青空文庫 新着作品

ある神主の話

田中 貢太郎

漁師の勘作かんさくはその日もすこしも漁がないので、好きな酒も飲まずに麦粥むぎかゆすすって夕飯ゆうめしをすますと、地炉いろりの前にぽつねんと坐って煙草をんでいた。
「あんなにおったこい何故なぜれないかなあ、あの山の陰には一ぴきや二疋いないことはなかったが、一体どうしたんだろう」
 その夜は生暖な晩であった。地炉にほだの火が狭い荒屋あばらやの中を照らしていた。
「二尺位ある二疋の鯉……二尺位の鯉が二疋欲しいものだなあ」
 勘作は村の豪家ごうかから二尺位ある鯉を二疋揃えて獲ってくれるなら、云うとおりの値で買ってやると注文せられているので、二三日前からその鯉を獲ろうとしているが、鯉はおろかろくろく雑魚ざこも獲れなかった。
「網では獲れそうにもないから、明日あすは釣ってみようか、あのふちの傍で釣ってみてもいいな、釣るがよいかも知れないぞ」
 勘作は酒のがないので、もの足りなくてしかたがなかった。

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