アイツタキ(管啓次郎)


 

その砂浜を小さな砂色の蟹がかけてゆく

打ち上げられた小さなふぐの身をついばむために

半透明の体を陽光が影にむすび

砂の色が歌のように体に映るのだ

群青色の空を一直線に横切る光は銀色の人工衛星

宇宙で孤独なオデュセイアを試みる女性宇宙飛行士は

炎上する故郷キエフを思いベルカを真似て吠える

彼女の心のディスプレイにはこの水の穴は映らない

熱帯の環礁を心に首飾りのようにかけて

降り注ぐ椰子の実を即席のバットで打ち返し

重力に対する反乱の意志を行動でしめしてやれ

(逃げる蟹たちはそのまま逃してやれ)

幽霊のふりをすることと現実に幽霊であることはひとつ

気圏の辺境で運命が目まぐるしく交替する

錯乱する空で白いアジサシが乱舞する

アジサシの翼の下を海がターコイズに染めている

 

「文字という線がぼくをここに連れてきた

ぼくはぼくの犬と離れてまでこの島にきたんだ」

と骸骨のように痩身のオランダ人がぬるいビールを

瓶の口から直に飲みながらいう

「おれにはきみの世界観はわからないよ

おれたちの地図は縮尺がちがう

それにおれはときどき地図に嫌気がさして

存在しない海岸線や火山まで描きこむことがある」

と私はわざといった。何という意地悪。ぬるいビールを

茶色い瓶の口から少しずつ飲みながら

それからふたりで長いあいだ黙っていると

太陽が水平線を出たり入ったりした

環礁には標高がない、森林の可能性がない

みずからを埋葬する土地がない、哺乳動物が住まない

ただ「成長しなくていい水色のやつら」が

一途にすぐそこにある海を思いつづけている

 

 

2014年2月22日、雪が大量に残る中野セントラルパークで、暁方ミセイさんに送信。

 

2014.3.5

 

カテゴリ: シーズン1, 遠いアトラス/石田瑞穂+管啓次郎+暁方ミセイ
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