妙蓮寺、弁財Temple(暁方ミセイ)


さても妙なる

青じゃ、青じゃ、と声のするほう

 

駅を出るとゆるいくだり坂は商店街に続き、それは黄色い電球も寒さに湿っているような

いつだって年の瀬みたいにそそくさとした、

 

果物屋と衣料品店ばかりの古い屋根のまにまに、

見えてくるステンレス、あかるい水色、弁財天プール。

 

夏季のみ営業の敷地内は冬枯れの雑草とカルガモ、風に吹かれ

ぱきぱき、ぱきぱき、

 

壁のペンキが剥がれ落ちる。夏季のみ営業だから、

ここは潜在的に、永劫的休暇というわけですね。

 

プールサイド、赤い橋が良く見える地点に

弁財天様。ギターを背負ったバンドマン、横浜暮らし、二年目の夢とか

 

じゃらじゃら、じゃらじゃら、

お賽銭を投げ入れる。鈴を鳴らす。ここは永劫的に、

 

夢半ばの二十四歳。彼が住むのだった。

さても妙なる、青じゃ、青じゃ、と声のするほう

 

押し寄せる人ごみに流され、わたしも商店街を奥へとすすむ。

うねる衆生が角をまがり、伸びて池へ、そして祠へ

 

アイスの残光?夏雲、緑の葉

祠のなかは井草の匂い。うっすらと暗い六畳半の、

 

一階、三号室。床にお茶の紙パックが置かれている。

それが多分に水滴をつけて、結露し濡れて、紙はふやけ、

 

彼の睡眠はゆがんで溶ける。山が現れて、大蛇になって自分の尾を食う。

岩が砕けて、雲が集まって、千年経って、また暑い午後に目が覚める。

 

弁財天様、琵琶をかまえておわしますプールサイド

フォトジェニックなりその笑み、光る雫に耳朶もうるわし

 

彼、はもういない。空だけが硬質だったことを覚えている。

彼はいない。日々が暑くて雑草ばかりのぐねぐねなのに、空は相変わらず、

 

わたしたちに蓋をしているようなあかるい色で

あまりに強烈な外光は、まぶたの裏で黄色の反転をひき起こした。

 

ここにいるの?ずっと遠くまで?

やぶれた夢だって記憶される。二月、きみは菜の花の海へ一路向かう。

 

 

2014年1月29日、殺風景な冬の妙蓮寺駅から、石田瑞穂さんへ。

 

カテゴリ: シーズン1, 遠いアトラス/石田瑞穂+管啓次郎+暁方ミセイ
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