みができるかを探っていく。

企業が顧客のカスタマージャーニーをサポートし顧客体験の向上を図る

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トリセツは製品購入者だけに読まれる閉じたコンテンツだったが、Webで提供することで、カスタマージャーニー(顧客が製品を購入するまでの一連の活動)を意識したコンテンツの内容に変化していくだろう。機能や使い方の懇切丁寧な内容から、製品の魅力や、顧客にとっての必要性の気づき、顧客が自分なりの活用ができるためのケーススタディなどのコンテンツが積極的に提供されることになる。また、マーケティングや販促、開発、営業、サポートといった他部門との連携の仕組みなども、システム化も含めて、検討されるべき項目となる

ワンソースマルチユースの基本的な仕組み

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作成原稿はどのようなデータ形式にも変換しやすい構造化されたデータ形式で管理されるのが通常だ。たいていの場合はXML形式で管理される。XMLをHTMLやKindle、PDFなどに変換するソリューションは個別に多く存在しているが、あくまでコンテンツの生成止まりである。Webやスマートデバイスに展開する際の、可用性担保の仕組みや運用ルールは別の課題として取り組まなければならない

企業が顧客のカスタマージャーニーをサポートし顧客体験の向上を図る

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トリセツの制作におけるCMSは、作業工程の効率化を図るためのコンテンツ管理の仕組みを指す。トリセツにおけるCMSには、パッケージ製品や独自に開発したものがある。原稿や原稿の素材のバージョン管理、履歴管理の機能。原稿のステータスを管理し、かつ各担当者に役割を割り当てていくワークフローの機能などがある。また、グローバルに製品を展開する企業は、10言語以上の多言語翻訳を必要とする場合も多く、翻訳原稿やその進捗の管理ができる機能を備えたCMSも提供されている。また、CMSには、ワンソースマルチユースの用途に対応し、印刷データのみならずHTMLを出力する機能を備えたものも存在する