1
その砂浜を小さな砂色の蟹がかけてゆく
打ち上げられた小さなふぐの身をついばむために
半透明の体を陽光が影にむすび
砂の色が歌のように体に映るのだ
群青色の空を一直線に横切る光は銀色の人工衛星
宇宙で孤独なオデュセイアを試みる女性宇宙飛行士は
炎上する故郷キエフを思いベルカを真似て吠える
彼女の心のディスプレイにはこの水の穴は映らない
熱帯の環礁を心に首飾りのようにかけて
降り注ぐ椰子の実を即席のバットで打ち返し
重力に対する反乱の意志を行動でしめしてやれ
(逃げる蟹たちはそのまま逃してやれ)
幽霊のふりをすることと現実に幽霊であることはひとつ
気圏の辺境で運命が目まぐるしく交替する
錯乱する空で白いアジサシが乱舞する
アジサシの翼の下を海がターコイズに染めている
2
「文字という線がぼくをここに連れてきた
ぼくはぼくの犬と離れてまでこの島にきたんだ」
と骸骨のように痩身のオランダ人がぬるいビールを
瓶の口から直に飲みながらいう
「おれにはきみの世界観はわからないよ
おれたちの地図は縮尺がちがう
それにおれはときどき地図に嫌気がさして
存在しない海岸線や火山まで描きこむことがある」
と私はわざといった。何という意地悪。ぬるいビールを
茶色い瓶の口から少しずつ飲みながら
それからふたりで長いあいだ黙っていると
太陽が水平線を出たり入ったりした
環礁には標高がない、森林の可能性がない
みずからを埋葬する土地がない、哺乳動物が住まない
ただ「成長しなくていい水色のやつら」が
一途にすぐそこにある海を思いつづけている
2014年2月22日、雪が大量に残る中野セントラルパークで、暁方ミセイさんに送信。
2014.3.5