秋雨の追憶

岡本かの子

 十月初めの小雨の日茸狩りに行つた。山に這入ると松茸の香がしめつた山氣に混つて鼻に泌みる。秋雨の山の靜けさ、松の葉から落ちる雨滴が雜木の葉を打つ幽かな音は、却つて山の靜寂を増す。水氣を一ぱいに含んだ青苔を草履で踏む毎に、くすぐつたい感觸が足の甲をつゝむ。咲きおくれた桔梗の紫が殊更鮮かだ。濕つた羊齒をかき分けると可愛らしい松茸が雀の子のやうにうづくまつてゐた。

 夏の初から――六月の半頃から三月以上もかけ續けてやうやく古びた竹の簾。今日は今日はと思ひながらはづしそびれてゐた。
 初秋の薄ら冷たさも身に泌みなれた九月下旬の或日の夕方、いよ/\それを取はづさうとして手をかけた。
 裏庭に面した西向の窓である。窓は高いので私は背のびをした。水色絹の簾の縁がしつとりと濡れて居り、簾の生地の竹の手觸りの冷え/″\しさに、目をとめて見れば、いつの程よりか外には時雨のやうに冷い細雨がしとしとと降つて居たのである。

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